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炭酸の思い出
シュワシュワと音を立てる、爽快な炭酸が好きだ。そんな炭酸の思い出のひとつは、中学生の頃に遡る。
部活の帰り道には数台の自動販売機が並ぶ場所があった。メーカーのシンボルカラーである赤と白抜きの英語のロゴは、錆びつつも田んぼだらけの周囲には映えていた。ロゴが入った古びた赤いベンチが向かい合わせに置かれていて、部活帰りの中学生たちが立ち寄った。夏場は日暮れが遅いせいもあり、乾いた喉を癒そうと帰宅前の一杯とばかりによく立ち寄っていた。
夕暮れに吹き抜ける風は、汗をかいて1日を終えた学生たちには心地良かった。ぼんやりと照らす自動販売機の明かりのもと、辺りは楽しげな声が響き、近づく夜の気配をも爽やかに変えた。
私にとっては通学路ではなかったけれど、ごくたまに立ち寄った。炭酸の思い出、つまり私にとって炭酸ジュースデビューをしたのはこの場所だった。
ちょうど夏から秋へ移り変わる頃だった。穂の垂れる前の田んぼは青々としてカエルの鳴き声が響き、どことなく風に秋の気配を感じたのを覚えている。
中学校の部活は剣道部で、喉の渇きは水道で満たしてさっさと帰宅する日々だったけど、この日は理由は忘れたが何かがひと段落したので、部活帰りに友人たちとここへ寄ることになった。たかが帰り道にジュースを買うだけでも、当時の私たちにとってはささやかな背伸びであり、そんな背伸びが開放感をもたらし、私は普段選ばない炭酸を選んだのだった。慣れない泡は手強く、カッコよく続けてゴクゴク飲めずに、一口飲んでは缶から口を離し、そしてその度に友人たちと笑いあった。
この青くさい思い出の瞬間が、夕暮れどきの晩夏の空気と共に私の中にある。あの、今思えば何もかも幸せで、面白かった爽やかなひとときがずっと心にあるのだ。
大人になっても炭酸には弱いけど、やはり好きである。そして相変わらず選ぶ時は特別で、浮かびくる気泡にいつも心の開放感を期待する。そしてゆっくり一口ずつ飲み干すたびに、あの青くさい時間を思い出してはつかの間のタイムスリップを楽しんでいるのだ。