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COCOROSTOREに出会った大学生の私と、美術が嫌いな中学生の私と、錫皿を愛でる社会人7年目の私

誕生日プレゼントに、錫の丸皿をもらった。


偶然同じお店「COCOROSTORE」が民藝の100年展に出展していたときに迎えた、八角長方形の錫皿を既に持っていた。


お皿は、同じものを持っていると却って嬉しいという、特殊なプレゼントかもしれない。


一目惚れして買ったお皿の妹がやってきたようで、すごく不思議な気分になった。
私の好みドンピシャに合わせてくれた彼女には、感謝しかない。

「ここってどういう立ち位置のお店なの?」

その質問に、6年分の鳥取が押し寄せてきて
うまく答えることができなかった。


「倉吉は街並みが綺麗で、観光地なんだ。けど、ここはいっつも馴染みのお客さんがいるお店。倉吉の作家さんの作品も取り扱ってて、ワークショップ開くこともあるし、コミュニティのハブみたいなお店かなあ」

プレゼントをくれた彼女は、私が鳥取大学卒ということを知って、鳥取出身の友達に誕生日プレゼントのアドバイスを求めたらしかった。

「鳥取好きがコアであればあるほど刺さるお店」
と、COCOROSTOREを紹介されたらしい。


そうか、そういう捉え方もあるんだ。
的確すぎて可笑しかった。

COCOROSTOREのことを初めて知ったのは、友人の卒論発表会だった。
夜中まで、商品のディスプレイの微調整を重ねる店主さんとのやり取りが印象的だった。

なんでそこまでするんですか?


本気でやってるから。

友人が卒論発表で語っていたそのやりとりを、
鮮明に覚えている。

卒業旅行と称し、友人が卒論を納めに行く瞬間に立ち会った。倉吉のCOCOROSTOREと、山奥の刀鍛冶の工房に連れて行ってもらった。

そのときに、私はこれからウガンダへ行くことをCOCOROSTORE店主の田中さんに話していたらしい。


昨年結婚式参列ついでに寄ったとき、もう10年近く前に話したウガンダのことを、田中さんは覚えてくれていた。

プロの仕事とはどういうことか。
そしてそれに学生の頃触れていたということは
私を形作る、贅沢な体験だったことに気づいた瞬間だった。


私は美術館が好きだ。
好きになったのは間違いなく、COCOROSTOREに連れて行ってくれた友人の影響だった。

スーパーカミオカンデの写真がポスターになっていたアンドレアス・グルスキー展、アンディ・ウォーホルのアメリカンポップアートの展示。
鳥取の窯元や美術館。植田正治。星野道夫。柳宗理。


まだ知らなかった、私の好きなものを教えてくれた。鳥取の楽しみを、自力で一つずつ見つけていく嬉しさに魅了された。
興味のないことはとことん覚えられない、欠落を抱えた友人が可愛かった。欠点こそがその人の魅力だと、知った。


「民藝は "用の美" と言って、飾って楽しむんじゃなくて、日常で使うからこそ美しいっていう考え方なんだよ」

小中学校で図工や美術の授業が嫌いだったのは、人に見てもらって褒められるくらい器用に作ったり、上手く絵を描いたりできなかったからだったのかもしれない。

今、ピアノを弾いたり、文章を書いてみたり、絵を描いてみたいと思うのは、芸術が自分を表現する手段だと思っているからだ。


美術や映画が好きになったのは、作品を通して世界の見方や自分を知ることができると解釈しているからだろう。

丸い錫のお皿は、7か月前に買った長方形の錫皿の隣に置くと、ピカピカに輝いていた。

長方形の錫皿は、気づかないうちにくすみが出てきているのか。それとも元々こういう色だっただろうか。思い出せなかった。

気づかないうちに蓄積されたくすみ。
それは、年齢と共に身体に刻まれていく
皺のようなものかもしれない。
それも、一緒に過ごしてきた証。
味わい深く、愛しさでしかない。

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