原田スミレ

日々、心の琴線に触れたことを記録します。 編集者をしているけれど、 noteでは校正気…

原田スミレ

日々、心の琴線に触れたことを記録します。 編集者をしているけれど、 noteでは校正気にせず気ままに書きたい。

最近の記事

田舎暮らし狂想曲

2月に夫の実家へ引っ越した。車がないと何もできないような田舎だ。 私はペーパードライバーで在宅勤務。結果、自宅にいる時間が圧倒的に増えてしまい、それはそれで不健康だと思い始めた。 「何か楽しみを見つけたい」と思ったときにバイトを探すのがルーティンなのは、東京にいたときの名残だ。タイミーに登録して、3時間だけ、おしゃれカフェで働いてみることにした。 ◇ 日曜夕方、あんまり混んでないといいな。お店に着くと、やけに活気がある。おばちゃんから受付を促された。何かの会場になってい

    • 【年の瀬短歌】思い馳す今までのこと歩き方変わってないねと君が言うから

      10年ぶり会って面影変わらずに腹からの声がますますでかく 「スミレちゃん早く結婚ばせんとね」92歳にゃ腹も立たない 喋る姿動画で残しておきたいと思うほどのネイティブ方言 差し入れのぜんざいの甘さをヨーグルッペで流す糖尿病予備軍 本当はね足の小指は折れてたの隠し通すから彼は知らぬまま 我が家には餅もおせちもお雑煮もサンタクロースもないけど幸せ 孫の顔見せてやれずにごめんねと泣いたって孫ができるわけじゃない 死んだあと世話焼く人がいるならば生きててもきっと助けてくれ

      • 訥々と嘆く口癖そのままに私の幸せ私の手の中

        〇〇はいないと言われほっとしてどこにいるのと何度も聞いた お星様になったんだよと彼女は言うそんなにケロッと「お空にいるよ」 日常にただその人が初めからまるで存在しなかったように 〇〇は脳が腐って死んだよと世間話をするかのように 救急隊家に来た音で目が覚めた息子が一緒に付き添って乗った 心拍が戻ったけれど次の日に「延命措置はしなくていいです」 葬式はせずに直接火葬場へこんなとこでもSDGs ワンちゃんが死んだときのが悲しんで線香あげて葬式してた 部外者が絶対言え

        • 澪つくし番台に立つあの顔のやっとあなたに追いつきました

          ある映画の感想文 2019年11月15日 主人公を、社会に適応できない人間として見ていた。前半の彼女を自分に投影し、お前は「喋らないことで自分を守っている」この子だと突きつけられているようでとてもとても苦しかった。すごく狭い捉え方をしていたと思う。私を典型的な現代の若者であると仮定すると、現代の若者にとっては、彼女という社会に適応することが難しい人間ですら、向こう側の人間なのだ。 銀次が恋した人が彼女なら、彼女に対してあまりに意地悪な描き方だと思ってしまった。(今考えれば全

        田舎暮らし狂想曲

          嬉しいことなのにどうして涙がでるの

          結婚式の受付を済ませて会場に着席したら、都はるみの「愛は花、君はその種子」がかかってて泣く。その次の「時には昔の話を」加藤登紀子で泣く。新郎新婦入場前から泣いてるのは初めて、大丈夫か、私。 紹介ムービー、新婦ちゃんが生まれたときの家族写真で泣く。妹ちゃんが生まれたときの新婦ちゃん(4)がめっちゃ新婦ちゃんの原型ありで可愛くて泣く。 高校の冬服で撮った写真館でのピン写、見覚えのある写真すぎて笑う。 その後の友人代表スピーチ大号泣事件。 マイクの前まで出ていくまでは笑顔。みん

          嬉しいことなのにどうして涙がでるの

          映画 時をかける少女と私のタイムリープ

          「時をかける少女」 この映画は、当時から絶対的に君臨してその座を一度も明け渡したことのない、私のトラウマ映画第一位であり、同時に苦くてほのかに甘い青春を彩ってくれた思い出深い映画でもある。 この前、金曜ロードショーを偶然つけたら、リビングのソファーから動けなくなった。初めてこの映画を観たのは、高校2年生のときだった。それから10年以上経った今、ようやく一つの作品として冷静に観ることができるようになったんだと、感慨深かったと同時に、自分を縛っていた呪いのようなものから解放され

          映画 時をかける少女と私のタイムリープ

          シロと呼んでくれる友達

          犬みたいに呼ばれる。 私の大学の同期は、私のことをシロちゃんと呼ぶ。 人見知りだった私が他人に覚えてもらいやすいかなと思い、 高校の限られた友人から呼ばれていたあだ名を 自己紹介のときにふれて回っていた。 シロと呼んでくれる友達に久々に会った。 旦那さんの有休消化一人旅中に、家に招いてもらった。 よく彼女の左側から話しかけてくるという旦那さんへのモヤモヤを聞きながら、 同じく左側を歩いていた自分にハッとした。 彼女は、何も変わらない。 私もそう変わっていないだろう。

          シロと呼んでくれる友達

          朝焼けに足取りそろそろ進まんと淡く色づく私の吐息

          どのタイミングで知り合っても僕はあなたに恋をしただろうけど。

          ¥1,000

          朝焼けに足取りそろそろ進まんと淡く色づく私の吐息

          ¥1,000

          Ⅲ ちいのさん Tokyo

          2022年6月  朝が来ると、まずカーテンと2カ所の窓を開ける。ふとした瞬間に、世界はこんなに美しいんだ、と感じる。  部屋の片付けついでに古いパソコンを処分しようと、久々に開いてみた。初期化したら、リサイクル業者に持って行こうかな。パソコンを開くと、「ちいのいち」というタイトルの原稿がデスクトップに入っていた。  その原稿は、元恋人からもらっていた脚本に上書きする形で、5年前に書いたものだった。鹿児島への行きか帰りか、移動中に書いたような気がする。瑞々しい文章に記憶を呼

          Ⅲ ちいのさん Tokyo

          Ⅱ ちいのに Tottori − Uganda

          2010年  鹿児島を出て鳥取大学の隣のアパートへ引っ越した。目の前は田んぼと池だった。鹿児島よりも小さな街だ。  大学の周りには、居酒屋とゲオとコンテナのカラオケ屋くらいしかなかった。工学部には、パチンコと麻雀にハマって留年する人が多いらしいという話を聞いた。何もない環境だと、人ってそうなっていくのかなとぼんやりと考えていた。  鳥取大学前駅と2駅離れた鳥取駅の間には、畑と田んぼが広がっている。オレンジ色の山陰本線は電車ではなく汽車といった。全て電気で走っているわけで

          Ⅱ ちいのに Tottori − Uganda

          Ⅰ ちいのいち Kagoshima

          2017年5月  風が吹くと、春になった。つい先週はコートが必要だったのに、今は電車も飛行機の中もクーラーをつけるくらいだ。飛行機を降りると、歩行速度は皆ゆっくりなのが可笑しく、出発前とは違ってなんとなく私もゆったり歩くのだった。 搭乗口前の椅子は蜜柑を思わせるオレンジ色や黄色だ。有名なデザイナーが作ったものらしい。それを知ったのは大学進学とともに家を出た後だった。それから、鹿児島の楽しみの一つに「空港の椅子に座ること」が加わった。  東京も、故郷の鹿児島も、さほど変わりの

          Ⅰ ちいのいち Kagoshima

          夏が終わる

          今年の夏は、東京に来て7年目にして初めて夏らしいことをした気がする。 手持ち花火、近所の縁日、盆踊り大会。 友達とかき氷を食べに行って、水鉄砲や水風船で遊んだ。神社で七夕の願い事を書いた。 銭湯をリノベーションした下北沢の古着屋さんで、お気に入りのワンピースを見つけた。 そのワンピースを着て、スナックのママをやった。 16年ぶりに幼馴染と再会して、数日使って喋り倒した。その幼馴染と一緒に4時間半の「東京裁判」を新文芸座へ観に行った。 元恋人がゲスト講師をした大学の講義に潜り

          夏が終わる

          ちょっと思い出しただけ

          仕事終わりに目黒シネマへ行った。 「ナイト・オン・ザ・プラネット」 ロサンゼルス、ニューヨーク、パリ、ローマ、ヘルシンキ。それぞれの街で、5人のタクシー運転手が客を乗せる。同じ地球という星の、同じ夜空の下、5つの人間模様を載せて、タクシーは走っていく。 そして今年公開された映画の2本立てだった。 受付で、監督の次回作のフライヤーが配られていた。家に帰ってからフライヤーを見て気づいた。あれ?この人ーーー。部屋の中にいるその人がふと目に入ると、そのまま視線が奪われ、私は過去に

          ちょっと思い出しただけ

          もう会わない私たちは、小説で会話する。

          「夜が明けたら、いちばんに君に会いに行く」 「A子さんの恋人」 「犬王」  きっと次は、銭湯図解。

          ¥1,000

          もう会わない私たちは、小説で会話する。

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          幸せすぎた1日が 終わってほしくないけれど きっと明日も幸せ記念日🫶

          幸せすぎた1日が 終わってほしくないけれど きっと明日も幸せ記念日🫶

          COCOROSTOREに出会った大学生の私と、美術が嫌いな中学生の私と、錫皿を愛でる社会人7年目の私

          誕生日プレゼントに、錫の丸皿をもらった。 偶然同じお店「COCOROSTORE」が民藝の100年展に出展していたときに迎えた、八角長方形の錫皿を既に持っていた。 お皿は、同じものを持っていると却って嬉しいという、特殊なプレゼントかもしれない。 一目惚れして買ったお皿の妹がやってきたようで、すごく不思議な気分になった。 私の好みドンピシャに合わせてくれた彼女には、感謝しかない。 「ここってどういう立ち位置のお店なの?」 その質問に、6年分の鳥取が押し寄せてきて うまく

          COCOROSTOREに出会った大学生の私と、美術が嫌いな中学生の私と、錫皿を愛でる社会人7年目の私