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吐く息の白さが安寧とは限らない


こんばんは。今日は快晴でした。
こうも日差しが強いと、植物たちが夏と勘違いして、早く葉が伸びてしまいそうです。

斜向かいのお家に生えているモッコウバラも、ふわふわ、もこもことしていて大変目に鮮やかでした。


さて、、

日常

と呼ばれている日々を過ごしている自分が、
ふと、お風呂に入って気がついた。

これは本当に日常だろうか?と。

日常というのは、

何事もないこと


のことを言うのか?
穏やかな日常、のどかな日常、平穏な日常。
これはやっぱり、人によって違うんじゃないのかなぁ。

空気を沢山吸って、吐き出してみる。
冬には白い息が出ていたのが、もう春には出なくなった。
空気中で水が見えるのとおなじように、海の中でもまた、空気が見える。
水で溢れた場所と、空気で溢れた場所、それぞれ反対のものが見える。
白と黒みたいに。

いつも考える。
私たちの当たり前ってなんだろう。


私たちが憧れる宇宙は、深海の魚には分からない。魚たちは基本エラ呼吸だから、きっと地上を宇宙と言うに違いない。

本当は、日常なんて思い込みにしか過ぎないのに。
毎日は、少しづつ変わっているのに。

常識だと思っていた事が、ある日突然非常識に変わるこの世界に、日常なんてあるのだろうか。
その答えも出ないのだから、私は「普通」になろうと頑張る人たちに待ったをかけたい。

「普通って何?」


って聞きたい。

茜色の西の空、東から昇る太陽、月…

たまたま当たり前になって、たまたまみんな知ってるだけ。そう思い込んでるだけ。

当たり前も大して当てにならないのだから、好きに生きちゃえと思う。
これは、自己暗示をかけようとしている節もある。
世の中上手くいかないことが多いから、自分を鼓舞しようと必死なのだ。


普通になるな、普通になるな。

マルいアタマをシカクする

にならないように。


たくさんの普通に憧れて、努力を続ける世の流れの中で、1つでも「これが自分だ」って思えるものがあればいい。
絶対全部おなじ人はいないから、どうか生まれてきた自分を恨まないで欲しい。

去年の私とお話がしたい。
引っ張りあげて、声をかけてあげたい。

「あ、だめだこれ」って眉をひそめたまんま、しばらくその場から動けなくなってしまった自分に、

「とりあえず、一緒に散歩してみよう」
と声をかけられていたら、もうちょっと早く解決できたのだろうか。
立ち直った今でもわかる。

あの時、1人がいちばん怖い。
震えるほど怖い。いまでも、そうなるんじゃないかと時々不安になる。
他人事じゃないと、今ならわかる。

日常が非日常に変わる時、その変化に気づく時、もう、きっと、私はその中にいた。

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