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『或る集落の●』から見えた社会の仕組み

これは、矢樹純先生の『或る集落の●』についての感想というか個人的な解釈である。

一部ネタバレを含むので、未読

の方はご注意を。

重ねて言うが、超個人的解釈なので、著者の方の思惑とはまったく違う可能性が大いにある。
この本を読んだ、個人によるひとつの考え、と捉えてもらえれば。


まず、最終章で明らかにされた『がんべ』の本来の意味についてだ。
それまでの章では、『がんべ』は「人とは違う何か」であると、本人から語られていたが、人とは違うと言っても見た目は人のそれと変わりはない。

しかし『がんべ』である川辺は、この世界での生きづらさを兄弟分である雪田に吐露していた。
「人間の世界がしんどいんだ」と。
ここで私は自分が発達障害ゆえに抱えている社会での生きづらさを、川辺に重ねていた。

社会で求められる、人の作法について、わかってはいるものの本来持って生まれた「何か」によって、ブレーキが効かなくなる。
川辺ほどではないが、私も社会では「こうするもの」といった作法を理解はしていても、どうしてもそれを本来の特性が理性を飛び越えてしまうことが多々あった。
そして私も流暢に社会を生きる「人」とは違う生き物なのではないか、と考えたこともある。

言っておくが、発達障害はれっきとした「人」である。
これは私が感じている他者や社会との違和感が強いことから生まれた感情である。


そして最終章ではその『がんべ』の正体が主人公の夫によって語られた。

私も青森県出身だが、この『がんべ』という方言に覚えがなく調べた。
北海道の方言では「白痴やニキビ」など、肌の出来物を指しているようで、そこから『腫れ物』という意味合いで使用されているのだと思っていた。
さらにある地方では『がんべ祭り』というものがあり、これは祭りの3日間のうち必ず雨が降ることを『がんべ』と称しているらしい。
その祭りは豊穣祈願でもあり、雨は恵みの雨という意味の説も見かけたが、本作に出てくる『がんべ』との意味合いとは違う気がした。

しかし前途した本来の『がんべ』の意味を知り、はたと気づいた。
青森県もそうだが、北東北の方言の多くは音が濁る。
「見てみろ」が「見でみろ」といった風に、本来の言葉に濁音がつく。
そしてこの『がんべ』がもし、本来は『かんべ』であった場合、『神部』や『神辺』といった漢字に当てはめることができる。

くわえて、主人公の夫は『がんべ』を自分たちとは違う『尊い存在』であるとも。
ここで私はひとつの可能性を抱く。
『がんべ』には必ず唖者が生まれる。
言葉を選ばずに言うなら、彼らの中には障害者が生まれるということだ。
作中で、彼らは『壬申戸籍』によって名字を与えられ、集落の一員となったとあるが、それまではどうだったのだろう。
狭いコミュニティで同じ血筋同士から子が生まれると、高い可能性で障害者が生まれる。
今ほど医療知識が広まっていない時代なら、もしかすると自分たちとは異なる者を神聖視したのではないだろうか。
そして自分たちと同じ言葉を発せず、同じように労働が難しい彼らを、手厚く施した。
これはこの集落での『福祉』なのではないか。

オカルト作品に対し、このような社会的位置づけはナンセンスであるのは百も承知である。けれど、この集落の部外者から見れば理解し難い仕組みの成り立ちに思いを馳せてしまった。
昔は精神疾患を患った者を座敷牢に住まわせるといった話があったが、この集落は真逆で、むしろ人の言葉を発することができない=神の言葉を聞くに相応しいと捉えたのである。

少しニュアンスは違うが、恐山のイタコ
も盲が担っていた。
あれは今にすると、最近になってイタコが「食うためにやっていた」とインタビューで答えたことから、視覚障害者の生きる術であったことが伺える。
かつての按摩さんもそうだ。
彼らには、そういった選択肢しかなかった背景があるが、これはフィクションだ。
「神の言葉を聞くために、人の言葉を奪われて生まれた」
という、知識がないゆえにそう捉えたとしてもおかしくはないと私は思う。


そうした私の勝手な解釈があって、この作品を読み終えたあとに、恐怖と一緒にやるせなさというか、主人公、集落の人々、『がんべ』といった、あらゆる人々の感情が綯い交ぜになり、しばらく呆然としてしまった。

川辺のように、現代社会で息苦しさを感じる『がんべ』。はたまた集落では神聖視される『がんべ』。
彼らのほんとうの居場所はどちらなのだろう。それとも別の場所なのだろうか。

生きる場所が違えば、同じ性質を持つ者の扱いがまったく変わる。
単なるホラー小説としての恐怖だけではない、人が創りだした畏れまでも感じてしまったのだった。

最後に、「人間の世界がしんどいんだ」と言った川辺が、息苦しくない場所へたどり着いてくれていることを願う。

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