初めての夏は苦く
好きな人と付き合って初めての夏祭り。高校2年生になった私は母の浴衣を着て彼に会いに行く。ふと時計を見る。約束の時刻は18:00。まだ大丈夫。精一杯可愛くしていくんだ。彼はどんな格好で来るのかな?やばい、ドキドキしてきた。
家を出る時は17:00を過ぎていたと思う。とことん準備に時間をかけていたら予定の時刻より遅れてしまった。走らないと間に合わない、そう思ってはいるが浴衣を着ているから思うように走れない。やばい、待たせてしまうかも。そう思いながらもどこかドキドキを隠せないでいた。走っているからかもしれない。
最寄りの駅に着き駆け足で電車に乗る。彼が待つ駅までは10分かかる。LINEで「少し遅れるかも!ごめんね!」と伝える。そして携帯の自撮りカメラで髪形をチェックし、浴衣を綺麗に整える。大丈夫かな?めっちゃ緊張する…
電車を降りて待ち合わせ場所に行く。彼はまだ来ていないみたい。いつも時間通りに来るのに珍しいな。ふと顔を上げると空には色鮮やかな花火が咲いていた。花火の轟音が耳を躍らせ、私の気持ちを更に掻き立てる。
私は今年の夏をずっと楽しみにしていた。夏が好きだから、というのもあるけど一番は好きな人と初めて自分の好きな夏を一緒に過ごせるから。だから今日私はウキウキしている。
携帯を見ると時刻は18:20になっていた。先ほど送信したメッセージは既読になっていない。少し心配。
駅のベンチに座り、彼を待つ。夜空は色鮮やかな花火が咲いたり、しぼんだりしている。ふと駅内を見渡すと浴衣を着たカップルで溢れかえっていた。みんな手をつないだり、肩を寄せ合ったりしている。私はそれらの光景をじっと見ていた。そしてふと見ている自分に恥ずかしくなった。いや、確かに手をつなぎたくないわけじゃないけど、でも心の準備が…
なんて想像していると突然電話がかかってきた。彼からだった。
「もしもし、どこにおるん?」
「今駅の入り口前」
「分かった、そっちに行くね!」
「おう」
彼はいつも通りパーカーにデニムパンツだった。私はがっかりした。浴衣が見たかったな。
私たちは花火会場の方へ向かった。予定より30分遅れていた。
「なんで遅れたん?」
「いや、ちょっと寝坊して…」
「もう、花火ちょっと終わったじゃん、全く」
「しょうがねえって、部活で疲れてたんだ」
「わかった、じゃあ何か出店のやつ驕ってね」
「はいはい」
私はりんご飴、彼はフランクフルトを片手に花火が見えやすい位置に移動する。ふと手をつないでみたくて、彼の顔を見る。花火を見ている彼の顔はどこか上の空のように見えた。何かを考えているようだ。私はその表情を見て手をつなぐのをためらった。そして何もなかったかのように花火を見た。
彼と付き合って3ヶ月くらい経つ。でも私たちは恋人らしい事はできていない。
「ねえ…」
「何?」
「あのさ、なんだろう…」
「どうしたの?」
「…俺ら別れん?」
「…」
「お前には悪いけど、他に好きな子がいるんよ。結構前から好きだった。もちろん、お前が告白してくれて嬉しかったから付き合ったけど、でもやっぱり…」
「そっか…」
彼とは駅で別れた。電車で最寄り駅まで帰り、駅から家までの道を少しゆっくり歩いた。結構前から好きだった、その言葉が頭の中で何回も反芻する。彼は、私と付き合ってて楽しくなかったのか。じゃあ彼の今までの笑顔は…
花火は夜空いっぱいに咲き乱れている。花火の轟音に紛れて私は声いっぱいに泣き叫んだ。