無職本重版記念投稿EXTRA 「仕事をしている人」と「仕事をしていない人」著者:太田靖久 公開
少し間が空いてしまいましたが、今回2020年7月に刊行した『無職本』の重版を記念して『無職本』執筆者の一人である小説家太田靖久さんから特別エッセイをいただきました。
『無職本』刊行から年が明け、あるきっかけから書きたいことが芽生えてきたという太田さんのエッセイをぜひご覧ください。
2020年7月、僕を含む8名の方が寄稿したアンソロジー『無職本』(水窓出版)が刊行された。数か月後、版元の高橋さんからメールが来た。重版する旨の報告とともに、「この機会にもし可能なら重版記念として追加の文章を自社サイトに寄稿して頂けないか」という内容だった。
心情的には高橋さんの申し出に応えたかったのだが、あいにくその時期は単行本『ののの』(書肆汽水域)の刊行前後で作業やイベントが多くあり、また、僕が企画・編集している文芸ZINE『ODD ZINE』関連の諸々などもあったため、忙しくて手が回らず、スズキスズヒロさん、幸田夢波さん、松尾よういちろうさんのそれぞれの寄稿を一読者として楽しんだにとどまり、自分の文章をお渡しすることはできなかった。
2021年になり、そういったやりとりを忘れかけていた時、とあるツイートの文章に触れ、ふいに書きたいことが芽生えた。そのため、重版のタイミングからは大幅に遅れてしまったが、『無職本』や、そこに寄せた僕の「無色透明」という短編小説のことについて少し記してみたい。
『無職本』の寄稿依頼を受ける前から、水窓出版のことは認識していた。
水窓出版は高橋さんがひとりで運営されているいわゆる「ひとり出版社」で、2019年に馳平啓樹さんの『かがやき』という短編集(市井の人々が労働に勤しむ姿を活写した作品集)を刊行した版元だった。
そのことから、高橋さんは「労働」や「生活」に対する思い入れのある方だろうと推察し、「無職」というものも「人生」や「社会」という枠組みの中で非常に生々しく、切実なものだと考えられているのではないかと思った。
そのため、原稿の依頼文を一読した時点で、漠然とした方向性がすでに見えていた。「仕事をしている人」と「仕事をしていない人」のふたりを軸にした物語を書きたいと思った。
依頼文には「文章の形式は問わないが、可能なら小説でお願いしたい」とあったため、快諾の返事とともに、小説での寄稿を約束した。
2020年1月の終わりに高橋さんと打ち合わせを兼ねて初めてお会いした。僕は自分の経験を書くよりも、高橋さんのことを取材してそれを材料にして物語を作りたいと構想していた。
喫茶店でコーヒーを飲みながら質問を重ね、2時間ほど彼の話を訊いた。キーワードになると感じた重要なフレーズが3つあった。それは、「プロ」、「消雪パイプ」、「リードタイム」だった。
落語の形態のひとつに「三題噺」というのがある。寄席で演じる際、客から適当に3つの単語をあげてもらい、それをうまくつなげて即興で物語を作る手法だ。
「無色透明」は三題噺と同じように、「プロ」、「消雪パイプ」、「リードタイム」という3つのフレーズを道しるべにして書いた。
それは、夜空に散らばった星々を線でつなぎ、星座を作ることに似ている。僕が描いた星座がどんな形になったのかは、ぜひ『無職本』を読んで確かめて頂きたい。
その3つの中で「プロ」と「リードタイム」は労働に関するフレーズだが、「消雪パイプ」は物語の舞台を表す象徴的な小道具だ。「消雪パイプ」とは、高橋さんのご出身である新潟県長岡市が発祥で、地下水をくみ上げて雪を溶かすスプリンクラーのような装置のことである。
新潟県の中で僕が実際に足を運んだことがあるのは、新潟市、湯沢町、新発田市くらいであり、長岡市は電車で通過した程度だった。そのため、僕がイメージした長岡市(「無色透明」内では具体的な地名を示してはいないが)は、あくまで架空のものだった。だから、たとえば「長岡市の地下水には鉄分が多く含まれているため、アスファルトが赤茶色になる」というのは単なる知識であり、実際に目にした風景ではなかった。
ただ、そうした僕のイメージが物語になった時、長岡市を知っている人やそこで暮らす人々にとって違和感がなければ良いなと思っていた。もちろん、人それぞれの感じ方があるから、その狙いがうまくいったのかどうかはわからない。
でも僕にとっては、行ったことのない土地をイメージして物語を作ることは、とても刺激的だったことは間違いなかった。
ここで話が変わる。『ODD ZINE』のことである。
『ODD ZINE』はプロの純文学作家を中心にして作成してきたが、2020年の12月、神楽坂のかもめブックス内のギャラリーで『ODD ZINE』展を企画した際、初めて原稿を公募した。
それは展示そのものが『ODD ZINE』の最新号であるという試みであり、27名の方の文章を採用し、原稿をギャラリーの壁に貼り出した。その中に長岡市を舞台にしたものがあった。
海乃凧さんという方の作品で、「地元の駅前にあるイトーヨーカドーの」というタイトルだった。海乃さんはそのご自分の文章についてこのようにツイートされている。
https://twitter.com/tako__umino/status/1355121331738529795
https://twitter.com/tako__umino/status/1355121669409394698
https://twitter.com/tako__umino/status/1355122505439014916
海乃さんの一連の解説を読むと、彼の記憶の中にある長岡市を舞台にしたようだ。彼の記憶と現実は少し異なっているが、彼は自分の記憶の方を頼りにして物語を紡いだのだという。
そのことを知った時、僕は自分の作品「無色透明」を想った。
行ったことのない長岡市と、間違った記憶としての長岡市、その2つの物語が形になってこの世に存在していること。
僕はこの重なりをとてもおもしろいと思った。
誰かがどこかの土地やそこに住む人々のことを想像したり、思い出を探ったりいつくしんだりすることは、道ですれ違う他人はおろか、一生のうちに絶対に出会わない人とも、どうにかしてつながろうとする行為のようだと感じるからだ。
僕はいつか長岡市を訪れるだろう。自分の物語を確かめるために。自分が書いた人物たちとすれ違うために。そして新たな物語を紡ぐために。
そんな未来を思い描くだけでも、僕は知らない誰かときっとつながっているのだ。
「仕事をしている人」と「仕事をしていない人」のふたりは一見異なるように映るが、どこか同じだと言い切れる部分も絶対にあるはずだ。
想像力や思い出が誰かと誰かをむすびつけること。それもまた、星々をつなぐ星座のようではないだろうか。
内容
どこにでもいる普遍的な人々が「無職」という肩書がついたときに考えていたこと、感じたことを、それぞれの表現方法で自由に書いてもらいました。
目次
無職ってなに?/松尾よういちろう
職業:無職/幸田夢波
無色透明/太田靖久
平日/スズキスズヒロ
底辺と無職/銀歯
僕、映画監督です!/竹馬靖具
浮草稼業/茶田記麦
本のなかを流れる時間、心のなかを流れる時間/小野太郎
著者プロフィール
松尾 よういちろう (マツオ ヨウイチロウ) (著/文)
1981年4月8日 愛知県名古屋市生まれ。
2008年~2020年3月までフォークロックバンド「井乃頭蓄音団」のオリジナルメンバーとしてボーカルを担当、フルアルバム6枚を発表。現在はソロで活動中。日本のフォークソングに傾倒しており、中でも高田渡、さだまさしに影響を受ける。家族や故郷を題材にした歌が多く、日常の些細な出来事を切り取り、優しく温かくユーモラスに描く。
フジテレビの音楽番組「お台場フォーク村デラックス」に出演して以来、THE ALFEEの坂崎幸之助氏から恩顧を受ける。FUJI ROCK FESTIVAL 2015(木道亭/Gypsy Avalon)&2016(苗場食堂)と、異例の2年連続出演を果たす。2016年出演の際は、鈴木慶一氏(はちみつぱい/ムーンライダーズ)と共演。ARABAKI ROCK FEST.2018ではフラワーカンパニーズ、あがた森魚氏、曽我部恵一氏他と一夜限りのユニットとして出演。鈴木茂氏(はっぴいえんど)、暴動(グループ魂)、樋口了一氏などとも共演。
松尾よういちろうHP: http://ma-yo.info
幸田 夢波 (コウダ ユメハ) (著/文)
声優ブロガー。オンラインサロン『夢波サロン』オーナー。高校生で声優デビューし大学在学中にアーティストデビュー。約8年間の声優事務所所属ののち、フリーランスとなりブロガーになる。ブログでは声優業界のあまり知られていない裏側の話やフリーランスとして働く上で必要な知識などの記事を公開中。
ブログ:幸田夢波のブログ(https://yumemon.com/)
Twitter:@dreaming_wave
太田 靖久 (オオタ ヤスヒサ)(著/文)
1975年生。神奈川県出身。2010年『ののの』で第42回新潮新人賞。2019年7月電子書籍「サマートリップ 他二編」(集英社)刊行。2020年10月単行本「ののの」(書肆汽水域)刊行。フィルムアート社ウェブマガジン「かみのたね」で『犬たちの状態』(共作/写真家・金川晋吾)を連載。その他、インディペンデント文芸ZINE『ODD ZINE』を企画編集したり、コンセプチュアル書店「ブックマート川太郎」を展開している。https://twitter.com/ohta_yasuhisa
スズキ スズヒロ (スズキ スズヒロ) (著/文)
1992年宮城県仙台市生まれで在住。小学3年生の時、「石ノ森章太郎のマンガ家入門」を読んでマンガを描き始める。著書に『空飛ぶくじら スズキスズヒロ作品集』(イースト・プレス)がある。第2種電気工事士、危険物取扱者などの資格を保有している。
銀歯 (ギンバ) (著/文)
名前 銀歯
年齢 39歳
住処 不詳
職業 底辺労働者
田舎で生まれ育ち、底辺労働を続ける傍らで、クルマで山道をドライブしながらYouTubeにて底辺労働者の日常や仕事のこと、自己哲学を延々と垂れ流すラジオ動画を投稿し続けている。期間工、ブラック企業、工場労働、零細企業で主に働く。
竹馬 靖具 (チクマ ヤストモ) (著/文)
1983年生まれ。2009年に監督、脚本、主演を務めた「今、僕は」を全国公開。2011年に真利子哲也の映画「NINIFUNI」の脚本を執筆。2015年、監督、脚本、製作をした「蜃気楼の舟」が世界七大映画祭に数えられるカルロヴィ・ヴァリ国際映画祭のフォーラム・オブ・インディペンデントコンペティションに正式出品され、2016年1月より、アップリンク配給により全国公開。2020年夏より、映画「ふたつのシルエット」がアップリンク吉祥寺ほか全国公開中。
茶田記 麦 (チャタキ ムギ) (著/文)
1981年7月、水面と同じ高さの東京下町で生まれ、川を越え坂を上り山の手の学校に通ったため、どこ育ちと地名とともにアイデンティティを語ることが難しい。小中高をエスカレーター式の女子校で過ごし、早稲田大学第一文学部を卒業。現在は千代田区にて労働する会社員です。
小野 太郎 (オノ タロウ) (著/文)
1984年山口県生まれ。これまで東京堂書店神田神保町店、文榮堂山口大学前店、ブックセンタークエスト黒崎店で働いた。2019年秋、退職。現在、福岡県北九州市で妻とルリユール書店を営む。
HP http://reliureshoten.com