わたしの「心地よい」を探す物語が始まります|HOTEL in HOTEL連載vol.6「イトグチヤ」
「HOTEL SOMEWHERE」というオンラインのホテルへ、いろんなホテルが出向いていただく「HOTEL in HOTEL」連載企画。
ここでは、CHILLNNに掲載されているおすすめホテルの方々に、「HOTEL SOMEWHERE」へと来ていただき、「HOTEL in HOTEL」を実施します。と言っても実際に空間はないので、この記事こそが「HOTEL in HOTEL」。この記事の中だけはオンラインに存在する別のホテルなのです。
「HOTEL SOMEWHERE」の中で語られる日本中の素敵なホテルの物語。是非ご堪能ください。
今回は奈良県でわたしの「心地よい」を探す物語を提供する「イトグチヤ」が登場します。
はじめまして。
「イトグチヤ」という宿を運営している川原と申します。
奈良県奥大和地方 室生という自然豊かな場所で宿を営んでおり、鳥の囀りや木々の囁きに耳を傾けながら、日々素敵なゲストの方々との交流を楽しんでいます。
川原菜緒(24)
福岡県福岡市出身
関西学院大学人間福祉学部社会企業学科卒業
奈良県宇陀市仕事づくり推進隊(地域おこし協力隊)
一般社団法人Next Commons Lab 奥大和メンバー
イトグチヤオーナー
そんなイトグチヤについて、どのような想いで作ってきたのか、何を提供していきたいのかなど、これまでの成り立ちから今後について、少しご紹介できればと思います。
日々の喧騒に疲れ、ちょっと休憩したくなるそんな時に、ふと思い出してもらえると嬉しいなと思っています。
手の届く場所からの生活の提案
私の母は心理カウンセラーをしています。自分自身も小さい頃から何度かカウンセラーさんにカウンセリングをしてもらう経験があり、悩んだ時や感情がわからなくなった時などに、冷静に自分と向き合える、自分自身に素直になれる時間を持つことの重要性を感じていました。
しかし、高校に入り、友達にカウンセリングについて話すと「病んでいるの?」「受けたくない」などと、ネガティブな印象を持たれることが多く、カウンセリングを必要としている人にとって、いかにそれがハードルの高いことなのかを実感していました。
最初は自分もカウンセラーになろうかと思っていましたが、そうではなく、カウンセリングの敷居を低くするための活動がしたいと思うようになりました。具体的にはカウンセラーとそれを必要とする人をマッチングするようなサービスを作りたいと、起業を考えていたんです。
そこで、社会問題を扱う福祉系の学部がある大学に進学し、マッチングサービスでの起業を志していましたが、資金面やメンバーなどの問題があり、一旦ストップ。考えるうちに、隅々まで自分の目が届かないマッチングサービスではなくて、もう少し手の届く範囲から始めるのがいいんじゃないかと考えました。
ある時、友人が島根でやっているフォルケフォイスコーレ(北欧独自の教育機関)のような合宿場でインターンをする機会がありました。そこでは、いろんな人が共同生活をする中で、人との関係性や自分自身を見つめ直す時間がたくさんあったんです。考えてみると、寝食を共にする空間では、長い時間をかけてコミュニケーションをとることができる。宿泊業を通じて、メンタルヘルスにからむ生活の提案ができるんじゃないかという構想が浮かびました。
構想はあっても自己資金がなかったので、Next Commons Labという社会のあり方を考える一般社団法人に新卒で所属し、ベーシックインカムをいただく形で、その拠点がある場所で宿をできる地域を探すことにしました。その一つが奈良県の山奥、宇陀市の室生という地区でした。この辺りは移住者も多く、芸術にまつわる施設もあって、自然環境とやりたい宿のイメージもぴったり。そんな地域で地元の方からの紹介をつなぎ、築100年以上の古民家と出会いました。
そうして、事業プランを練り、みずから壁を塗ったりDIYを繰り返して、ようやく今年の4月に「イトグチヤ」という宿を始めることになりました。「イトグチヤ」という名前には、自分の名前にある「緒(いとぐち)」という漢字と、解決策の「糸口」になるという想いを込めています。
心地よい関係性が生まれるプラン
現在提供しているプランはおもに3つ。そのうち2つは素泊まりと連泊プランという一般的なもので、メインとなるのが9月に始めたばかりの「物語プラン」です。このプランでは、訪れていただくお客様に宿の世界観に没入していただくために、いつもの名前と肩書きを外していただきます。そして、「イトグチヤ」での体験とリンクした短編小説をお渡しし、その主人公として2日間を過ごしていただくのです。
物語は4つの章から構成されています。チェックイン、お部屋に入る時、食後、そしてチェックアウト。それぞれに合わせた短編を用意しています。
第1章 はなれる
日常から離れ、主人公になる。
お宿で過ごす間の名前を決めます。土間で靴を脱ぎ、居間へあがる時、日々の役割や肩書きも置いていっていただきます。
第2章 ひろげる
ワクワクするものを手元に広げる。
読書・編み物・料理・散歩。心ゆくまで没頭できる空間、時間をご用意しております。
第3章 さぐる
「心地よい」を探る。
場所・景色・音・香り。心地よさを感じる瞬間はいつなのか、対話を通して探るお手伝いをさせていただきます。
第4章 しまう
物語を胸ポケットにしまう。
ここで紡いだ物語の大切にしたい場面、それを読み返すためのしおりをお渡しします。
「物語プラン」では、この場所を訪れていただくだけでなく、「イトグチヤ」が大切にしている感覚の片鱗を文字として拾い上げていただくことで、より伝えたい空気感が伝わるのではないかと考えました。そして、チェックアウトの際に写真をお撮りして、みずからの気付きとともに持ち帰っていただくという体験です。
このプランには、これまで視察で訪れた様々な地域から学んだことが生かされています。特に、フォルケフォイスコーレや「ダイアログ・イン・ザ・ダーク(完全に光を遮断した暗闇の体験施設)」なんかの共通点として、「心地よい関係性を作るための場づくり」があると感じていました。それらの場所では、日常の肩書きをおろすことで、その場所ならではのコミュニケーションが生まれていたのです。
「イトグチヤ」でも、「心地よい」をテーマにしたい。そのため、最初は田舎の手仕事のようなコンテンツを体験してもらおうと考えていましたが、最初からコンテンツとしての体験を用意してしまうとどうしても観光のような気分になってしまう気がしました。
できれば、お客様が構えることなくいらっしゃった場所で、偶然起こる体験を楽しんでいただく方が心にも残る関係性が生まれるはずで、そんな“予定不調和”な体験こそが心地よさにもつながるのではないか。そうした思いから、宿の中での感覚を感じとっていただけるヒントとなるような物語だけを用意することにしたんです。
オプション 宿でご提供させていただくお食事は2パターンご用意しています。
1つ目は、夕朝食の「ミールキット」です。季節に合わせて取り揃えた地元の食材と、イトグチヤオリジナルのレシピをご用意しております。イトグチヤのキッチンを使ってご自身で調理していただきます。
2つ目は、スタッフや他の宿泊者と一緒に調理、食事をする「シェア飯」をご用意しています。メニューはその日ある食材に合わせてみんなで考えます。イトグチヤのご近所の方に採れたてのお野菜をいただくこともあるので、普段の生活では味わえない素材本来の美味しさや、人の温かみを感じることができると思います。
ここで感じたことがその後の人生にも反映されるように
当初のターゲットは自分自身でした。具体的にあげるのなら、25〜35歳くらいの女性です。その年代の女性にはライフイベントが多く、真っ只中にいたり、これからイベントを控えていたり、特に年齢的な制限もある中で、焦っている人も多いと感じていました。そんな方にこそ、心地よさを見つけてほしいし、そんな時に出会う人々や人との関係性はそのあとの人生にも大きな影響を与えます。
そもそも、自分がいいと思うかを基準にいろんなものを選んでいるので、同じ世代の方には向いていると考えていました。実は空気感を伝えるためのミュージックビデオを作った際に同年代の友人に出演してもらったのですが、その時の体験から「一歩外に出ることで思わぬ出会いがあることに感動した」という感想をもらい、とてもうれしくなりました。
オープン以来、まだまだ経験は浅いですが、来てくださる方々は事前に心の準備をしてこられる方が多い印象を受けています。お客様もここで生まれるコミュニケーションを楽しみに来てくださるので、イメージしていた関係性が生まれているような気がします。
そして、最初は一人で始めた宿運営ですが、現在はパートナーとともに運営をしています。そうすると当初思い描いていた宿の雰囲気からよりカラフルになったような気がしていて、コミュニケーションも活発化している気がします。だけど、それはそれで新しい形として、無理せずに二人でできる宿の形を模索していきたいと考えているところです。
そもそも、自分がやろうとしているのは宿というよりも一つの表現方法なのではないか、と思うのです。これまでも「自分がやりたい宿が歌詞ならば、ウェブサイトはメロディーのように作ってみよう」などと、ある意味で作品を作るような思いで、いろいろなものを準備してきました。ミュージックビデオを作ったのも感覚的にこの場所での体験を伝えられるコンテンツがほしいと思ったからでした。
自分が持っている答えを導き出すためのサポート
少し長々とこれまでの経緯や思いについてご紹介をさせていただきました。最後に、カウンセリングという自分が小さい頃から興味を持っているものと宿の現在地について少しだけ考えたいと思います。
カウンセラーという仕事は、悩みを解決するためのアイデアを出してくれるわけではありません。その人が感じたことを嘘偽りなく言葉にして話したり、話している中でみずから答えにたどり着くための考えるお手伝いをしているのです。自分自身まだまだ経験も浅いですが、自分が持っている答えを導き出せるために一緒に見守るための存在として、この宿も存在していたいなと思うのです。
「イトグチヤ」という宿には、メインコンテンツはありません。だけど、この場所に来ることで「心地いい」感覚に気がつき、柔らかさ・暖かさを感じて、その気付きを日常に持ち帰っていただけるような場所でありたいなと思います。
この場所で感じた心地よさ、この場所で生まれた関係性がその後の人生の一つの指標になれるような、そんな場所を目指してこれからも場所作り・発信を続けていきたいと思います。
お宿のnoteもスタートしました。今後、定期的に日々の気付きを文章でお届けできればと思いますので、ふと一息つきたいときのお供にしていただけると嬉しいです。
文:川原菜緒(イトグチヤ)
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