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本を“ジャケ買い”するということ|湯河原積ん読倶楽部 #4
いつか読みたい、と思いつつなかなか手が出せずじまいで積み上がっていった愛すべき本たち。『積ん読解消パック』などの宿泊体験を提案してきた湯河原の温泉旅館・THE RYOKAN TOKYOが、ついつい本を積んでしまう愛すべき人間たちのための連載『湯河原積ん読倶楽部』をはじめます。
基本的に本は“ジャケ買い”をする。買う前に中はあまり見ない。本屋やSNS、誰かのリコメンドをもとに、装丁とか本の質感とか、タイトルとか、そういったもので直感的に買う。装丁のセンスが合う本って、絶対に内容も好きに決まってるから。そうやって積ん読が溜まっていくという算段だ。
しかし、この春以降はなかなか外出がはばかられるということで、本屋さんへも行けておらず、痺れを切らして4月にオンラインで本を大量購入した。新刊はすべて青山ブックセンターという馴染みの本屋さんでまとめて買って、配送をしてもらった。それ以後色々と忙しくて結局はそれらも積ん読となっている。今日はそのいつくか(と同時期に買って積まれている古本)を”ジャケ買い”という視点で紹介したいと思う。
1.「フラジャイル」 松岡正剛
ある時「ウイルスと聞いて思いつく本」をいろんな人に聞いた。松岡正剛マニアである友達から紹介されたのがこの本だった。彼曰く「弱いもの(フラジャイル)に焦点を当てた本。ウイルスというのはあんなにちっちゃくて自分だけでは生きれんくせに、今や人類を脅かしてる『フラジャイル』な存在だ」とのこと。人から教えてもらう本って面白い。装丁がかっこいいので、まよわずに購入した。装丁は書籍のデザインではよく知られるミルキィ・イソベさんという方だ。ちなみに、この本は「ちくま学芸文庫」だが、哲学関連の文庫本で圧倒的に表紙がかっこいいのは「河出文庫」。かっこいい哲学書を探している人は覚えておこう。
2.「野生の衝動 東アジアの美意識」 黒川雅之
真っ白な表紙に控えめなタイトルが潔い。僕が一番好きなタイプの装丁である。これはもともと友人が読んでSNSにアップしていたのを見て惹かれた本。すぐにDMをしてタイトルを教えてもらったのは数カ月前の話だ。黒川雅之という人は伝説の建築家・黒川紀章の弟。黒川紀章といえば「国立新美術館」「中銀カプセルタワー」などの建築が有名だけれど、彼が設計した今はなき伝説の「六本木プリンスホテル」というホテルが都会のオアシスと呼ぶにふさわしい「なくならないでほしいホテル」だったので、ホテルが好きな方はぜひ検索してみてほしい(もはや本には関係のない話だが)。
3.「存在と時間 ――哲学探究1」 永井均
「存在と時間」と言えば、かの有名な哲学者・ハイデガーの名著だけれど、この本がハイデガーの思想を扱ったものなのかどうかはまだ知らない。哲学書の表紙は真っ白なシンプルなものか、主張の強いグラフィックや絵画のあしらわれたものが多いイメージだけど、この表紙は斬新だなと思って開いてみたら、写真・奥山由之。僕と同い年でずば抜けた感覚の持ち主である彼のことは説明不要だと思うが、そういう点でもジャケ買い必至の1冊であることは間違いない。
4.「専門知は、もういらないのか: 無知礼賛と民主主義」 トム・ニコルズ
専門知がないがしろにされれば、フェイクニュースがはびこる。そうなった時、政治や民主主義はどうなるのか。今の時代にとても勉強になりそうなタイトルで、数カ月前に見かけて一度はメモをしたものの、ようやく購入にこぎつけた1冊。みすず書房は哲学・思想系ではもっとも名の知れた出版社で、みすず書房から出ている書籍のほとんどは新旧かかわらず、とにかく装丁がかっこいい。みすず書房の古本はほとんどが同じサイズ、同じテイストの装丁になっているので、狂ったようにいつかみすず書房の本だけを並べた本棚を作りたいと思っている。
5.「ハーフリアル ―虚実のあいだのビデオゲーム」 イェスパー・ユール
ゲームってどこまでがフィクションで、どこからがリアルなのだろう。そもそも、今の世の中って半分フィクションの中にいるみたいな気もする。そんなことを考えていた時に、青山ブックセンターで見かけた本。ビニールで閉じられていて中が見られず、一旦はほしい本リストにメモだけしてその場を立ち去った。デンマークのゲームデザイナーであるイェスパー・ユールによる”ゲーム研究の記念碑的名著”である本書は発売から翻訳に10年を要したそうで、なおさら読むのが怖い(つまり楽しみなのだけれど)。海外の本は、翻訳されることでどうしても読みづらくなるというイメージがあるのだけれど、その一方で装丁がかっこいいというケースが圧倒的に多い。この本も例に漏れずかっこいいし、ゲームっぽい丸いフォントがまた可愛い。フォントが好きだという人は本の“ジャケ買い”にハマってしまう危険性が高いと個人的には感じる。
6.「渡り鳥」 岩谷香穂
友達が「さりげなく」という名前の小さな出版社をやっていて、最近出した本。前作は歌集で、今回がどんな中身なのかはまだ知らない。ただ、今回も装丁が素敵だったので「これは絶対に買う!」とSNSで反応したところ、(青山ブックセンターの)山下さんから「この本も郵送に追加しておくね!」とちゃっかり購入させられた本(ほしかったからそれでいいんですよ、ありがとう)。どんな内容かわからず(なんなら値段も知らず)に購入するってドキドキして、面白い。岩谷香穂さんはopnnerという名前でタトゥーシールなどのデザインをしている方で、この表紙にもひっそりと小さく一本だけ線が入っている。「渡り鳥」は4年に1度閏年にだけ販売される本だそうで、ページ数も366。本当に素敵なストーリー。
7.「都市のイメージ」 ケヴィン・リンチ
購入する本は7割くらいが古本で、残りの3割が新刊なのだけれど、古本の場合は本屋で見つけてビビっときたらとりあえず買う。だから、古本の積ん読も圧倒的に多い。今日はおまけに3冊だけ目の前に積まれている古本からも積ん読を紹介したい(ただ紹介したいだけ)。まずはこの本。都市計画家であり建築家でもあるケヴィン・リンチが提唱した都市デザインの伝説書。半世紀以上前に発売された本で、日本では丹下健三と富田玲子による訳本が出たのだけれど、現在販売されているものは装丁の色合いが大きく変わってしまっていて(下のリンクをみてほしい)、このモノトーンの装丁を探すのに苦労した。これはたしか関西のどこかの古本屋さんで偶然見つけてすぐ購入したきり眠っていた本(探してたくせに読まへんのかい・・・!)。現在販売されている新刊は装丁が変わってしまっているがために、意地でも古本屋をめぐって古いバージョンを手に入れたいというのは装丁好きとしては避けられない運命なのかも知れない(実際文庫本とハードカバーで同じ本を何冊も持っているなんてことはザラにある)。
8.「伯爵夫人」 蓮實重彦
これは偶然ブックオフで見つけたのでとりあえず買った本。蓮實(はすみ)重彦は、かつて東京大学総長も務めた知識人で、フランス文学者であり、小説家でもあり、思想家でもある彼の本はいくつ読んでもよくわからない。しかも、彼の父親が美術史学者だからか、彼の本は全て装丁がかっこよくて困る。ちなみに、蓮實重彦の本で一番好きなのは「〈淫靡さ〉について」という本で、装丁はご存知・原研哉。「淫靡(いんび、と読む)」とは「男女間の態度などが、くずれてみだらな感じであること」。意味は置いておいて綺麗な日本語だと思う。
9.「嘔吐」 ジャン=ポール サルトル
「作家を知りたければ全集を買いなさい」と昔誰かに言われたことがある。これはフランスの有名な哲学者・サルトルによる本でだが、サルトルに関しては珍しく全集をある程度(ハードカバーで十数冊あるのでね、そのうちの本の一部だけれど)購入している。全集が本棚に並ぶと心地が良いのだ。実はその中でも一番有名と言ってもいいのがこの衝撃的なタイトルの本で、しかもこれは哲学書というよりも物語だから驚く。ちなみに披瀝すると、これは最初の数十ページだけ読んでそのまま放置している“準・積ん読”本だ。何冊も手を出して、読み切らずに積み上げられる本が我が家にはたくさんある。そんな最後にしては少し後味の悪い本で僕のジャケ買い紹介をおしまいとする。
文・写真:角田貴広(編集者)
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