飲酒って、花火かも。
なにを言っているのか??と思うかもしれない。
自分も、なにを言っているんだろう?と思うが、そう思った過程について説明していく。
要するに、酒を飲み始めると、止まらないよね。
ということが言いたかった(しょーもない)。
飲み会にしても花火にしても、わざわざ「そろそろやめようか?」なんてことは言わないよね。
花火は、なくなったらコンビニに買いに行くという選択肢があるし、寝っ転がって星空を見上げるオプションだってある(この夏、飛島でやった)。
今度、この夏に飛島で会った人たちと東京で再会できる機会があるため、とても楽しみにしている(もし、ブログを読んでくれていたら大変嬉しいのでリアクションくれたら喜びます)。
飲み会(飲酒)も、終わりを決めてやることってあんまりない。参加者が健康であり、同意がある限りは2次会、3次会と続くことが多い。
「そろそろお開きにしますか?では、一本締めで」
なんて言いながら、その2分後には
「つぎ、どうします?」なんて言ってたりする。
全然締まってないやんな。
もうちょっと膨らませて書けるかと思ったが、いまいち書けなかった。力不足ですので、精進します。
しかし、こういうしょうもない文章を書いていて、まあまあな人数の人たちが読んでくれていることは感謝でしかない。
文章を書いているときって、読んでいる時以上に「それに打ち込んでいる」感があり、没頭している感覚がある。
これって本当に「ありがたい」ことで、高校以来あまり味わっていない「いま、この瞬間に全力を出していて、それに打ち込めている」感覚を味わえているように思う。
だけど、これ(文章を書くこと)でメシを食っていくとかではないんやろな、とも思う。
今まで打ち込んできた書道や野球は、カネとは無縁であったから懸命にやれたんだろう。
それはもちろん家族のおかげだけど、結果を出すことが生活に直結していないことが大きいんだろうね。
毎日文章を書いて、その記事の反響によって収入が決まって、という生活ならば、多分数日で「無理」になってしまうんだと思う。
ああ、膨らまない記事だと思っていたけど、なんだかんだで1,000文字くらい書けた。
よかったのか悪かったのか分からないけど、とりあえず書いてみることは重要だ。
書かなきゃ始まらない。書道も、書道セットを引っ張り出して筆を墨汁につけて書くところがスタートだし、野球もキャッチボールから始まる。
とにかくやること、手を動かすこと。その重要性を、図らずも再認識したブログ執筆であった。