もう一度、おやすみプンプンを読む 10
過去に別れたままの、会いたい人がいる。
回転率を上げるために椅子を固く、冷房を強く。
男子高校生「ああ、宮崎さん?化粧してるかなー、減点」
高林くん(高校時代のクラスメイト)は、インフルエンザ明けに、席が前のIさんに「もう大丈夫?」と言われて心の高熱にうなされ始めた。「毎日考えてしまうねん」とか細い声で言った。
そんな日常を異物として認識を与えるあなたにお勧めの悪漢コミック、おやすみプンプンを読み直して10巻目(全13巻)についに、やってこさせていただきました。
フォロワー10数人の論壇を、毎回約100人前後が見てくれている、それだけ、この漫画のもつ魔力はすごいのか、そんなものなのか。
最近、生き物は強さに比例してやる気なくなる数も増える気がして。うちのマンションの綺麗なエントランスに巨大なゴキブリがいたんですが、何のやる気もなく同じ道をグルグル回っていて、それをずっと椅子に座ってみていた。
かといって、地球温暖化等で行き場をなくしているペンギンは数千キロ泳いで人間が勝手に保護されたり、マダガスカルで昆虫が減っていて一本の蜜の出る樹木に大量に同じ虫がいたり。
浅野いにおが本気で好きなら、気候変動のデモにはいかず、粛々とゴミを減らす毅然と小市民する何か本質的な一面が、好きだよ。
さて、ナンバー10は、、、。
作者によって田中愛子と運命的に再会させられた我らが英雄のプン氏は、自分の周りのつつましやかな生活と、過去からの因縁と、それら二つとも名義ごと捨てた未来の自分について迷いますが、人間たちがそれぞれの正義で生きているくせに、なぜ俺は、と錯覚して、前者を選択する。
一度おやすみさせた自分をようやく呼び覚ましたプンプンは、自分の本性を勘違いして、思い人を救うという正義で、その母(娘を半軟禁、宗教に入れ込み借金を娘に代替させ…云々)に会いに行くところで終わります。
いつだって、物語というものは正義と正義がぶつかるから物語たりえるのかもしれませんが。
でも、それって安直だ。私たちは、正義を保留したり、微修正したりして生きている。だから、これくらいの低体温の世界観で自分事のように起きるプンプンの物語が、プンプンが落書きで描かれていることに距離感を担保されて飲み込まれる。
ただ、私の、文学部以外の友達に勧めても、なんで落書きなん?て言われる始末。
……ただ本当に生きるって、それ、誤謬かも。
さァ、退廃の時間だ!
プンプンは愛子をものにできるのか。(堕落)
幸はプンプンをものにできるのか。(堕胎失敗)
としきは地球をものにできるのか。(失敗)
卑屈さと、その卑屈を貫く情熱はすさまじい。
いつだって私たちはピカレスク(悪漢)を求めてきたのだ!
ーーーーーーーー
古本のにおい立ち始めた10巻。銀色のページには、盟友浦沢氏の二〇世紀少年より去来したような顔面にただ眼球のイラスト。眼球は4つ。
今や1巻でひよこのような小さな落書きだったころが懐かしい(この巻で愛子にチッスされて一瞬戻る)。
ディーグレイマン的な、咎堕ちではなく、アパート隣人の藤川たかし(20)の振りをして、自動車教習所で出会った田舎上がりの黒髪巨乳とセックスしたのち、「親に会う?」など生活に巻き込まれようとしたときに、その家から逃走して、路地裏の高架下でカーブミラーに映る自分の顔を見た時、この眼球複数の細長い変な黒い顔で描かれます。
「俺、こんな顔だっけ?」
今回再会した田中愛子さんとは、お互いキラキラな二十歳前後を過ごしているとうそをつくのです、かわいい。
SNSでの自分はいつでも偽れるけれども、電子空間と生活が混ざり合ってきた現代で、何が真実かっていうのは実は難しい、という学説を見た。
日中、仕事していたとして、そちらが本物の自分なのか?どこかで、誰かがあなたはこうだ、と思っているそれは偽物の自分なのか?
扉絵はその表紙だが、その裏に、おそらくカラー用に書き下ろされたのであろう、リッチに逆行で大人びていながらあどけなさも残す、ほぼプンプンの理想通りに成長した愛子ちゃんが、大きく見開きでこちらを見ながら、「プンプン?」。
それを白黒反転した描写でハトが豆鉄砲くらう表情で、10話のテキスト横にたたずむプンプンがアンサーする。
再び見開きで、愛子がのぞき込み、首から上だけ落書きのプンが見つめ合う、トキメキスウィートな物語の始まり風の絵。
まぁ何がアレかって、この構図は魚眼レンズのようにかかれていますが、ここの右下には、誰かの左手が大きく映っているし、右端には自動車学校の入校から卒業まで、の図解だってのっている。
イラレで写真を加工しているのだと思うのですが、場面場面での収集素材の取捨選択が、ディティールとなってこの大作は作られている。
「プンプン…… …だよね?」(愛子)
かなりコテコテな恋愛ドラマのカメラワークのようですが、この再会におけるプンの衝撃を表現するために浅野氏がよく使う技法が、ここでは「宇宙でアストロナートがとんでいる」などのコマを挿入する、圧倒的に非日常な描写です。
「まるで~~のような衝撃」という比喩表現を、コマ割りでぶち込むという技法は、ぜひ漫画学校等で拡散してくださいませ、という。
そして、プンプンはその宇宙のコマが挟まる中で、ちゃんと「田中愛子の胸を凝視している」んですね。
ブレませんなぁ!!!
こういうことなんですよね。こういうところが、「何か本質的なこと」なんだと、僕は思う。
蜷川実花氏の『人間失格~云々~』を見て、ちょいちょいクズっぽさをちゃんと描くんですけど、最後の心中シーンで出す小栗旬がやらされた太宰治(つしましゅうじ)という男の「道化」は、本当に白けた。
映画全体としてはもう楽しかったし、白けたのもスカパラの痛快な演奏がEDなのでどうでもよくなるんですけどね。
太宰治という作家の「どうでもいいじゃん、道化でいこうじゃん」という生きざまは、そんな安易に利用できない。そんなものに「太宰治関連の映画で一番好きだ」など寸評する又吉直樹は正気なのか、商機なのか。
(でもおやすみニッポン見て癒される。知り合いがお付き合いありますが、彼のプライベートは真剣だって。)
胸を見ること。それがプンプンの歩んできた道のりで、田中愛子が思い人たる所以なのです。
すでに不純物が混ざっているのに、執拗にプラトニックに描かれる倒錯こそ、この物語の核心だし、いつの間にかそういう純粋な気持ちを忘れて、人は子供を産むじゃないか!!!
これ以上ない……この巻。
そして、見開きに
愛子ちゃんだ!!!!
というテキストのみが激しく書かれるところで、衝撃はいったん落ち着く。
「人違いでした」という愛子に「僕です」と汗だくで言うと、少し小悪魔的な風体で「覚えてる?」とくる田中愛子。
しかもそこに、現れる、田舎から出てきた黒髪巨乳娘が「藤川くん?」とくる。せっかくの再会が、水泡に帰すのを避ける、、というより、そのイベントすら、「再会した俺はイケてるぜ」という風にもっていきたい。
そんなビニールの刀で行うつばぜり合いの裏で、漫画家を目指してプンプンに脅迫型の寄生というか、純粋にプンの横で漫画家という夢を追う暴走機関車、もとい物語史上一番純粋な女性、で浅野氏の気持ちを吐露しているのか、とかいって。
というサチさんが、せっせと原稿書いているのも、漏れなく。
実際プンプンは親の離婚に伴い、初期のプン山から小野寺にかわっているので、適当に藤川について説明して、的な感じで、めぐり合いを無駄遣いしていく二人。
ここであらすじが紹介されるので以下、
「
小野寺プンプンは
悠久の煩悶の果て、
スペクトラル理論により
超転生し、
爽やか大学生・
藤川たかしへと
生まれ変わったので
ございます。
」
そして、裏ではプンと距離の開いた幸の下着などの洗濯物が干されている様子、その裏で「こちらは不用品回収車ですー」というBGM、ノーメイクの幸。ここで、家に元旦那が忘れ物をしているので、鍵を玄関前の適当な場所に置いている業務連絡が行われます。(過去にバツイチは明かされている。この巻で後にプンプンと出会います。)
さぁ、プンサイド、ヘラヘラ笑う愛子がモデルやってるなどの空虚な話をカフェで聞く。愛子は過去にモデルになりたいといっていたので、夢が小さくかなった、など言う。これが、プンはパリピ風のトークでうそをついていますが、プンは愛子を真に受けているので、自分はこんなうらぶうれた人生を歩んでいるのにこの女はヘラヘラ生きやがって。と自然に進行していく。
責任転嫁と一語では終わらされない。
「
子供の頃、
愛子ちゃんは
こう言っていました。
『あと数年で石油が無くなって環境も破壊されて人類は滅亡する。』と。
(挿入 神さま:いずれにせよ今のお前がお前のすべて。)
真に受けた自分はこのような有様で、
愛子ちゃんは何事も無かったかのように
しれっとさらっと夢を叶え、
(挿入 愛子:プンプンは………嘘つかないもんね?)
…嘘つきは、お前だろ。
」
この次、路上喫煙するサチですが、ベビーカーを押す母親を見て、そっと携帯灰皿にしまう描写があるのです。
プンが自分の過去で積もった言葉にできない程度の陳腐な人間性について猛然と責任転嫁している中で、吾が理解者の一人は、自信の胎盤で膨らむ命と自分の無責任に生活レベルで向き合っている。
このサチの2コマを見落としただけで、この作品に相対する読者としての価値は下がらるを得ないだろうです。
サチは仲間たちと沖縄旅行計画に呆けるも、そんな様子のプンは訪れず。
何をしているのかというと「大根役者だらけの舞台をさらに、ただの大根が演じているという虚し(数時間後のプン)」い、愛子との接触。
お互いが「打ち合わせが長引いちゃって」「コーヒーすすりこぼしながらカフェで勉強してたし」など挨拶を済ませると、愛子が歩きだす後ろでプンはひょうきんな風体を止め、表紙のような黒い顔面で四つの目を付けた様子でじっと見つめる。話しかけられるとまた道化に戻る。
ここで、映画を見てプリクラを二人で取るのですが、そのプリントクラブの写真に
「因果応報」と二人で刻んでいるんですね。
自分がやったことは人から帰ってくる。
でもこの物語も私たちの人生も、そんな風な誰かの欺瞞と希望に縛られず、やったことの責任も取らずのんきに生きて死んでいく人がいるわけ。
「友達がやっているすっごいかわいいカフェ」は貸し切り(貸し切りで入れないので、足がつかない状態で、友達がカフェをやっているという事実だけは押し通すために貸し切りな状態まで愛子が調べていた、という描写にするとすると、愛子の卑屈さとその卑屈への情熱はすさまじい。いつだって私たちはピカレスク(悪漢)を求めてきたのだ!)。
「陽が伸びたねぇ」という愛子に、私たちが出会ったのも今頃だったね、という過去回帰をさせるプンは、安い居酒屋に入り「えーと、なまなか?」など不要な道化すら演じ始める。
「一夜漬けで詰め込んだ、心底どうでもいいおしゃれカフェや映画の知識による、虚飾に満ち溢れた」会話を続けているのですが、魔勃起は止まらない。
しかもここで、「うそー、何その友達。片思いの子を探すために部屋借りてるとかかわいそうすぎ!モデル友だち紹介するから今度一緒に飲もうよー」という愛子の科白があるわけで、藤川たかし(20)として生きている自分からみた、ただの小野寺プンプンのことを話題に出してこの反応をくらうという、憤懣本舗を過度に勧める描写。どこまで作者は卑屈なんだ!しかし愛さずにはいられない。だって、卑屈にならないと、反省しないだろう、私は、私たちの一部は。。。
この巻は、この一点がハイライトです。
ぜひ、一緒に叫ぼうと。いや、心中でつぶやきたい。ああ、ダイナミクスとリズムを肉薄させて操作する、チェリビダッケのブラームスの四番シンフォニーが高ぶる精神性の演奏だ。
「…なんか、大人になったねー 私たち」
そして、お前は誰なんだ?
そして、お前は誰なんだ?
一個一個行こう?というダジャレをば失敬。
〇そして
これはその前に、「僕は一体なにがしたいのだろう」という独白を経て、の話ですが。この問いと並列になる問いかけとして、適切なのは、「そして、あなたにぼくはなにを求めているんだ?」や「いつまでこの少女に僕は夢を見るのだろう?」とかであるはずなのです。
それが、勝手に人の像を描いて、裏切られてぶちぎれる。それが、幼いころとはいえ、二人で地球滅亡から逃走しようという契りとチッスを交わしたのち、中学生になって……
A!!NARUHODO!!!
そうです、いまプンは自分を捨てて適当な田舎黒髪巨乳娘とセックス三昧ですが、愛子は中学生の頃、矢口先輩というバド部のヒーローながらけがで苦しむという、「THE主人公」と付き合っていました。それを愛子は「付き合うってなんなんだろうね」というただの実験という形で人の純情を弄び、なんならプンに見せつけて、プンの欲情を買う(プンは欲情を回避する)。
プンはその愛子の実験的な姿勢について、今おそばせながら実践している、おそらく無意識に、という描かれ方で。
そういうことか。愛子がすでに中学生にて達観していた純情による人間との交わりに対してようやく疑念を抱いて、放蕩に走ったというところなんだここは。
〇お前は
お前という蔑称。田中愛子というアイコンを本人によって唾棄されそうな中、もはや記号ではなく、目の前にある一肉体として蔑視している。
〇誰なんだ
小学生にしてあのうらぶれた諦念と人間への興味をもっていた、田中愛子は、モデルまがいのことをして、つつましい成功者として世の中を悠然と歩いている。
因果応報も受けず、のびのびと生きているお前は、誰なんだ。
ここで、内省は一つもなく。ひたすらに田中愛子への裏切られた感情は、勃起となって、彼女の膣にぶち込んで正義の鉄槌としたい、というエゴイズムのみ。
さぁ酔って、どこかしらの屋上から中学校を指し、どうしてすれ違わなかったのだろう、などひょうきんな愛子の独白が始まる。
これは流行のラグビーでいうと、スクラムハーフが独走していく感じではなく、あくまでモールを組んでタッチラインを目指している、じわじわとした肉弾戦だ。
ここでは、二人は道化を一瞬やめる。道化でつけた助走にのって、道路からはみ出て、安全マットのひかれた崖の下へ飛び下りるようなもの。
「
…でもずっと謝りたかったんだ……
なんかずっと気まずいままだったから。
私も子供で馬鹿だったし……
きっといろいろ嫌な思いさせちゃったんじゃないかって思ってて……
いつかこんな風に普通に話せるときが来ればって、
…思ってたから今日はすごく嬉しい。
」
(プン、頬緩ませ「…僕も今、同じこと考えてた…」)
「
…けどね、正直なこと言うと。
昔のプンプンウジウジしててホント頼りなかったから、自殺してるんじゃないかって心配してたの私。
」
(プン、真顔
「僕も愛子ちゃんはとっくに発狂して下水の底みたいな人生送ってると思ってたよ。」)
「
あはは。…私、そんな子だった?
」
「『あはは』とか。
(プン 黒に四つの目)
笑い事じゃ、ないだろう?
(プン 黒に四つの目)
…ふざけるな、
田中愛子
(プン、ベンチで愛子の手を握る
……手、繋いでもいい?」
「…もう繋いでるけど」
しばらく続くのですが。
プンプンも、田中愛子も、お互いを思い続けてきた現在完了の人生が、相手の(嘘ばっかりな見栄張り)成功人生を前に、自分だけが思い続けて損をした、と感じている。
以下、私の完全な主観ですが。
その中で、プンプンは、これまでの遍歴からみて、ゆるふわな人生を送る田中愛子を姦通して、生命活動に鉄槌を下すトラウマを負ってほしい、と。
その中で、田中愛子は、脳漿のないパリピと化したお前にささげる操などないけど、ここで、プンを失うと、もう永久に私は鳥かごの中の人生だ、という焦りと。
プンには戻る場所があるけれど、田中愛子にはないので、この後ラブホテルに二人で入場するところで、決裂してしまう。
ようやく、幻想を破壊する性行為。
おそらく、田中愛子を考えるときは、いつも体験が帯同する理性があったから、ここで理性を捨てるセックスができれば、相手も自分も破壊して君にしばられる人生は終わりだ、とあるプン。
田中愛子は、一度は抱擁を許可し、上着を剥かせるも、手慣れた様子のプンに純情寄りの生理的嫌悪を見せて拒否する。大声などでなく、絞り出すような、「お願いだから……やめてください」で。
ここでの好意に伴い刻まれていくプンの独白はこうなっている。
「
…愛子ちゃん 君がどういうつもりか僕は知る由もないけれどーー
僕は、何やら悲しい。
いずれにせよ、数年振りに再会した軽薄な同級生Aに
簡単についてきてしまう不良娘であることは明白であり、
僕は、
僭越ながら僕は、
君を不幸に叩き落したい。
」
(回またぐ)
プンプンは、自己評価が恐ろしく低い設定なので、同級生Aだと思い込むことが可能な初恋チェリーボーイ。
「
ーーーー愛子ちゃん僕は、
僕に呪いをかけたまま
別の世界にいってしまった君を、
許したくない。
いや、
こちらこそ、
身勝手な理由で申し訳ないが、
…君も、
僕を軽蔑してくれまいか。
」
ここで、愛液まで手が届くも、拒否される。軽蔑、裏切りによる無念さ、怒りなどの感情群を表出した死ぬほど冷たい視線を、ああ、ハッピーな内装のラブホの床の上でくらう。へりくだった表現になっているのは敗北者として最後のあがきをしようとしていたから。
「
やっぱり……帰る…
…馬鹿みたい。
…いいね君は、人生楽しそうで……
こんな事なら……
…二度と会えない方がよかった。
」
完全敗北である。なぜなら、俗にいう成功的人生の振りまでしたというのに、成功的人生を歩んでいる田中愛子を、姦淫することすらできなかったから。
というか、勝負の土俵を性行為で行ったこと自体を否定された。つまり、再会して軽薄な同級生Aについてくる田中愛子に対して、ラブホテルまで来たので、もはや犯して、何とか自分の精液をかけることで、彼女の人生に後ろめたさを取り返したいと決めた途端に、寸前で否定されたのですね。
田中愛子という、数千ページかけて思い続けてきた人に、何もできず、しかも真の自分でもない自分の印象を与えるだけで終わった。
なので、こう続く言葉は、単なる漫画ではなく、真実に鬼気迫るのです。
「
………プンプンは思いました。
全てにーーーーーーーーーーーーーー、負けた。
…万策、尽きたーーーーーーーーーーーーーーーー
」
また主人公が落書きで描かれる漫画なので、黒いプンは、幼いころのプンに描かれなおされ、カラスなど舞い散る早朝の駅前を俯瞰した描写がさしこまれる。
万策尽きた意識は、空へと昇華する。
なるほど、魂は木に戻るなどの日本の民族的な描写であります。
さて、バイト先の若者に悪口を言われ、なぜ教習所にいったのか、それは寝込んでいる宍戸社長のせいだ、なんで寝込んでいるんだ、死ね死ねなど、乱痴気は無責任のみを残し、免許取ったらどこか一人でだれも知らない町でひっそりと生きよう。というふにゃふにゃな決断へと導くのでありました。
なのに、気が付くと、さっちゃんの家の前に立っている。
という階段四段飛ばしくらいの描写ですが、いかがでしょう。
これは、生活に戻りたいということなのか、すべて清算はしときたい、ということなのか。サチは沖縄旅行中なので、いませんが、元夫が来る予定なので、家の前の見慣れない植木鉢の下に鍵があるんであります。
そこで、家に自分なしでサチが書いた漫画の原稿よ読んで、完成度の高さに自分の不要さを感じ、落ちていたパンツをかぶりながら身もだえしていると、元夫が現れる。
という。
まぁここで、プンが教習所で愛子に会うこともなく修了し、免許取って車のローンしてどこか田舎に移住する「おはよう、プンプンー都落ち編」がみたいかというと見たくないので、こうもう一度サチの人生と交差してもらわないといけないのですが。
ここでサチと三人での会話の場が持たれ、元夫はテレビ局のプロヂューサーで、「子供の頃から必死でリスクヘッジしてきて、成功をつかみ取った俺が、みじめにパートタイマーで生きているお前を負け組だと批判して何が悪い」という高飛車に描かれる。
サチは漫画家等になりたいながらもなれない大学時代に、彼女の能力を認めた、というところでは、サチの恩人ではあるのだが。
挙句の果てにパンツかぶってたプンは彼の高邁な弁舌に、「あなたと私は違う」。
そして、敗退して描かれ方通り「真っ白になった」プンプンに追い打ちをかけるのはサチ。でも、追い打ちではなく、最後の招待状。
①漫画が連載が決まった。
②あたし、妊娠してるんだ。
無責任を小さく問いながら、元夫とどちらが大事なんだ、なんていう質問を重ねて、「私たちは別に…別に…でもプンプンがいないのは考えられない」サチの弱さを告白させていくプンプン。
②´「もし堕ろすって決まったら、一緒に病院に行ってくれるかな」
プンプンはちいさくうんという。その背景に描かれているのが、東急ハンズで、左右に両人差し指が向いているマーク。
きみは、どちらに行くのかい、というキャッチーな天啓まで。
昔叔父に言われた「自業自得」という言葉を思い出して、病院で同意書をもらったサチの中絶内定の通知を受ける中、アパートの廊下には、隣人の藤川たかしが彼女と外出する声。
日常は徐々に距離を隔てていき、いつの間にか遠くに行ってしまった。
そして、サチの中絶手術が終わったら、「どこか一人で遠くに行こう。うん、そうしよう」と。ここは子供プンプンの描写で描かれていて、あくまで、プンプンの落書き描写は、体躯の成長ではなく、精神に密接なものだ、と改めて設定を打ち付けられます。
ここで、覚悟したプンは教習所で愛子を待ち構え、小話に誘う。近くで小さな祭りがやっていて、そこの舞台には、星川としき(この物語のトリックスター)らペガサス合唱団が世界のひずみを正そうと、ピアニカで演奏す。
その伴奏に乗せてプンは、実は藤川ではないこと、大学生ではないこと、君と小学校の頃鹿児島にいく約束を守れなかったことから、常にそのことに後ろめたさを感じ、自信を無くしてから、すべての失敗を君のせいにしてきたんだ、と吐露する。
僕が心配せずとも、楽しい人生を歩める子だった。会えてよかった。と。
愛子も、「へぇ、嘘だったんだ。言ったよね、次私にうそついたら、今度は殺すから」という、数年来の約束を持ちだしてきた。
デッデッ、デデッ このまま君をつーれていくーと♪
とサカナクションでも鳴ればよいのだけれど、ここはビッグコミック。
ずっと待っててくれてありがとう、と愛子が抱擁す。
プンは一切の後ろめたさなどを清算しにきたつもりだったのに……
愛子はお互いが思っていたような愛子ちゃんだった。もうしがらみから脱し、生きる意味など問い続ける人生を終わりにしようとしたのに、愛子ちゃんまで嘘をついていた。
ここは、ドヴォルザークチェロ協奏曲の三楽章コーダが合うね。後ろでペガサスもなんか吹いてるしね。
人が嘘をついてまで守り通したいもの、それはさまざまあると思うけれども。
嘘というのは、何か自分の退路を断つ行為で。
その経った退路を復活しようとした矢先に、退路ごと断たれるというのは、退路がなかったあのころよりも不自由なのです。
ここのプンプンは思いが結ばれた白い描写ではなく、むしろここから先の泥沼を案じた、絶望の黒色で描かれている。
いまは久しぶりにあった同級生Aこと藤川ではないので、もう、この先に進むと愛子の人生に対してお互いが責任を負っていかないといけないのだ。
因縁とは自分で作るものだけど、それを持ち続けるというのはそういうことで、結局プンは先ほど妥結した覚悟について、どうするかを問い直す。
サチが蟹江に、プンにそれを迫ったのは、利己的な選択を投げてプンの決断を試そうとしているだけだろ、とスナックで諫められている中、プンの家に愛子ちゃんが、ついに現れたのでありました。
プン家でお互い寝ころびながら、何が嘘だったかを吐いていく愛子。実は小さい芸能事務所に入っていた(これは清水・関が漫画雑誌をもっている描写が過去にある)が、作り笑顔とか面倒くさくてやめたという。
愛子は小さいころにもっていたキラキラの方の夢はあっさり捨てていた。
さて、ここで、プンはもはや、過去に初恋をしていたという弱みを握られたただのプンプンなので、「こうすんなり家に入れておいてあれですが。今は誰とも付き合うつもりはない」という、「覚悟」をもって挑む。
そして滑稽なのは、
愛子が主導権を握ったように「うふふ。まってまってちょっと。別に付き合ってなんて一言もいってないよ」というシーンです。
これは、この後愛子の母と対峙するシーン(次の巻)で、主導権を握ろうとする母親とそっくりなんですね。
この純粋側の主導権を握る駆け引き、というのはプンプンにも伝染するし、くだらないのですが、彼らにとってすさまじい、呪文。ホイミより幾分強力な主権回復風。
この変貌ぶりと、自分の魂を捕縛しているかのような愛子の身振り手振りに何か一言いいたいのに言えない。
「また母さんに怒られる」という負債を発言して帰ろうとするので、プンは「ぼくも一緒に行って謝ろうか?」
これは、サチだったらブチ切れるところですが、愛子は「プンプン優しいのね。そういうところが、全然変わっていない」
そして、いきなりの口づけ。
プンプンドキドキした?あたしはいますっごいドキドキしている。
と素朴な追い打ち。いまさら……という絶望。
一方で、今まで落書きで描かれてきたプンプンは、この口づけの一瞬、普通の青年として口元だけ、普通に描かれる。
ここで、読者とプンプンが距離が一気に縮められる。。。
徐々にサチから愛子に焦点をあてていく誘導もすら、こういう細緻で誘導する。
「
プンプンはこのとき思ったのです。
愛子ちゃんにかけられた呪いは、
そうやすやすと解けるようなものではなかったのだと。
…なんて
勝手なのだろう。
誰もかれも。
」
ここで一話終わりなのですが、単行本で落書きプンプンがかわいいピースサインをしているという。天使と悪魔、陰と陽。何もかも、量を強調したいときには、逆のベクトルのものを配置するのが良いのだろう。
次は愛子の家で、愛子母が、「クソ企業の隠蔽体質を暴いてやるんだよ」と食品の防腐剤の云々を独自研究している様子を、愛子が眺めているところから。ここで、愛子は免許証をもっていて、自動車学校を卒業していたことが分かる。この後プンと車で逃亡するので、抜かりなしであります。
愛子が印刷会社っぽい職場に行くと、新人が入ってきて、やさぐれたパワハラ体質の上司ともめごとをしている。そこで愛子が置かれている状況が、その上司が言う形で明かされる。
この会社の社長に愛子母が借金していて、そのカタに超安月給で働かされ続けている。ということ。上司が、アイドルまがいのこともやってたらしいけど、おまえ何人のチンコくわえたんだーとかいうと、新人がそれは見逃せません!など反論するも、田中愛子は、カッターで切った指から流れ出る血をなめて、「ほっといて」という始末。
不当な労働は人間から人間性をはく奪するというか、愛子さんの場合、そういった環境すべてから脱出するために必要だった革命家ができた、今だからこそ、「ほっといて」と言えたのかもしれないと亡き女を想う。
愛子は家に帰ると、母が仲間からまた変な宗教の像を買って「社長に給料前借できない?」など浮かれ模様。そういうのあと何個買えば母の足はよくなるの?というテンションで、生活に反論すると、母が「あんた最近誰かと会った?」と自分が洗脳状態にある娘の様子を機敏に察知して暴行するという。
暴行のシーンは描かれず、つけっぱなしのパソコンの画面で照らされる母の寝顔の横で、血や痛みに震える愛子。
その間に、ペガサスこと星川としきが、前の演奏会でぶっ倒れた後、円周率の寝言を発していて、目覚めるという超自然的な凡夫の描写。
夢を見ていたとしき。迫る7月7日に地球がぶっ壊れる予言が変わらないとして、宍戸社長を冤罪で大けがを負わせることになったオバサン通称「黒点」の居場所を見つけ出したと、仲間の和田(すぅいーとプリティーハートロンリーモフモフおにいちゃま)が告げている。
物語がパラレルで進んでいく、ある種、飽きない、ある種集中させないように。
サチが蟹江の助言を真に受けたのか、「やっぱり(中絶手術の立ち会いに)来なくていい」とプンに電話をかけて、これは物語全体のクライマックス前の展開部です。
「すでにいかないわけにもいかないのはわかってますよね?」など、これまでは言いなりだったのに反旗を翻すようになったプンプン。
のタイミングで電話を受けるプンの元に、愛子がやってくる。
いつも「超絶タイミングが良い」のをここぞというときにしか持ってこないのがこの漫画の良心ですが、うーん。
「約束通り3時まで(待ち合わせ場所に)いるよ。今日が過ぎればまた、私たち仲良くできるかな?」
というサチの渾身のラブコールを聞きながら、プンは子機をもって愛子のいる扉を開ける。
……子機もってたら会話聞こえるでしょう!というのも、この時代の子機の収音性能の悪さに免じて。
顔にまで傷だらけの愛子。
「ちょっと通りかかっただけだから。ごめんね邪魔しちゃって、帰るね」
とあっさり引き返そうとするのは、もはや天災。
プンプン。中絶、初恋、自尊心の放棄と再来、夢、素朴な感情群。あらゆるものが混沌となった怒涛に現れた田中愛子。
「
なんなんですか。
こんなもやもやした気持ちじゃ……
今後、僕はまともにうどんを茹でることすらできない……
言いたいことがあるんなら、
はっきち言ったらいいじゃないか……
」
「……言えばいいじゃないか。」
(心の神さま お前もな)
「僕は君とセックスがしたいがね!!」
下着もろとも上着を脱がすプンプン。ほぼ白目。アパート廊下で乳頭を出して、変わらない真顔で見つめる愛子。
はっきり言うことの二面性を知っているからこそ、はっきり言えないのが人間。最近のワンイシューな物言いが多いのは、ここでいう答えではなくて。
本当は、分かり合うことなんてない。でも、頭の先からつま先までわかり合いたい。というのはここまで愛子やプン、その周辺がたびたび口にしてきた理想の人間関係。
そのためには言葉は余計なんだ。言えば言うほど、人は、言われた人も含めて退路を断たれる。そして消去法的に人生は決まる。
ここは逃げるは恥で役にも立たない。
乳房を出しているかどうかは、危急存亡の問題に関係ない。
「
…君に会いたかった。ただそれだけ。
…それじゃダメ?
言わなきゃ分からなかった?
」
言わないと分からないという曖昧の線上で遊ぶのはもう許されない。
薄目を開け、息を深く吐くプン。薄目を開け、凝然とする愛子。
本当は書きたくないけれども、ここは、このニュースのような詩が手放しで秀逸だ。
「
無音の六畳間に
…心臓の鼓動と吐息が充満し、
どこからか聞こえてきた下校中の小学生達の声が、
幻のように遠ざかってゆきました。
思い返せばこの20年間、結局ただの一度も人と解り合えたことは無かった。
ただの一度も。
」
こんな風に人間を、心を得ようとするロボットのように描けるものかね。
このナレーションの間に、乳房を触り、それは思い望んでいたハピネスは一切なく、ただ空虚を埋めるだけの精神と肉体と、精神と肉体。
儀式のように。昔話のように、性行為が進んでいく。
小学生が外を走っている。これはもう1~3巻で描きまくられた、ただの自分たちだ。
パンツを下ろす。陰毛が見える。虚空を見る目。
もはや、思い人だと信じ込むように。自らの陰部に御手を誘導する。
「
左手で太腿を押さえつけ、
余った右手で猛り立った陰茎をねじ込むともはや、
煮えた膣内をかき混ぜる行為を静止することは出来ずーーーー
所詮この娘の只の女なのだという落胆と喜びが複雑に絡み合い、
重力に身を任せひたすらに堕ちていく快楽の中でにプンプンはーーーー
」
。
。
。。。
燃え滾るような原始的な興奮と、その奥からそれよりも早く大きな虚ろが迫ってくる。
たまらず目を背けて、僕は陰茎を外に出して果てた。放物線を描いた我がDNAたちは、彼女の傷ついた、無垢な腹の皮膚に飛び散った。
それは桃色だった。彼女の神秘から溢れ出た血と混濁し、六畳の万年床を濡らす。
「いくじなし」
それは五つの連続した音としか認識できず、意味は遅れてやってきた。裏切りでもなんでもない、ただ僕たちの間にある距離だけが際立った。
このまま、ヘドロのように混ざれたらーーーー
そう思った意識は真実だと思う。でも、今もう液体でつながることができない僕らは、質量をもった肉体として、どうしても混ざり合えないことを天啓のように突き付けられて。でも彼女は、まだ期待しているらしい。期待だけ。個体だけ。
「プンプンは私のこと好き?」
なんて答えたら、僕は社会人になれるのだろう。
なんて答えたら。
「好きだよ。」
「じゃあ、あたしも好き。」
…もしこの場所よりも堕ちる場所があるというのなら、
そこはもう地獄なんじゃないだろうか。
ーーーーーーーーーーーーーー
君が好きなら私も好き。
それは真綿で首を絞め合う関係で、寿命をゆっくり食べていくだけの昆虫。
ーーーーーーーーーーーーーー
つかみ取った夢は、つかんだ瞬間に乾いたクッキーのように粉々になった。
僕はその粉を集めて、それはでも地面で髪の毛と砂と混ざった。
もう食べるのをやめた。
彼女はその落ちた食べ物のような破壊的な笑顔を浮かべてこちらを深淵のように見つめている。左肩のあざといい、左目の傷といい。彼女のすべては、すべてが、こちらに、この何の取り柄のない脱落者に。
それが君のすべてなら、僕はもうすべてわかり合えそうなところまで来ているのかもしれない。
振り返ると、あの淡い生活が肉薄している。
この傷だらけの小娘は、遠かったり、近かったり、でもそれは、いつだってこちらが勝手に設定している、サンドバッグに似た、偶像でしかないんだーーーーーー
「僕も一緒に行くから」
「…じゃあ、今から行く」
僕はこれまでの右往左往で、坂道に迷路を作ってきた。
そこに、液状の水が流れただけだ。
出口と入り口から、水が落ちていく。
ただそれだけ。
…うん、そうだね。今すぐ行こう。
僕もそう思うし、君の言う事は全部正しい。
これでいい。
全てが収まる場所に収まった。
つまり世界は僕のものというよりむしろーーーーーーーーー
僕の世界は、君のものだったんだ。
ーーーーーーーーーーーーーー
(鹿児島に行くと言って市民ホールの前で待って涙を流していた愛子の横を、タクシーで通り過ぎたあの時から)
止まっていた時間が、ようやく進み始めたのです。
プンプンは、確信したのです。
やはり愛子ちゃんは、
運命の人だったのだ、と。
(愛子と同じアングルで、南条幸が、涙を流している横を、タクシーで通り抜ける)
日常が遠ざかってゆく。
自分などいなくても、変わりなく過ぎてゆくであろう日常がーーーーーーーー
午後六時の薄暮の静寂に消えてゆく。
何も振り返るな。
愛子ちゃんの手はあの頃と変わらずやわらかくて、あたたかくて、そして小さくて。
この手を二度と離すまい。
…プンプンはそんな風に思ったのです。
…もう戻れない。
11巻に続く
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ありがとうございます。良ければ、また。