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パリ(症候群)の思い出〜Hermes Jour d'Hermes~
華やかな、華やかなパリの思い出(皮肉)
このnote、実は購入したばかりの香水の感想を書いていたのだが、そもそも書くのもそれなりに時間が必要だし、noteを始める以前に買ったものも、そして気に入っているものも多々あるのは正直な話であって、新しい香水を買う度に書いていくと決めていたらお財布も持たない上に買うのを待つばかりで文章も書けなくことも気づき、ちょこちょこと過去に手に入れた香水についても書こうと思う。
と、逆に購入したばかりの方が興奮しながら書けるので良くも悪くも文章に対して、そして香りに対して緊張感もなく書けることに気付く。まあそんなことは置いておいて、僕自身が持っている香水の中で好きな一本であるエルメスの『Jour d'Hermes(以降 JdH)』を今回は書こうと思う。
JdH、最初に手にしたのはエールフランスの機内であった。訳あってパリに制作をしに行き、その帰り…と言ったら気取っているようだが、本当にその通りで、ただ「ロマンティックでトレビアンなパリの日々」ではなく、毎日忙しいために適当な冷食を食べて、意地悪なフランス人達にいびられて、一緒に行った日本人達は仲違いをして険悪ムードとなって…という最悪なパリの日々であり、帰りの便はその険悪ムードの日本人グループと良くも悪くも一人離れた席があったのでその席を希望し、やっと一人になれた自分はエコノミーでもシャンパンを楽しめるエールの、しかも通路側の席で足を組みながらシャンパンを嗜みつつ、機内販売で購入した品である。個人的に海外旅行に行ったらなんでもいいので香水を思い出(それが最悪だとしても)として一本買うのを決めている自分にとって(シャルル・ド・ゴールで買えなかったのもあるが)、当時新作というので試したら「トレビアン」だったので手に入れた。
オリエンタルなパリジェンヌシック
そんなJdH、2013年に発表された香りである。2013年のエルメスというと、ルメールの頃。JdHの調香はジャン=クロード・エレナ。彼は2004年から2016年までエルメスの「nez(鼻)」であり、ウィメンズのプレタのデザイナー的にはマルジェラ・ゴルチエ・ルメール・ナデージュと4人のデザイナーが関わった。個人的には特にマルジェラ・ゴルチエ・ルメールの頃のエルメスとエレナの香りは相性がいい印象があって、各々のコレクションを思い出させる香りというと
マルジェラ:『地中海の庭』
ゴルチエ:『ケリー カレーシュ』
ルメール:『李氏の庭』
となるのだが、JdHも同じくルメールの頃のエルメスを思わせるような、特に秋冬のコレクションを思い出す香りである。
ところでルメールの頃のエルメスというと、よく言われていたのがマルジェラの頃のエルメスを想起させる、といった内容だ。個人的にも「マルジェラによるエルメス」を知ったのはルメールのエルメスであって、そもそもルメールのを知ったのもエルメスなのだが、彼の頃のエルメスは確かにマルジェラの頃のエルメスにあったデザインを思わせるようなものが登場する。が、それよりも色使い、それまでのゴルチエの華やかな色使いとは違った、ニュアンスカラーでや落ち着いた色彩を用いたカラーパレットとなっていたのが、単にマルジェラらしいかったのだろうとも当時を振り返えれば思う。とはいえ、スタイル的には彼らしいモードなオリエンタルシックなデザインが基本であって、俗に言う「中華マネー」向けと言っても過言ではない内容だったのは確かである(特にファーストコレクションである2011年秋冬は中国系アメリカ人We Feiによる古琴の生演奏による演出であった)。とはいえ、ルメール自身は彼のパートナーであるサラ=リン・トランからの影響を受けていると言われており、そもそも彼のシグニチャーである「クリストフル・ルメール」ではわかっている限りでは2007年ごろからオリエンタルなデザインを始めていたため、エルメス側もそのようなスタイルを望んでいたのだろう。
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ルメールのエルメス期には前期と後期があると個人的には思っていて、前期は2011AWから2013SS、後期は2013AWからラストの2015SSとしている。前期はパターンを多く使ったり、マオカラーのジャケットやブラウスといった鮮やかなオリエンタルの要素が強く、後期は逆にトレンチコートや膝丈のスカートのスタイルなどシンプルなフレンチシックの要素が強く感じられ、特に2014AWや2015SSはオリエンタルやアフリカ、そしてフレンチシックの融合ともいえるエレガントで優雅なスタイルが多く見られた。
そんな「ルメール期」に出たJdHはそれこそYSLの『opium』のような分かりやすいオリエンタルな要素は正直そこまでなく、ルメール期後期にある「パリジェンヌシック」な香りが強い印象である。。
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シンプルに華やか、シンプルに美しい
ボトルデザインはピエール・アルディによるもの。他のエルメスの香水ボトルとは違ってガラス部分、特に側面が厚みのあるガラスでペーパーウェイトのようになっている。その分、光を表現しやすいボトルとなっていて、シンプルながらも他には見られない個性的なボトルである。そして液色はゴールドでまさに昼を思わせ、光を表現していると言っても過言ではない。
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つけたてはシトラスが香るが爽やかではなく、色ならイエローではなく赤みの強いオレンジのように落ち着いた爽やかさ、そしてオイリーなホワイトフローラルのエッセンス。ヨーロピアンな鮮やかさよりもオリエンタルな影響を受けている地中海の光の色というか、かなり独特な雰囲気で始まる。しかもどこか懐かしい…多分ムヒの香りだったか、何かしらの日本人特有だろうノスタルジックな香りを感じる。そのまったりとした鮮やかさが続き、ホワイトフローラルが全面に出てくるとかなりエレガントな香りへと変わる。この辺はルメールの後期に見られるパリジェンヌフレンチシックが全面に出て、クラシカルな香りを感じさせながらもクセのある香りというか…非常に個性的な香りが終始続いていく。そして最後はムスクとウッディノートが出てきて、まるでボディクリームのような様相へと変化する。
JdHはつけている人の持つ知性や内面の美しさや自信が惹き立つような香りであり、これ見よがしではない。いわば基本薄化粧でも健康的な肌の輝き、いわゆる「美魔女」といった作った美しさではなく、年相応の皺やくすみもあるけれど透明感というか内面からの輝きが美しい肌の人。センシュアルさは全くない。まさに後期ルメールのエルメスプレタのデザインを思わせる香りである。
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そんなJdH、オリジナルだけではなく「アプソリュ」「ガーデニア」と二種類の限定バージョンと、通常ラインのパルファムがある。特に限定のバージョンはオリジナルよりもファンが多い印象で、廃盤になっても探している人がいるらしい。またパルファムはあまり知られていない印象なのだが、それもそのはず。基本的に「ジュエルロック」というカデナ型のパフュームケースに入れる品しかなく、しかも7.5mLで2万近くと正直かなり高価な値段設定。とはいえピュアパルファムは「アプソリュ」にある熟れたアプリコットのような甘い香りが強く、非常に華やかつ美しい香りなので一度お店で楽しんでみるのはおすすめ。僕自身はオリジナルのEDP、カデナロックのP、店頭用のPが手元にあるが、各々香り方が違ってその時々の気分によって使い分けている。ちなみに噂によると、もっとゴージャスなフラスコに入ったものもあるそうだ…まあ、それはまたいつかということで。
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