其の二(Chapter31→60)
Chapter 31
〜悪戯っぽく笑う〜
その日、俺は人が足らない現場の応援をした後、通常の自己業務をしに事務所へ戻った…。
腹をくくって…。
ここ数日、黒下課長からの依頼されている「ORIXカードを渡せ」は流石に出来ない。
今までタイムカードの水増し打ちによる裏金作り、現場役職者の用心棒、コーヒー、タバコ、神棚の榊購入、現場用携帯の契約と引き渡し、黒下家の身内の世話から保証人などなど etc…。
指示されたことは全てやってきたが、これだけはっ!ここからはっっ!!
もう出来ない…。
もう逃げるしかない…!!!
と決めていた。
それには黒下課長に気付かれてはいけない…。
いつも通りにしつつ、
他の役職者へ極力迷惑かけないようにしなければいけない…。
この為、今日は直近の現場応援で溜まりに溜まった書類を全て終わらせ、後工程に回すと決めていた。
19*00を過ぎたころ、黒下課長が夜勤開始時の見廻りを終え、事務所へ戻ってきた。
そして事務所で書類を処理している俺を見て、こう言った。
黒下課長:『なんだ、まだ居たのか?』
俺 :『はい、書類が溜まってしまって…。今日中に、ある程度終わらせたくて残業してます。』
黒下課長:『そうか、あまり遅くなるなよ。俺、帰るからな。』
俺 :『はい、お疲れ様でした。』
黒下課長:『それから、カード頼むねん♥️』
俺 :『………はい。』
そう言って、黒下課長は悪戯っぽく笑みを浮かべ帰っていった。
Chapter 32
〜準備〜
俺は改めて確信した。
黒下課長は本気でORIXカードを欲しがっていて、確実に俺に催促している…。
先日来日した実の姉さんに良い格好、つまり日本で成功した姿、お金を沢山稼いで(※実際は横領、恐喝して巻き上げた汚いお金)大勢の日本人をアゴで使い、皆がひれ伏してるとこを見せたいのだろう…。
今夜しかない!これ以上、課長にタカられるのは御免だ…。
そのために準備するんだ!。
相当数 溜まっていた書類を処理し、他の役職者にかかる迷惑が最小限となるようにした。
そんな時、思い出した。
俺:〜おっと忘れるとこだった…現場に貸し出している俺名義の携帯。このまま逃亡したら、ずっと使われ続けてしまう、回収せねば!!〜
俺は、急ぎ現場へ行き、担当役職者へ俺:「メンテナンスです」
と嘘を言い、数ヵ月前に契約させられた携帯電話を回収した。
毎月の携帯代は約1万円。
危うく これからも払わされ続けるとこだった。
もちろん、現場の担当者はこれから起こることを知らない。
俺:〜申し訳ない、俺のだから返してね…。ごめんよ〜
心の中で謝った。
そんなこんなで事務所に戻ろうと時計を見れば23*30。
俺:〜さぁ、早く家に帰って夜逃げの準備をしなければ…〜
と考えを巡らせドアを開けると、
そこには日本人役職者 騎士塚(きしづか)組長が居た。
騎士塚組長:『なんだお前、遅いな今日は?』
俺 :『……はい。』
騎士塚組長は今週夜勤シフトで、現場を見廻った後、ひと息つくため事務所に来たのだった。
Chapter 33
〜告白〜
騎士塚組長と会ってしまった。
予定外だ‥(汗)俺は
俺:〜クソッ…!!(-_-;)〜
と心の中で呟く。
ここで少し、騎士塚組長について書きたいと思う。
この騎士塚組長という人は、本筋でいけば課長に昇格するくらいの御方。
年齢は黒下さんより1つ下、身長170くらい、体重80ほどの肥満体。
黒下課長をひとまわり小型にした様な方で、高校を卒業して直ぐに結婚、
お子さんは2人。
持ち家もあり、七海興業一本の叩き上げ、もちろん生粋の日本人だ。
早くに班長へ昇格し経験も人脈も豊富、そのため親会社に顔が利いた。
七海興業は親会社内に於いて構内請負いという形で作業させてもらっており、常に親会社の方々と一緒に居るので、顔が利く事は非常に大事な事。
上司からの指示は必ず完遂する監督者で剛腕、上役から見れば仕事がデキる組長なのだ。
では、これらが揃っているのに、
なぜ?課長にならいのか…それは、
騎士塚さんはYES,NO.ハッキリさせるタイプだ‥という事。
騎士塚さんはプライドが非常に高く、性格は短気、利己的なところも多分にある人物。
簡単に言うと"クセが強い"。
その様な立ち回りをするので味方もいるが敵も多かった。
人との接し方としてYES,NO.好き嫌いが明確な為、嫌いになれば辞めるまで徹底的に潰すやり方をする。
そこが黒下課長とは大きく違うところであり、実際、黒下課長も過去、俺にこう言った事があった。
黒下:『騎士塚には気をつけろ、あいつは怖いぞ…。』
生かさず殺さず、小さな事でも自分のプラスになるならば利用する黒下課長とは真逆…上役から見れば、
部下を育てる○=黒下(自分に少しでもプラスなら生かす)
部下を潰す ✕ =騎士塚 (好き嫌い明確)
そんな、風に見られていたのだろう。
黒下課長はそのことを自分のアピールポイントとして良く理解していた。
だから俺をもカバン持ちにしたのだ。
これに加え黒下課長は、自分を上に引っ張りあげて貰うために、金に困っている勅使河原課長の金銭欲求をサポートする『タイムカード』体制を構築し、互いに秘密を共有しあって一心同体の蜜月関係を築いたんだと考えれた。
結果、いつの間にか黒下課長の方が頭ひとつ抜きに出てしまった…という流れ。
そんな騎士塚組長とバッタリ会ってしまった。
だが俺は、こんな気持ちにもなる。
俺:〜騎士塚さんに全てを話そう…。〜
なぜそんな風に思ったか‥と言うと、散々嫌みを言われ続けたからだ。
※Chapter24より参照↓
騎士塚組長:『おまえは会社に居なくても、いつも居ることになってるなぁ…。ニヤニヤ』
なんて、ずーううっと言われ続けていたから。
早速行動に移す。
俺:『あの‥騎士塚さん、ちょっとお話 いいですか?』
騎士塚組長:「あんっ?」
騎士塚組長は怪訝そうな顔で俺を見たのだった。
Chapter 34
〜騎士塚さんへ〜
俺は騎士塚組長へ話した。
全て話した。
今まで黒下課長の指示でしてきた事、されてきた事。
そして現在、クレジットカードを要求されていることを。
騎士塚さんは少し悲しい顔をしながら、
騎士塚:「勅使河原さんに今から電話で相談してやろうか?なんとかしてくれって。俺が言ってやるぞ…?。」
が、俺は、もちろん断った。
勅使河原課長と黒下課長は、蜜月の関係なのだから言っても何も解決しな------------い!!
第二工場伝統のタイムカード水増し打ちは、結局、困窮する勅使河原課長に金を廻すため、黒下課長が考案し ずっとやってきた事。
黒下課長は、勅使河原課長を援助することで他の日本人役職者を排除し、自分(黒下)を上に引っ張ってもらう…そういう絵図を書いたのではないだろうか…。
きっとそうだ、間違いない、だから言わなくていい…。
只、俺は明日から居なくなる。
~あいつ、なんで失踪したの?~となった時、騎士塚さんには真実を知っておいてもらおう‥。
騎士塚さんは
騎士塚:「解った…」
と言い、
騎士塚:「明日から大変な事になるなぁ…。」
と呟いた。
それは黒下課長が慌てふためき、現場はもとより、会社、親会社を巻き込んでひっくり返ったようなバタバタ!!になるのを意味するから‥。
俺は少し、
ほんの少〜〜〜し だが嬉しかった。それは、散々嫌みを言われた騎士塚組長に本当の事を伝えれたからだった‥
(゚∀゚)。
Chapter 35
〜白み始めた空〜
俺は事務所にある自分の机中をスッカラカンにし、深夜自宅に戻った。
もう出社できない不安を少し感じつつ…。
すると、予想外に母親が起きてきた。
母:『遅かったね…お疲れ様』
俺:『只今‥、ごめん!起こしたね…』
母:『いいよ、ご飯は?』
俺:『いらない。それより…逃げるよ…』
母:『?!…。なんで???』
俺は今まで職場であったこと。
黒下課長にされたこと、今、現在されていることを全て話した。
母は驚いて呆然としている。
母に説明してるうち、興奮しだして声が大きくなったのを『何事か?!』と気付いた親父が二階から降りてきた。
俺は母に説明したことを親父にも改めて話した。
すると親父は
親父:『なにもお前が全て背負って辞める必要ないじゃないか…?。』
と言った。俺は
俺:「辞める辞めないの問題ではなく、今はとにかく逃げるから!」
と伝えた。
そして東の空が白みはじめたころ、幼馴染みを頼りに車を北へ走らせた‥。
Chapter 36
〜ひっくりカエル〜
後に聞いた話では、黒下課長は職場内にある親会社の事務所へ行って
黒下:『俺はこれから日本人を信用せんっぞッ!!!!(絶叫)』
と叫び、相当取り乱したらしい。
そりゃそうだろうと思う。
わはははは…(≧▽≦)。
俺はその頃、幼馴染みをのとこを訪ねていた。
その幼馴染とは小学校からの付き合いで馬が合う。
持ち帰り専門の寿司屋を、雇われ店長として経営しており、七海興業からは70キロほど離れた場所で商売し、店は店舗兼住居をかねていた。
隠れ家としてはもってこい👍
お願いして匿ってもらった。
ひと息付き、母親に連絡すると黒下が自宅まで来た…と話があった。
もちろん事情を知っている母親は
母親:『息子は居ませんっ!!!』
と言い、追い返してくれたそうだ。
しばらくして、君沢部長も家を訪ねてきて、名刺を置いていったそうだ。
その名刺裏には『とにかく連絡よこせ』と書いてあった。
Chapter 37
〜不安〜
幼馴染みのとこに転がり込んで2日が経った。
幼馴染みは全く疎まず、むしろ話し相手が出来たと喜んでくれ、俺も久しぶりにリラックスしている。
会社では蜂の巣を突っついた様な騒ぎだろうに…。
ざまあみろっ!!!という気持ちと、
これからどうなるんだろう?という気持ちが交互に波の様に絶え間なくやってくる‥。
俺はこれからどうなるのか‥?
職探しをしなければいけないが、何の職につけばいいのか…頭も良くないし、資格も何もない。
仮に就職できたとしても、またイチから全てを覚えなければならない。
ああああああぁ…( ≧Д≦)。
あともう1つ、近々結婚する予定で話が進んでいた交際相手"きよみ"の存在だ。
電話で
俺:「逃げなければいけなくなった…」と伝えたところ、
きよみ:「ただ幸せになりたいだけなのに…」
と泣かれてしまった。
あぁぁぁ、ど、どうなるの俺…(ᗒᗩᗕ)。
Chapter 38
〜口封じ〜
俺が現場から逃げ出して3日が経った。
だいぶ気持ちも落ち着いたし、"きよみ"の事が気になる。
母からは、たびたび会社から電話があると聞いていた。
やはり、戻って君沢部長に俺の口から直接話をしなければいけない…そう思った。
俺は幼馴染みに礼を言い、地元に戻ることにした。
ここで気掛かりなことがある。
それは…以前、法華津さんの指導法が悪かった時、怒った作業者が「コロス!」と言い、帰ってしまった事件があった事だ。
その時、黒下課長は俺をボディーガードに付け、万が一、本当に襲って来たときには「殺せ!」と指示を出した。※Chapter23参照
今回の場合、俺に詳細を暴露されては全てを失う黒下課長…。
最悪、業務上横領で刑務所行きにもなりかねない。
だから俺が全てを喋る前に抹殺する様、用意周到に奴の外人部隊が待ち構えているのではないか…?
そう考えた。
足が震え、脇汗をかく…。
取り敢えず、夜中、こんな時間に?というときに戻ることを計画し、実家到着予定時間は深夜1:00に決めた。
Chapter 39
〜草むらの中〜
予定通り深夜1:00に実家へ着いた。
周りを月明かりが照らす中、俺は愛車の中から息を潜めて周囲を伺う。
家の駐車場には、親父とお袋の車が停められているので、俺の大きい四駆は裏山の中腹にある空き地、そこに停める事とした。
街灯も、ひと気も、何もない、草ボーボーの静かな場所。
それは、いかにも茂みの中から手に手に凶器を持った外人達がっ!
いわゆる黒下の暗殺部隊がっ!!
俺が車外に出るのを待ち構える格好の場所!!!…の様に見えた…。
出れない、怖くて車外に出れない…。
耳を済ましても虫の声しか聞こえないが…。
居るのか?居ないのか??
そんな葛藤が30分程つづいた。
俺は腹をくくり、すぐに動ける様に靴紐を結び直して
俺:エイっ!!!!ヤーっ!!!!!!
で外に出た。
自分の心臓がバクバクいってるのが耳元で聞こえた。
Chapter 40
〜回想〜
俺は黒下課長のカバン持ちになってからの事を思い出していた、走馬灯の様に‥。
《回想:1 》
~タイムカードの水増し空打ち…相当やらされたなぁ。いったいどのくらい会社に損害を与えたのだろう?勅使河原課長と黒下課長に流れた金は総額幾らだ??俺がやらされる前からも計算すると、どんだけになるんだよ…。大体 俺は会社にどの様に評価されていたんだ?いつも残業ばっかやって休みの日も会社に来てる事になってるタイムカード見て、本社は何も思わなかったのかなぁ?社内で噂もあったのに、なんで会社は調べなかったんだ…?わざとか??アホなのか???
ははは、七海興業は絵に描いた様なブラック企業だな。~
《回想:2 》
~その裏金で黒下課長は相当 私腹を肥やしたなぁ…。宴会に懇親会、役職者会などなど 全てのイベント開催費、携帯代、煙草代、神棚の榊代、コーヒー代、何から何まで俺の財布は黒下課長の財布にされてたなぁ…。
家を買えたのも結局空打ちのお陰だぞ、ありゃぁ‥。~
《回想:3 》
~そうそう、二十年ぶりの母国凱旋帰国とか言って、仕事中、国際空港まで俺の車で送ってった事もあったっけ…。何が凱旋だよ、「あんたは強制帰国だ、もう日本に戻ってきちゃ駄目だよ」って腹の中で思ったなぁ‥ははは。搭乗直前に空港内の本屋に寄ってTOYOTA自動車社長の自伝を買っていたのは、「流石!」と思ったけど。~
《回想:4》
~あと領事館にもカバン持ちで業務中に連れていかれた事あったなぁ‥。
黒下:「俺は日本国籍を取るっ!」
なんて言って、なんだか沢山の書類を持たされ平日の昼間、仕事中に行ったなぁ…。あれから、話は進み実際に日本人になったんだろか…?こんな悪人、日本人にしちゃだめだよ国は…絶対に~
《回想:5》
~用心棒に、子供の世話、保証人に、運転手…ははは、ほんと仕事よりプライベートの世話の方が多かったなぁ…。~
《回想:6》
~日本人が考えつかない様な事、そこまでやらない様な事を平気でやってくれたよ…実写版ジャイアンだね黒下課長は。…そんで今夜、俺を殺れば全犯罪コンプリートってか…。~
そんなことを思い出していた…。
Chapter 41
〜君沢さんへ〜
俺は自宅に戻れた。
草むらの中にも自宅廻りにも黒下暗殺部隊は居なかった。
ホント良かった、オレ‥生きてる…。
全く寝てないが、さっきの恐怖が嘘の様に気持ちはスッキリしている。
今日は名刺を置いていってくれた君沢部長へ全て話そうと決めていた。
初めての会社で初めての職場、配属当初から面倒みてくれた君沢部長‥。
昔、現場で溶接の火花を浴び片眼を失明したと聞いた君沢部長。
免許が無いので、職場の催しが終わると俺が家まで送った君沢部長。
車からの降り際には、
君沢部長:『これ…タクシー代…』
と言って諭吉1枚置いていく粋な上司。
高い肉を食べたことないと言えば高級しゃぶしゃぶを食べに連れていってくれ、これでもか!とおかわりさせてくれた君沢部長。
俺が役者になる!と言って退社しようとしたら
君沢部長:「学生時代、俺も映画エキストラのバイトをしたけど、そんなに甘いもんじゃないぞ!」
と諭してくれた君沢部長。
第二工場へ転属となったとき、
『頑張れ!』と手書きのメッセージをくれた優しい上司。
俺:〜全てを話そう〜
そう決めたんだ君沢部長に‥。
Chapter 42
〜ガラス張りの部屋〜
ちょうど朝の8*30、俺は会社に電話した。
応対した事務員に君沢部長へ繋いでもらう。
君沢部長:『おう!!大丈夫かお前‥?』
懐かしい声、受話器越しに思わず涙ぐむ俺‥続けて、
君沢部長:『取り敢えず会社に来て全部話せ‥‥な‥‥?。』
そう、君沢部長は俺に言った。
俺は指示通り、会社に向かった。
恥ずかしい様な怖い様な‥変な感覚…。
事務所に入り、ガラス張りの別室で待機させられる。
暫くして君沢部長が満面の笑みで入ってきた。
俺は安心のためか、何かわからないが溢れてくる涙を堪え第二工場であったこと、されてきたこと、経験した事を全て話した。
君沢部長は優しい笑顔のまま、時折、
黙ってウンウン‥と頷き、聞いてくれた。
Chapter 43
〜君沢裁き〜
君沢部長:「それは勅使河原の仕業だな!手慣れてる、出来上がってる!!黒下と言うより勅使河原だな!!!。」
君沢部長はそう言った。俺は、
俺:「そうかもしれませんが、勅使河原課長に直接指示されたことは一度もありません‥。あくまでも、黒下課長から指示されていました。」
そう答えた、実際にそうだったから。
だが俺も腹の中では
俺:〜部長の言う通りだろうな‥〜
と思っている。
暫く考え、君沢さんは俺に
君沢部長:「とりあえず、お前は暫く休め。大変だったろう…?。自宅待機という形でこちらから連絡するまで しばらく休め、なっ。」
と言った。
この"自宅待機"というのは、病気や怪我、その他、何らかの事情ある時、給料の6割を会社が保証しながら、出社しなくてよい制度だ。
俺の場合、問題が大きいので時間がほしいのもあるのだろう…。
どちらにせよ君沢部長は、俺にとって最良の対応をしてくれる筈なので指示に従い明日から休むことにする。
深く頭を下げ会社を後にした。
俺はこの後90日間休むことになった。
Chapter 44
〜心機一転〜
君沢部長に全てを話し、自宅待機になってから90日が過ぎた。
その間、毎日、彼女の"きよみ"宅近辺まで出向き、パチンコ。
パチンコ、パチンコ、パチンコの毎日だった。
やることもなく、不安を打ち消すように学生時代さながらパチンコに明け暮れた…。
結果は勿論…激負け!!…ははははは(汗)。
俺:〜早く仕事をしないと…金がやばい!〜
と思っていた丁度その頃、君沢部長から連絡が入る。
君沢部長:「あした事務所に来い。」
とのこと。
翌日、俺は指示通り本社事務所へ出向いた。
すると、意外にも初めての職場、そう、あのウグイス鳴く小さな工場に戻ることになったのだった。
俺:~なんで?今更あんなとこで何やるの?~
と思っていると、これから君沢部長肝入りの"管理推進室"というのを立ち上げるとのことだった。
俺は心機一転、そこで働く事になるらしい‥。
この"管理推進室"とは、今回の様な不祥事を今後現場が犯さない様、日々、決められたことを本当に実施しているかパトロールする部署らしい…と言っても立ち上げたばかりの部署、俺を含め総勢4名らしいのだが‥。
俺:〜警察みたいなもん??うーん…わからん〜
なんとなく七海興業に期間社員で入社し、なんとなく社員になり、なんとなく彼女と結婚の話しになるまできた。
パチンコにはまって専門学校をクビになった俺が‥いろんな事を七海興業で経験した。
今回も辞めるつもりだったのが、縁あって、まだ七海興業のお世話になる。
これから君沢さんの肝入りの部署で頑張らなければ!と心に誓った俺だった。
Chapter 45
〜管理推進室〜
あの内部告発以来、俺はウグイス鳴く工場に戻ってきた。
あの頃と比べ、かなり変わってしまった元職場。
現在はドアの結束作業(※Chapter5 参照)も一切しておらず、主に倉庫として使われているようだ。
あのグウタラ前野兄弟も、気が強そうなお婆ちゃんも、外国人作業者もいなくなっていた。
ただ、事務所におばさん事務員が留守を預かる様に居るだけだった。
俺:「お久し振りです、ご無沙汰してます。この度、戻って参りました。ニコっ(´ . .̫ . `)」
こう言うと、おばさん事務員は
事務員:「おかえり、よく戻って来てくれたね。大変だったね‥。」
と言ってくれた。
恐らく、何で戻ってきたかは知っているだろうに気を遣っている様子、優しいオバサン(゚∀゚)
今日からここで、『管理推進室』なる部署が立ち上がる。
それは君沢部長、肝入りの部署。
ここで推進室のメンバーを紹介する。
課長に牧野(マキノ)さん。
七海興業の稼ぎ頭である3つの工場のひとつ、第一工場の課長だった方。(※第二工場は黒下。第三工場は勅使河原が課長を務める)最近、健康診断で2万人に1人の難病が発覚、現場をリタイヤし、このウグイス鳴く工場で療養中だった‥が、本日から立ち上げられた"管理推進室"の責任者に君沢部長より任命された。
2人目に茨(バラ)さん。
勤続ウン十年の大ベテラン、君沢部長、牧野課長とは旧知の中。組長まで務めたが年齢と能力不足を理由に降格させられ、流れ流れて本日より推進室へ移籍した。
三人目に前村(マエムラ)さん。
↑茨さん同様、現場の組長まで務めた方。数ヵ月前、重度のうつ病が発覚し現場を離脱、病院で投薬とカウンセリングを受けながら職場復帰を目指し牧野課長同様、療養中だった。今回、管理推進室が立ち上がり、牧野課長が責任者になったので そのままメンバー入りした。
そして4人目に俺…。
健康上や能力、様々な理由により
現場を出た‥簡単に言えば"訳あり"者達の集まりである。
唯一共通しているのは君沢部長と良好な関係を築いていた者‥ということ。
言葉は悪いが寄せ集め臭がプンプンする連中。
はたして巧くまわるのだろうか…。
いつも通り、俺は不安になった。
Chapter 46
〜呪文の様に〜
管理とは…『全てのモノを"ゼロ"から見る観点で現状を把握し、明日に向かってより良くすること』(意)→管理とは…思い込みや噂、今までの慣例で物事を見るではなく、まっさらの状態で見て現状を把握し、未来に向け より良くなる様、行動するしなければいけない。
七海興業は構内請負い業であって人材派遣ではない。
構内請負いと人材派遣の違いは、人をいれるだけが派遣、人をいれるが管理もするが請負い。
七海興業はこの管理部分で余計にお金をもらっているから、役職者(管理監督者)が存在できる。
その為に管理をしっかりしなければいけない、七海興業のウリは管理だ!!
こう教わった。
そして『全てのモノを…』この格言を呪文の様に毎日唱えさせられ、何度も何度も言わされ、覚えさせられた。
管理推進室の基本だからだ。
推進室はここから始まった。
Chapter 47
〜手探りの中〜
まったくの手探り状態の管理推進活動。
茨さん、前村さん、俺、が現場巡回した後は、牧野課長のPHSへ苦情の電話が入る。
忙しく作業しているところに現場をドロップアウトした連中が、作業標準書類を元に"じーッ"と確認照合するのだから気分が良い訳ない。
邪魔だ!
目障りだ!!
奴らのせいで作業が遅れた!!!
不良がでた!!!!
など、文句は枚挙に厭わない‥。
俺も前村さんも茨さんも、自分が現場に対し監視役的な事を出来る人間ではない‥とわかっているが、それが仕事となった今、思い込みや慣例で判断するのではなく、頭まっさらの状態で標準書と実作業を照合し結果を報告しなければいけない。
推進室立ち上げ前まで、心静かに療養していた難病治療中の牧野課長、重度の鬱病を患ってる前村さん、穏やかな日々を奪われてしまったから心中堪らないだろう‥。
特に牧野課長は、君沢部長肝いりの部署発足でプレッシャーもあるだろうし、訳あり3人(茨さん、前村さん、俺)の面倒も見なければいけないのだから…。
このストレスが病気に影響しないことを祈るばかりだった。
この時期、俺は付き合っていた"きよみ"と結婚した。
もちろん、結婚式には君沢部長、牧野課長に出席してもらい、会社役員の"イチトシ"さんにも出席して頂いて‥。
その時、君沢部長は俺の両親に、
君沢部長:『会社のウリとなる重要な部署で働いて頂いてますのでご安心ください!』
と言ってくれた。
例の黒下事件で不信感を抱いていた親父とお袋も安心した様子だった。
Chapter 48
〜狐と狸と君沢さん〜
俺が逃亡し、自宅待機、その後、会社に復帰して数ヶ月が経った。
相変わらす、あの時の事を思い出すと呼吸が荒くなる。
その後の黒下と勅使河原はどうなったか…?と言うと
何もかわらず以前の職場で以前の地位(課長)のまま…。
ははははは、俗に言う"お咎め無し"だった。
勅使河原は、君沢さんに問い詰められても最後まで認めなかったと噂で聞いた。
黒下は全てを認め、直ぐに君沢部長に謝罪、第二工場の重要書類を全て本社事務所の一階書庫に保管するようになった。
これは閉鎖的だった第二工場の仕組みを変え『俺は何も隠してません!どうぞ見てください!!』という姿勢を表しているのだろう‥。
君沢部長の指示なのか、黒下流のパフォーマンスなのか…?そこまではわからない‥が‥意外だった…。
警察に逮捕されてもおかしくない事件だろうに解雇?懲戒免職??にしない。
対外的に公にはしたくないのだろう。
まぁいい、君沢部長が決めたのだから‥。
俺はまだ心にキズがあるようで
俺:「黒下課長には会いたくない、第二工場には行けない。」
と牧野課長に言う。
牧野課長は
牧野:「行かなくていいよ。」
と言ってくれた。
第三工場の勅使河原の元へは
直接指示を受けたことはなかったので気にせずに行ける。
会っても普通に話せる。
そんな中‥ある時、勅使河原からこう言われた。
勅使:『おい、お前(俺に対して)。今回は大変な目にあったな。あいつ(黒下)酷いことしやがるな!全く…。ところで、俺(勅使河原自身) の事、君沢部長に何か言ったのか?』
俺 :『??!!いえ、君沢部長にも同様に聞かれましたが、直接、勅使河原さんから指示受けたことは無かったので‥。はい、その様に言いました…。』
勅使:『だよなぁ。俺はお前にタイムカードの事とか指示した事ないもんなぁ。』
俺:『はい、それは事実なんで…。』
勅使:『悪いけど、君沢や、役員の"イチトシ"さんが俺がやったと思ってるみたいだから、違う!って改めて強く言ってくれないか?』
俺:『?!…。はい、わかりました。しかし、今日の今、その様に言ったら、(あいつ勅使河原課長に言わされてる)って勘繰られるので、タイミングを見て改めて言います。』
勅使:『おうっ!頼むな!!』
こう言われた。
勅使河原もアノいっけん以来、君沢部長に睨まれ居心地が相当悪いらしい‥。
このまま出世の芽を潰されては堪らないと、俺に言ってきたのだ。
俺は俺で今後の現場巡回を踏まえ、うまくやらなければいけないので仕方なかった‥。
君沢部長の仕事の進め方は
〜事が起こらなければ動かない〜
〜今が良ければ極力そのまま〜
~動かざる事山の如し~
こんな印象を受けたのだった‥。
Chapter 49
〜前村さん〜
最近、前村さんの様子がおかしい。
おかしいのは以前からだが、いままで以上におかしい‥。
牧野課長に聞くと
牧野課長:「典型的な鬱の症状だよ」
と言う。
課長は管理推進室が発足する前から前村さんを面倒見ているので変化が分かるのだろう。
続けて牧野課長に質問する。
俺:『なんで前村さんはうつ病になったのですか?』
すると課長が教えてくれた。
牧野課長:『以前は、現場でバリバリのやり手組長だったが、新機種立ち上げのとき、小さいミスをして、それをライバルの日系人組長にオオゴトにされてしまって鬱になったんだよ‥。』
とのことだった。
奥さん、子供2人、新築の一軒家あるなかでのうつ病発症‥。
家族は困り果て、会社に懇願、君沢部長がすでに出社療養中だった牧野課長に預けるという形をとったらしい。
鬱の症状とすると、昼夜の区別がつかなくなり、出社したとしても寝てるだけの時もある‥。
これは睡眠薬の影響なのだそうだ。
そんな様子を課長は一冊のファイルにまとめていた。
会社としてこの様な対応をしています‥と履歴に残しているのだった。
Chapter 50
〜海を見に‥‥‥〜
そんなとき前村さんが朝、出社しなかった。
奥さんへ問い合わせると
前村夫人:〜朝、いつも通り家を出いきましたよ。〜
とのこと。
でも職場には来ていない、嫌な予感がする…。
すると、その日の夕方、前村さんは自宅近くの山中で亡くなっているのが見つかった。
出社した直後、会社へは行かず海を見に行き、その足でホームセンターで練炭を買い、会社が貸し出しているリース車の内で自殺を図ったのだった。
まだ小学生のお子さん2人と奥さんを残して…。
牧野課長は悲しみを堪えて、動揺している奥さんに代わり、通夜、葬式の段取りに忙しく動いている。
そして、前村さんが乗って最後を迎えたリース車を、牧野課長が運転して回収してきた。
俺:〜牧野さん、スゲー人だ。(@_@;)〜
鬱ってな何なの?
そんなに死にたくなるのか?
なんでそんなになってしまったのか?
働かなきゃいけないっ!て言ってたのに…。
この時、俺は鬱病の怖さを知った。
Chapter 51
〜見てはイケナイ〜
前村さんの葬儀が行われた。
理由が理由だけに、ひっそりと慎ましく行われた。
お骨になった前村さんに対し、牧野課長は小学生の2人の息子さん達に
牧野課長:『お父さん、小さくなってしまったね…』
と言った。
息子さん達は小さくうなずき、俺たちは前村家を後にした。
数日後の天気が良い朝、運動不足解消の為に自転車で通勤していたとき、前村さん宅前を通った。
すると見慣れない高級車が駐車されているのに気付いた。
前村家の自家用車ではなく、奥さんの車でもない。
道路から見えた家の中には、髭を蓄えたダンディーな中年紳士が居た。
見覚えがある姿…思い出した!!
以前、パチンコ屋で前村さんの奥さんを偶然見かけた時、その隣に座っていた男…!!!親しそうに話していたのを思い出した!!!。
うつ病の一番いけないのはプレッシャーをかけること。
生前、前村さんは眠そうな目をして俺に
故:前村さん:『働かなければ行けない…俺は‥。』
と言っていた事があった。
前村さんは…、もしかして…、奥さんにせっつかれていたのでは?
もしかして奥さん、前村さんが邪魔だった…??
俺は見ては行けないものを見たような気がした。
Chapter 52
〜バスの運ちゃん〜
前村さんの死から、やっと、いつもの日々が戻り始めた頃、君沢部長が新たな指示を出してきた。
それは、俺と茨さん2人に
君沢部長:「大型自動車免許を取得してこい」
というものだった。
七海興業では、業者に依頼し作業者を大型バスで寮やアパートまで送り迎えしている。
その費用はザックリ月に約1000万円!年間にすると1億越え!!の送迎費用が出ていってるらしい…。
このため、自社のマイクロバスを使い、数ヶ所運行することで固定費の見直しを図ることが狙いとの事だった。
免許取得費用は会社持ちで、就業中に自動車学校に通って良いとのこと。
資格がない俺にとって"渡りに船"の話。
俺は喜んで学校に通い2週間で取得した。
これにより、一日の終わりはマイクロバスの運転手となって作業者を送る事が常となった。
まだコレといって活躍する場面がない我々(管理推進メンバー)にとって、少しでも利益を出す事、ありとあらゆることを推進する、"何でも屋"であることを自覚した。
そんな俺と茨さんに、君沢さんは『運送手当』の名目で月3万円給料につけてくれるようになった。
Chapter 53
〜縁起を担ぐ〜
ウグイス鳴く、小さく静かな工場2階で立ち上がった管理推進室、現場の巡回と終業時の作業者送りが軌道に乗った頃、君沢部長から
君沢部長:「本社事務所一階へ移転せよ!」
との指令がきた。
牧野課長は
牧野課長:「この静かな環境が良いのに…。」
と落胆していたが、
君沢さんからなので仕方ない…。
続けて、
君沢部長:「必要なものは、購入依頼せよ。机も椅子も新品に変えよ!」
との指示。
消しゴムから書類ファイルから承認印からetc…あらゆる購入依頼を書いた。この時、俺は心が踊ったのを覚えている。
例えるなら、野球の2軍から1軍への昇格、パチンコのノーマルから確変絵柄への昇格?!そんな感じだろうか。
同時に本社事務所の1階は食堂、そこにパーテーションで囲いをつけた。
本社1階なので君沢部長も来やすくなる‥ということは頻繁に指示がくる様になる‥と言う事。
君沢部長としては、推進室にもっと権限を与える狙いと、最近の良くない流れを払拭する意味もあったのかもしれない。
君沢部長は縁起を担ぐ人なのだ。
その後、推進室業務の2本柱「現場の巡回と送迎応援」から、予想通り、ありとあらゆる業務が舞い込んで来るようになる。
Chapter 54
〜俺のルーティーン〜
現場を廻ると相変わらずグズグズ嫌みを言われる。
「何のために廻ってる?」とか
「何を嗅ぎ回ってる??」とか
「お前らが現場を指導できる身分なのか???」など‥。
巡回先の担当課長が機嫌悪いときは更に酷い。
現場課長:「そんなことやっても意味無いから仕事手伝ってけ!ホレっ!不良出さずに、ライン止めずに作業してみろ!!」
と挑発される時もしばしば‥。
つらい‥。
正直、すごくツラい‥。
怒りで手が震え、ストレスが半端ない…。
推進室を受け入れるかどうかは、巡回先担当課長の方針次第なのだ。
推進室を目の敵にする課もあれば、協力的な課もある。
第一工場=○協力的
(元、牧野課長が責任者だったとこ)
第二工場=✕俺、行けない
(黒下が課長)
第三工場=△場合による
(勅使河原が責任者、本社には良く見られたいので課内の場所、人によりけり)てな具合。
あまり酷ければ、牧野課長に言うが改善は難しい。
牧野課長も推進室のあるべき姿が分からないからだ。
だから自ずと自分で考える‥。
俺のやり方としては、常にニコニコ、愛想良く挨拶し、忖度ありのコミュニケーション重視で廻る。
もともとは人見知りの無責任、口だけ、わがまま性格な俺だが、推進室に居る限り それは通用しない。
だから自分自身を改善しなければいけないと感じていた。
では、どうやって?具体例をあげると《現場の文句》
「お前らはいいよな、遅く出社しても給料、俺らと変わらないから」
という文句に対して、
《俺流の対策》
「現場の昼勤業務が始まる6:30には、工場近くに待機する。」
これを対策とした。
これには、朝5:30に家を出て、事務所の駐車場で7:00過ぎまで待機、わざと現場課長が朝、本社事務所に立ち寄る時間近く、会えそうな場所に控えて、偶然を装い挨拶する。
すると「なんだ、お前 早いな…。」となり、現場巡回時に言われなくなるという算段‥。
これは、ルーティーンとしてずっと続けた。
おかげで早起きが習慣となり、貴重な朝を有効に使える様になった。
さらに、朝が充実したお陰で、一日が巧く回る様になった。
Chapter 55
〜先輩との再会〜
午前中→現場巡回
昼食後→巡回報告書のまとめ
夕方 →作業者送迎
なんとなく1日の流れが出来た。
本社事務所の雰囲気、各課の特徴を踏まえ、巡回法、手順も出来上がった。
生産で例えるなら、試作から量産に移行した感じ。
心にも少しずつ余裕が生まれ始めた。
そんな帰宅時、あるものに目が止まる。
「空手道場リニューアルオープン 生徒募集」
俺は七海興業に入社して間もなく空手の道場に入門していた過去がある。
当時、一緒に働いていた数少ない日本人に「近くに有名な空手道場が出来たよ、一緒に行ってみない?」と誘われ、体はデカイが気が弱い自分が嫌いだった俺は、二つ返事で了解。
彼と彼の兄と三人で入門した。
その後、誘ってくれた同僚と兄は厳しい練習についていけず直ぐ辞めてしまったが、中学時代、柔道を三年間やって初段も持っていた俺は、柔道と合い通ずるものがあると感じ そのまま定着した。
空手の試合にも出るようになり、初級の部では優勝する程に上達。
茶帯となったところで、黒下の第二工場へ移籍となり、交替勤務にも就いたため、足が遠のいていたのだった。
その当時は、近隣の公民館を借りて運営していたが、まさかの常設道場としてリフレッシュオープン!!
近づくと車が停まっていた。
恐る恐るドアを開ける、人がいた。
懐かしい!先輩だ!!
先輩:「おー!久しぶりだね。」
そう言って快く迎えてくれた先輩。
昔話に花が咲き大歓迎してくれた。
経緯としては道場生が増えたので、師範に懇願し常設としてオープンし直したらしい。
続けて先輩は言ってくれた。
先輩:「鍵を渡すから、仕事帰りでも寄ればいいよ。好きな時に来て、好きなだけ練習すればいいよ(笑)」
翌日から俺は、毎日、終業後に道場へ寄ってサンドバックを叩く様になった。
現場巡回時の蔑まされた鬱憤が、どんどん抜けていくのがわかる。
家に帰るときにはリフレッシュし、オンオフが明確となって、いつもイライラしていた俺は影を潜め、嫁との関係も良好になっていったのだった。
Chapter 56
〜お嬢さん〜
ある程度の規模になると、会社は、障害のある人を雇わなければいけないらしい。
障害の程度、具体的な数字まではわからないが、七海興業もその対象となっている様だ。
あるとき、君沢部長が推進室に来て俺の運転で連れていって欲しい所があると言った。
俺は社用車を準備し、君沢さんを乗せ指示される場所へ向かった。
車内では君沢さんは一言も喋らない。なんとなく話してはいけない雰囲気を感じ取り、俺も黙って運転する。
七海興業から15分ほど走った所、ある民家前に停まるよう言われた。
車を邪魔にならない様に寄せ、車外に降りた。
そして、その民家の呼び鈴を君沢部長が鳴らす。
訳が分からない俺は君沢部長の後ろで控えている。
心の中で
俺:~なんだ?何でココに来たんだ部長は??~
と呟く。
すると、呼び鈴に応じ玄関が開いた。
そこには、おとなしそうな中年夫婦が立っており、君沢部長が丁寧に挨拶し中に招かれた。
俺も後に続く…。
八畳ほどの小綺麗な和室に通され、先程の中年夫婦、旦那さんらしき方と君沢部長が対面となり話し出す。
俺は隣へ座らせてもらい、二人の話しに耳を傾けた。
君沢部長:「この度は大変申し訳ありませんでした…。」
旦那:「いえ、こちらこそ、お忙しい中、来ていただいて…。」
そんなやり取りのあと、大体の内容が理解できた。
その家には障害のある女の子がいる。まだ18になったばかりのお嬢さん。
少しだけ知恵遅れの娘さんらしい‥。
この娘さん、先日、七海興業に入社したのだが、同僚の男二人に金を騙しとられた上、身体を"もて遊ばれている"という話しだった。
それを知った父親が会社に相談し君沢さんが謝罪に来たのだった。
‥‥俺はギョッとした。
俺:~何て場所に来ちまったんだ…。~
同時に
俺:~部長は何て仕事までしてるんだ~って。
部長に説明している旦那さんの後ろ、奥さんらしき人はとても悲しそうな顔をしている。
そりゃそうだろうてっ!
自分の娘がそんな目に遭っていれば…。とても切ない…。
エライとこに連れてこられてしまった…。
そう思った。
Chapter 57
〜お嬢さん: 続き〜
旦那さんと君沢部長は、暫く話した後
〜では…〜と目で合図して立ち上がった。
君沢部長が俺に目配せし、車を出せと指示を出した。
俺は旦那さんと君沢部長を乗せて走り出した。
ものの五分も走らないうちに、ある民家の前で停まれと指示を出された。
平屋の一軒家。
呼び鈴を鳴らし佇む二人。
玄関が開いた。
すると、日本人ではなく、東南アジア系?年の頃30代後半?の女性がそこには立っていた。
その女性に促され中に入る我々。
奥の和室へ通された。
どうやら寝室として使っている様だが、そこには既に人が居た。
体格の良い三十代後半くらいのガラの悪い男が酒を煽っている。
こちらに気付くと
ガラの悪い男:「なんじゃ、コラ!!」
と君沢部長と旦那さんを威嚇してきた。
そこへ、先程、応対してくれた女性が
東南アジア女性:「アナタ、ホント、イイカゲンニシテ!メイワクバカリカテ!!」
と叫ぶ。
…どうやらガラ悪男の奥さんらしい‥。
ガラの悪い男:「うるせー!この野郎(奥さんに対して)!!」
と東南アジア女性に飛びかかる。
男を咄嗟に取り押さえ「まあまあ…」となだめる俺…。
男を座らせ、君沢部長を間にいれ、旦那さん(お嬢さんの父親)VS酔っ払いガラ悪男との話し合いが始まった。
旦那:「…で、うちの娘とヤったの??…。」
ガラ悪男:「おうっ!ヤったわボケ!なんか文句あるんか!!」
…俺はまたガラ悪男が暴れるんじゃないかとヒヤヒヤし、話の中身が全然入ってこなかった。
奥を見ると先程のフィリピン人らしき奥さんが座り込んで泣いている…。
地獄だ…。
なんでこんなことまで…。
部長、なんて仕事してんの…?。
暫くすると話が済んだ様で、共犯者の所へ改めて場所移動‥。
ガラ悪男のツレらしく、もちろん二人とも七海興業の従業員。
こちらの男は大人しくて助かった、夜なのにサングラスをかけたままだったが、君沢部長にひたすら謝っていた…。
予定していた事が全てが終わった様で、部長に促され会社に戻る。
帰路の車内で
俺:「部長…大変な事してるんですね…これも仕事なんですか?」
と質問した。
すると君沢さんは、
君沢部長:「事務所ってのはウンコ掃除が仕事よ…。汚かろうが何だろうが、全てやるんだよ…。」
そう言った。
数日後、あの悪い二人は七海興業を退社し、被害に遭ったお嬢さんはそのまま働くことになっていた。
どういう話でケリが着いたのか判らないが、君沢部長は警察沙汰にはしなかった。
事務所の誰も知らない、牧野課長すら知らない出来事だった。
勅使河原、黒下の件に続き
悪い奴はずーっと悪い。
俺は悟った。
※余談
数週間後の帰宅時、人通りが少ない路地を車で通ったとき、俺は、ある場面を目にする。それは、仕事帰りのアノお嬢さんが、例の退社したガラ悪二人組に自転車を停められ何か脅されている様な場面だった…。俺は走りながら直ぐに警察に電話し匿名で「18歳位の女性がガラの悪い二人組に絡まれています、助けてやってください」と電話した。そして翌日、君沢部長に昨日目にしたことを報告すると部長は小さく頷いた。
Chapter 58
〜社長とイチトシさん〜
七海興業の社長は60を過ぎ、ほとんど事務所に居ない。
来ても、1時間程、ガラス張りの社長室にドカンっと座って煙草をくゆらし、神棚を掃除して帰っていく。
いつも綺麗な格好をし、お洒落な高い車に乗って、いかにも金を持ってる社長!という感じ。
小柄なのに、大きく響く声を肚から出し、ゴルフをやれば皆が驚く程 飛ばすそうだ。
父親である先代が始めた事業を継いだ後、縁あって今の親会社会長に気に入られ、一気に業務拡大!現在の七海興業にした。
そんな社長だが未婚、もちろん子供は居ない。
この為、七海興業は後継者不在となる。
それに危機感を抱いた社長のお姉さんが自分の息子を数年前に入社させた。
それが"イチトシ"さんだった。
イチトシさんは高校卒業後、東京の大学へ進学、卒業後は海外に行きそのまま就職したのだが、今回、母親に呼び戻され七海興業に入社したと聞いた。社長同様、小柄だがお洒落で毛並みが良く、俺とは全く違う。
いわゆるエリートと誰が見てもひと目で分かる容姿。
俺と同じなのは歳だけ、タメなのだ。
入社当初から次期社長と言うことで、勅使河原、黒下が接触を図ろうとしていたと聞いたことがある。
そんなイチトシさんと事務所の休憩所でバッタリ会った。
俺 : 「おはようございますm(_ _)m」
イチ:「おはよう👍」
いつも通り、綺麗な格好で爽やかだ。さすが海外帰りのデキる男は違う。
イチ:「そうそう、僕は何も知らないから。」
俺 :「‥はい???」
イチ:「第二工場での件、ボクは何も知らないから。」
俺 :「えっ?…。はぁ…。」
そう言い、煙草を吸い終えると行ってしまったイチトシさん。
俺: ~なんであんなことを言ったのだろう?〜
としばらく考えた。
〜分析中〜
あの第2工場タイムカード空打ち事件 、
俺(イチトシさん)は何も知らないし、何もしないよ。関わりたくないよ、関わらないよ。君沢部長に一任しているからね…。
という風に解釈した。
なぜそんなことをワザワザ言ったのかは分からない。
これがイチトシさんとの初めての会話だった気がする。
Chapter 59
〜僕らは捜査官〜
管理推進室は、七海興業本社事務所1階の食堂にパーティションで仕切って部屋を作り運営している。
この食堂は休憩所としても使われているため、休憩がてら いろんな人が訪ねてくる。
今日はすぐ上、2階の人事課、日系人組長が訪ねてきた。
そして俺に対してこう言った。
日系人組長:「コンヤ(今夜)、アイテマス(空いてます)?」
俺 :「はいっ??」
最近現場で作業者の退職が多いのに、代わりの作業者が入らない。
この為、一時的に役職者が作業工程に入り、ラインを止めない様 対応する現象が起きている。
これは七海興業のいつものヤリ方なのだが、作業者さえ入れば日常の事なので問題ないのに、長期に渡るとそう言う訳にはいかなくなる。
役職者は、事務仕事に現場対応、部下の教育などやらなければイケないことは沢山有るため、そこに工程作業も入ると当然、皆、疲弊してくる。
時間外労働をハンパなくやることになる為、給料は爆上げとなるが体はボロボロ、そりゃ昼夜ズーッと寝ずに仕事するわけだから‥そんな中、こんな噂が人事課に入ったらしい。
《噂》
〜第三工場の日系班長が麻薬をやっている〜
俺: !!?? !!!!(╬☉д⊙)⊰⊹ฺ
確かに、その対象となる班長はいつも居る、昼も夜もいつもだ。
仕事が出来る班長なのだが、どう考えてもおかしい…ということらしい。
この為、彼が住む寮を調べたいとのことだった。
人を集めるので協力してくれとの事で、俺は同行することになった。
19*00事務所出発に決まる。
ははは…僕らは麻薬捜査官!ってか…(汗)。
Chapter 60
〜僕らは捜査官:続き〜
七海興業の寮に着く。
巷では"現代の九龍城"と呼ばれている所(笑)…。
警察では"日系人が関わる事件があったら七海に行け!"といわれてるほどの場所(笑笑)‥。
そんな寮に着く。
結局、俺と人事組長とその部下の班長、合計三人での捜査となった。
捜査と言っても素人衆の寮の巡回にすぎない。
また、やる方もヤラれる方も気分が良いものではない。
すれ違う寮生は、
寮生:~コンナジカンニ、ジムショノヤツラガ、ナンデイル??~
と言わんばかりに怪訝そうな顔で見てくる。
余談だが、日系人はファミリー意識が強いらしい。
何かあると助け合い精神で集団となり、ツレがヤバければ何をしてでも助ける…的な過激な行動に出るそうだ。
日本人もそうかもしれないが、そこまで過激ではないと思う。
だから今回も、開けてはいけない"パンドラの箱"的なヤバイものが見つかれば…ああぁぁぁぁ…どうしよう…。
そんなことを思いつつ、一階フロアから見ていく。
特に建物裏、非常階段など物陰を中心に。
足元に使用後のブツが落ちてないか?扱っている所をタイムリーに見つけれないか??と目を光らせる。
もちろん、食堂も大浴場も調べる。
すると共同トイレの個室を開けたとき、壁に焼け焦げた後があった。
これは先日入社した新人がストレスで燃やした所らしい…。
同行の日系班長が教えてくれた。
俺:~なんということを…一歩間違えば火事に…。~
2時間ほど隅々見て回ったが、怪しい者もブツも無かった。
正直ホッとした。
七海興業は何が起こっても不思議ではない会社。
出入りが激しい会社と言うのは、どこもそうなのか?
沢山の人がいれば それだけ問題も多い、特に外人が多い場所はそうなのだろう。
次号 "転" へ続く