其の一(Chapter 1→30)
《はじめに》
これから書かれているChapter1〜153は、私が19歳から最近まで経験した実際の出来事になります。 登場人物や社名等のみ仮名にしてありますが、 起きた出来事は全て!事実となっています。ショッキングな内容もあると思いますが、どうぞ読んでやってください。
感想等、お待ちしております😄。
作者〜404號〜
Chapter 1
〜19歳の夏〜
出席日数が足りず、二度目の留年が決まった医療系専門学校を退学し、実家に戻って1ヶ月が経った…。
仕送りしてもらっていた口座にはパチンコで作ったマイナス20万が恨めしく記載されてる‥。
これを直ぐにでも"チャラ"にしなければいけないのは理解できるのだが、学生気分が抜けきらない俺…。
これからどうするのか?
どうなるのか??
更にはどうすればいいのか???
全くわからない‥。
ただただ毎日ブラブラ出歩き、ツレと遊んでは夜中に帰ってきて昼過ぎまで寝てる…。
そんな自堕落な毎日。
親父は自身も若い頃 経験があるらしく、ヤイノやいの言わないが、東北生まれの真面目な母親は そうはいかない。そりゃそうだ 親戚からお金をカンパしてもらい、
俺:『俺をあの学校に行かしてくれよ!』とまで言い放った愚息なのだから。
それなのに1回も進級せずに教科書の最初、ほんの一部を開いただけでクビになって帰ってきたんだから、怒れて、呆れて、やるせなくて仕方ないと思う…。そんなある日、ちょっとしたことから母親と口論になり、堪忍袋の緒が切れた母親に泣きながら、平手打ちをされた…。
あ~こりゃイカン イカンよ!!!
どうなるの?俺、これからさ…((泣))
Chapter 2
〜七海興業〜
母親に平手打ちされてから数日後、新聞の中に入っていた地元企業の従業員募集広告に目が留まる。文面には『期間社員募集、6ヶ月勤めあげたら36万円慰労金支給!』とある。
これなら口座のマイナスも一気にチャラになるし、家からも近い!!早速電話してみることにした。
電話対応は若い女性、そこから部長と呼ばれる方へと代わると言われ保留状態へ。
"キンコンキンコン"保留音が鳴る間、俺は頭の中で
俺:~んっ?女部長って?この会社は女性が多いのか?~
そんな事に頭を巡らせていた。
暫くすると、
「はいっ、もしもし」と
品の良さそうな声で、女部長なる方が応答に出た。
俺はオドオドしながらも先程見た求人の件を伝えた。
するとトントン拍子に話が進み、この後すぐに面接してくれることになった。
俺はいつもの格好、茶髪にTシャツ、ジーパン、サンダルでチラシの会社へと向かう事にした。
家から車で10分程でホント近い。
会社の名前は ¨七海興業¨。
大手 自動車メーカーの下請けらしい。崖の傾斜を利用して作られたモダンな社屋、横には工場も併設しているし、駐車場も広い。
なかなかの会社なようだ。
一階から階段を上がり、二階の事務所フロアへ向かう。
そこには学生時代に使っていた机よりも少し大きい、デスクと呼ばれる業務用の机が20基~30基ほど並んでいて、全てがこちら側、階段から上がってくる訪問者を監視する様に配置された空間が広がっていた。
俺の足音に気付いた従業員が一斉に顔をこちらに向ける。一瞬、威圧感で「うっ…」と俺の足が止まる。
すると、一番手前に座っていた従業員と目が合った。
俺:『先程お電話をした者です…。』
と伝えると、同じフロアにあるガラス張り、12畳ほどの会議室へ通された。しばらく待つと腰の曲がった年の頃70過ぎくらいのお婆ちゃんが入ってきた。
俺:~なんだ?このばあちゃん?~
と思ったのも束の間、この方が部長だという。
俺:~こんなおばあちゃんが部長…?~心のなかで呟く。
先程電話で話した方はこの人だったんだな…と気付く。
持参した履歴書をもとに、いくつか質問される。
見た目はお婆ちゃんだが、言葉もハキハキし、時折、鋭い目付きにもなる。やっぱり部長といわれるだけあって、そこいらのお婆ちゃんとは違った。
そして無事、入社する事となった。
俺:~以外と会社って簡単に入れるんだな。ああ、俺もこれで社会人か…明日から朝早く起きて毎日毎日単調な日々になるんだろうな〜
と不安のようなホッとしたような複雑な気持ちになった。
Chapter 3
〜配属〜
女部長…いや、お婆ちゃん部長が誰かに連絡している。
5分程して メガネをかけた男が来た。
名前は君沢(キミサワ)と言うらしい、役職は課長。
どうやら俺はこの君沢課長なる者の下で働くことになるようだ。
君沢なる男:『じゃあ…』
と言うので お婆ちゃん部長に会釈をし、この男の後ろに金魚の糞みたく、くっついていく。
後ろを歩きながら、この"君沢課長"なる者を観察してみた。
片足を若干引き摺りながらも早足。
その足の悪いせいでだろうか‥バランス悪そうに肩を大きく揺らして歩いている。
俺:~怪我でなったのか?事故でなったのか??~
身長170センチ 体重60キロ くらい、痩せていて神経質そうな感じ。
歩いている最中は全く何も話さず
足早に俺の前を歩く君沢課長なる者…。なぜか無性に不安になる…。
どこまでお婆ちゃん部長から俺の情報が回っているかわからないが、初めて社会人になる者に対して、もう少し世間話的なものも あってもいいと思うのだが…後ろを歩く俺に対し一度も振り返らす、黙々と進んでいった。
なんか…何かわからないが これからの生活が本当に無性に不安になった。
Chapter 4
〜鶯鳴く工場〜
気難しそうで、無口な君沢課長なる人の後ろについて暫く歩くと、小さな工場が見えてきた。
面接を行ったモダンな事務所に比べ、小さく古くさい工場。道路を隔てた向かいにある森からは…ホーホケキョ! ウグイスの鳴き声が聞こえる。
こじんまりとし、そんなに人も居ない様で、ここで仕事が出来るなら初めての社会人生活、イケるんじゃないかと感じた。
君沢課長に続き、この古びた工場の事務所らしき部屋へ入った。
そこには年齢50代くらいと思われる女性事務員が一人と、休憩中なのか?
咥え煙草の、紫の色が入った金縁メガネをかけた気の強そうなお婆ちゃんが一人、あと眠たそうな顔をした中年太りの男二人と外国人風の男が居た。
全部で5人だ。
俺:~これが ここの従業員全部か?~と心の中で呟く。
すると君沢課長が眠たそうな顔をした中年太りの男1人に何か指示を出している。
名前は前野と言うらしい。
役職は他の4人とは違う柄の帽子で"班長"だそうだ。
この前野班長なる者、ちょっと言葉が聞き取り辛い モゴモゴした喋り方。
俺:「これから宜しくお願いします。」
と挨拶すると、もう一人の眠たそうな中年も紹介された。
2人とも眼鏡をかけているのだが、
名前は前述の者と同じ前野…。
ん?また前野??
そう先の前野班長と後の前野は兄弟らしい。
班長の方が兄で、もう一方が弟。
お互いメガネで中年太りだが、弟は兄と違って声も大きくハキハキ喋り、おおきな口を開けてガハハハハと笑う 話の節々に新社会人の俺を気遣う様な言葉があり、兄よりも印象は良い。
俺:〜この人なら一緒に仕事できそうな感じ‥〜
好印象だった。
Chapter 5
〜J:BOY〜
今日から このウグイス鳴く工場で働くことになった。
眠い目を擦りながら朝6*30に、録音してある国民健康体操のテーマ曲に合わせたラジオ体操からはじまる。
その後、前野(兄)班長の何しゃべっているか、聞きとり辛い朝礼を受けた後、7*00から作業となる。
作業内容は前野(弟)とコンビを組み、台車に載せられた油まみれの車のドア枠を4束1つにセットして機械で結束、再び台車に戻し搬出する作業。
この作業、鉄でできたドア枠4束を一度に待ち、結束機械に崩さずセットするのは なかなかコツがいる。
油まみれの車のドア枠、手袋を2重にしても暫くすれば 地肌に防腐油が付着し、作業着も直ぐにベトベトとなる。
また、鋭利になってる部分もあるため、持つところを注意しないと手袋は直ぐボロボロに…。
汚くて危険、決して良い仕事ではないとゲンナリした。
そんな中、前野(弟)が世間話を挟み、慌てないで良いとリラックスさせてくれる。
スピードも新人の俺にあわせてくれ、気を遣ってくれる。
お陰で、三時間程で作業には慣れた。程なくして、けたたましい音が鳴り響く、12時の昼食のベルだ。
これを合図に工場2階の10畳ほどの食堂で、弁当屋が配達してきた日替わりを食べる。
45分後の12時45分から午後の作業が再開となり15時45分で再びベルが鳴る。これが定時の合図。
通常はここで終わりなのだが、仕事が残る様なら、そこからが残業となるのだ。
今日は定時で終わり。
いままで自由気ままな生活を送ってきたので、なんか変な感じ。
頭のなかでは学生時代に聞いていた浜田省吾の『J:Boy』が流れていた。
Chapter 6
〜カネゴン(前野:弟)〜
七海興業に入社して一年半が経った。学生時代に作った借金20万もオフクロに完済し、毎月3万を家に入れる様になれた。
期間社員から正社員へとなり、欲しかった車も買ってスッカリ社会人となった俺。
仕事にも慣れ、会社にも慣れ、一般的な社会人になれたと思う今日この頃なのだが…俺は我慢できなくなっていた。それは、仕事を一緒にやっている前野(弟)にだ。
最初の印象は良かったが、3ヶ月を過ぎた頃からたびたび遅刻し、休むようになった前野(弟)。
一般的に↑このようなことは新入社員がやるような事だと思うが前野(弟)は違った。
当初、格好良いこと言って好印象を与え、結局は忙しかろうが何だろうが関係なく休む糞野郎。
具体的には、先日 遅刻→結局休み…になった時はこうだった。〜回想〜
事務員が1人で作業している俺に、前野(弟)が会社の駐車場まで来たけど、体調不良で仕事できないって言ってる…と俺に伝えてきた。今日は仕事が沢山、このままでは残業3時間コース…。俺:~おいおい!頼むよ…(怒)~
身を案じて駐車場へ行き、前野(弟)の様子を見に行くと、車内には真っ赤な顔をした奴が横たわっていた。
俺に気付いた奴は窓を開け、
前野(弟):『ゴメン、熱があるみたいだから 暫く車内で休んでる…』
と言った。俺:〜…!!!!!!!??〜
何も言わず、きびすを返すように俺は仕事に戻った。
なぜかと言うと、奴が開けた窓からはキツイ酒の臭いがプンプンしたからだった。
顔が赤いのは熱ではなく酒が残ってるの!二日酔い!!(怒)
パチンコ大好き、
お祭り大好き、
旅行大好き
…腹が出て、カネゴンみたい
な体型してるのに目立ちたい、
モテたい
変態中年…。
それが前野(弟)。
最近は奥さんが勤める幼稚園の同僚、横山めぐみ似の独身女性を何とかオトそうと一生懸命らしい…。
本人が自慢気に話すから 知りたくもないのに知ってしまう。
更に、奴の女をオトす手口はこうなんだって。
保母さんをする奥さんと、その幼稚園に通う一人娘、奥さんの勤める幼稚園の催し物に¨旦那であり○○ちゃんのパパ"という肩書きを利用して侵入。
同僚の保母さんが、 前野奥さんの旦那さんということで 優しく接してくれる事を良いことに、更に深く入り込み、いつの間にか保母さん達の飲み会を開催する側に‥。
そして幹事になって 狙いをつけた保母さんにどんどん近づく手法。
奴は 〜奥さんがより働きやすい環境にすべく一生懸命 立ち回ってますよ!〜…というアピールでカモフラージュをする。
廻りは表面上『気の利く良い旦那さんだね♥』となり、狙われた保母さんも同僚の旦那なので強く言えない…。
これが奴の常套手段。
結局は仕事の進め方も同じ。
相手が言えないギリギリラインを巧みに利用し、ズケズケ心中深くに入ってくる…非常にゲスなやり方をする男だった前野(弟)。
文句を言えるor言えない、ギリギリラインを攻めて自分が楽をする糞。
これに気付いた俺は、もうやってられない。
仕事中に居眠りしてる前野(兄)班長に言っても何かするはずも無く、俺はとうとう限界を迎えたのだった💢
Chapter 7
〜転属〜
俺は君沢課長に、前野(弟)に対する不満を洗いざらいぶつけた。
俺:「前野(弟)さんとは一緒に仕事したくないです!!」
と語気を荒げて言ってやった。
君沢さんは黙って聞き、こう返した。君沢さん:「前野(弟)が仕事を休む事で日給月給の奴は給料が減り、お前は働いただけ貰える…これでいいじゃないか?」️と。
俺:~はぁ???済むわけないじゃん!!~
心の中で怒鳴った。
なぜなら歩合制じゃないから。
朝、タイムカード打って、帰る時にまたタイムカード打つ…つまり、この間の中身は関係ない💢 二人作業を一人でやる俺は一人分の給料なだけ!!会社はいいよ、人件費半分で儲けはそのままだから。
俺はもう、あいつと組みたくないし、話もしたくない! 駄目なら辞める!!
そんな気迫で言ってやった。
君沢さんは、真っ赤になってしかめっ面した俺の顔を見て↑気持ちを察してくれた様子。
最終的に他の職場へ転属する手筈をとってくれることになった。
俺:〜わはははは、やったぜ(*´∀`)。〜俺の主張が通った。俺は必要な人間だ!やったぜ!前野(弟)と前野兄貴のバカ兄弟と別れられるのは嬉しいぜ。
わはははは!!こう思った。
来週の月曜日から七海興業内の別部署へと移籍することになった。
短い間だったが、世話になったおばあちゃん従業員とおばさん事務員に別れを告げる。
おばさん事務員は
事務:『頑張ってきなよ。負けちゃ駄目よ!』
と言ってくれた。
俺の事を息子の様に思ってくれてたようだ。
そんなとき、君沢課長から封筒を渡された。中を開けると『頑張れ』とだけ、真っ白な便箋の真ん中に書いてあった。
Chapter 8
〜第二工場〜
とうとう月曜日になった。
いざ 実際にそうなってしまうと実に不安なものだ。
先週の金曜日に君沢課長へ前野(弟)に対する溜まりに溜まった不満をぶつけ、転属が決定。
晴れ晴れとした土曜日を過ごし、
翌、日曜日は酷いサザエさん症候群になる…。
そして週明けの今日、新しい職場に出社。
自分から言い出したのは良いけど、やはり不安で足が重い…。
新しい職場は、七海興業の親会社である大手自動車メーカーの中にある"第二工場"というとこらしい。
そこはとても大きく、大勢の人が働く場所。
七海興業としても会社の軸となる職場のひとつだそうだ。
そして、日本人、ブラジル人、ペルー人、中国人、ニュージーランド人など、多くの人種が働いていると君沢課長が言っていた。
また、一週間毎に昼夜逆転する交代勤務にもなり、俺は夜勤スタートとなった。
仕事内容は、自動車の生産ライン一部エリアを親会社の代わりに七海興業が作業させてもらっているそうだ。
親会社側のメリットとすると人件費の節約で、七海興業側は設備や工具等、作業に必要なものは全て親会社のモノを使い、人を入れるだけでOK‥という立場となる。
これだけ聞くと派遣会社のようだが、安全:品質:生産性の3要素も七海興業側でやるという"構内請負業種"という部類になるらしい。
以前の職場とは人の多さ、工場の広さ、作業中の音が圧倒的に違い、敷地内にはバス停、銀行、病院まであって まるで小さな町の様相。
先週までのウグイス鳴く、あの寂れた小さな工場が何だったのかと思える。ホント不安で一杯になった…。
Chapter 9
〜黒下なる者〜
新しい職場、指定された駐車場から15分ほど歩いてやっと到着。タイムカードを打ち、初日の俺は、ここのボスとの面談になった。
暫く待たされた後、黒下という男が現れた、現場の責任者で" 組長"という役職らしい。
俺が以前に居た職場では班長(前野:兄)→課長(君沢さん)しか居なかったが、さすがは巨大工場、作業者が多いために組長なる役職者が存在する様だ。
さて、この黒下組長、鋭い眼光で名前、生年月日などが書かれた七海興業内の書類¨履歴カード¨を見て、幾つか質問してきた。
質問:
「現場の経験はあるのか?」
「工具は使ったことあるか?」
「家族は?」
「結婚はしてる?」
「休みは何してる?」
などなど…。
身長は180センチ程?
体重は100キロくらい??
だろうか‥。
とても大きく見え威圧感がある。
肥満体に童顔、鋭い眼光でじっと見られたかと思うと、大きな声で無邪気に笑う。
ついつい心を許してしまいそうになる。
ひと通り俺の尋問→現状把握が済むと、黒下組長のポケットに入ったPHSが鳴った。
作業場(現場)で問題が起き、呼ばれたようだ。
俺に、このまま待つよう指示を出し黒下組長はどこかへ行ってしまった。
それから数分待つも、いまだにボスは来ない。
座ったまま辺りを見渡すと、七海興業の作業服を来た者達が忙しく動き回って、あっちこっちで様々な音が鳴り響き、以前の職場とは天と地くらいの違いと改めて感じる。
工場の端から端まで200メートル程はあるだろうか…。
とても大きく、広く、出勤時に立ち寄ったトイレは、便器が10も20もあるし、至るところに〜踏めば冷たい水が出る"冷水器"〜も設置されている。
沢山の作業者が居るためにこの数になる様だ。
俺:〜はぁ‥俺、大丈夫かなぁ…〜
と思ったとき、奴が現れた。
Chapter 10
〜勅使河原という男〜
それは、ここ第二工場、七海興業側 最高責任者 ¨勅使河原(てしがわら)¨ 課長だった。
身長150cmくらい、若干、腹が出ている 、体重は60キロ位?
時折 子供っぽく笑う先ほどの黒下組長とは真逆で、身体の大きさも内面も全然違う印象…。
一切 笑みを見せず、髪型はリーゼントにし、目がつり上がっていて、その眼光奥底はギラついて尖っている。
身体は小さいが隙が無い、相手を全身で威圧する…そんな感じの人だ。
例えて言うならパチスロ"北斗の拳"のレア役成立時、オーラ色¨紫¨といった感じか… 。
そう、この人がここのボスなのだ。
ほどなくし、先程現場に行った黒下組長が戻ってきた。
二人の間では、俺に関する話が既に済んでいるようで、勅使河原課長からの質問は一切無く、一方的に こう言い放った。
勅使河原課長:『とにかく!休むな、不良を出すな、ラインを止めるな、この3つを守れ、以上。』
そう言って小さなリーゼント頭は現場に消えていった。
そして俺は設備担当になった。
Chapter 11
〜シンジラレナイ‥〜
毎日、
決まった時間に起きて、
決まった時間にタイムカードを押し、決まった時間に工程に入り、
決まった作業をして、
決まった時間に昼飯を食べて、
決まった時間に再び工程に入り、
決まった作業をして、
決まった時間にタイムカードを押し、決まった時間に帰る、
こんなことをずっとやってる。
毎日毎日同じこと…。
工場に入れば太陽の光は届かなく
朝か夜かもわからない…。
ホントに社会人はこんなこと毎日やってるの?
考えられない…。
そりゃ病気にもなるよ…。
本当に機械仕掛けの人生。
歯車の一部。
同じことの繰り返し。
シンジラレナイ…。
嗚呼、学生時代が懐かしい…。
Chapter 12
〜配置転換〜
暫くして俺は設備担当から同、第二工場内の他のエリアへ配置転換となった。
ウグイス鳴く工場では この様な配置転換なんて全く無かったが、作業者が沢山いる大きい課では 移動は度々あることらしい。
俺の新しい担当場所は"試作(しさく)"というとこ。
この"試作"とは、親会社がこれから販売しようとする新型車両を量産する前に、設計部門主導の元、生産ラインとは別の場所で実際に組み上げてみて 狙った通りの構造、機能を果たしているか?組み上げ時、簡単且つスピーディーに部品を取り付けれるか?などを確認する部署。
更に、上記で決められた部品の正しく素早い組み付け方法を確認し、書面に表して標準化する重要な業務をする部署なのだ。
もう1つの特徴として親会社、構内請負い、両方から人員を出して一定期間チームとして所属し、量産前の車を決められた作業内容で徹底的に作り込む事で、必然的に現場よりも先に技術を習得する事となる為、工場で流すときには熟練作業者として現場を先導、フォローする者となる。
それは、自ずと一般作業者を指導する立場なのだから、人事昇格するステップ部門である…という事を聞いた。
この課に転属されて間もない俺が"試作"に行くのは日本人が少ない職場故の問題があるようだが、「工具も全く使えない奴がなぜ…?」と誰もが首を捻った…。
丁度その頃、七海興業の事務所ではお婆ちゃん部長が高齢のため勇退となり、君沢課長が部長へと昇格したのだった。
Chapter 13
〜灯り灯る(アカリトモル)〜
新型車両は、安全、品質、生産性、全てに大きな問題も無く 無事に量産へ入ることができた。親会社側も、七海興業側も皆、胸を撫で下ろす。
我々試作チームは暫くの間、現場のフォローや試作場所の後片付け等をした。
そして、こちらもスムーズに終われた。それから間もなく、俺は班長になった、この俺がだ…(驚)。
日本人が少ないというのもあるが、君沢部長が勅使河原課長に指示を出し、そうなる様にしてくれたのかもしれない。
また、七海興業 第二工場試作チームの責任者である黒下組長も1つ箔(実績)をつけた格好になった。
親に無理言って行かせてもらった専門学校。
パチンコ三昧でクビになり、プラプラ遊んで母親に殴られた。
学歴も経験も、何もない俺が家から近い…という理由でたまたま入社した七海興業。
俺:〜俺が役職者? 人を指導する??えぇぇ???ホントに????〜
日々、事は進み 動いていく。
真っ暗闇に一筋の明かりが灯り。
少しだけ…ほんのすこしだけ、歩くべきところが見えた気がした。
Chapter 14
〜俺の班〜
俺の班は内装専門部署となった。
黒下組長や勅使河原課長の狙いとしては『内装専門部署は、主たる生産ラインでは無く補佐的な部署なので、初めての役職者でも管理しやすい所』との考えらしい。
だが、事はそう旨くいかなかった…。
折角覚えた新型車両は、5台に1台のペースでしか流れてこない‥つまり残り5台中4台には、俺は全く手が出ない状況というコト‥。
おまけに班員は日本人、ペルー人、中国人、ブラジル人、ニュージーランド人と様々。
コミュニケーションも取れないし、文化も考え方も全く違う。
日本人的な
〜まだ新人役職者だから出来なくても仕方無い〜
なんて一切通用しない。
俺は作業者に舐められ、結果、作業は遅れに遅れラインは停止。
これにより部品欠品でメインラインにも度々迷惑を掛けてしまう始末。
更に、緩んだ班内風紀により秩序は乱れに乱れ、組み付け間違い品を量産する事に‥。
売り物にならない車を後工程に垂れ流し、俺の班の品質は課内ワーストワンとなる‥。
当然、ポケットに入ってる作業用PHSはひっきりなしに鳴りまくり、構内放送でも呼ばれっぱなし。
毎日毎日 あっちこっちで怒鳴られて走り回る日々…。
不良の手直しと謝罪行脚が主な仕事になってしまい、対策書類も一向に減らない。
〜アイツは出来ない。このままでは生産計画に支障をきたす、早く外せ!!〜
と親会社からも声が上がりはじめる始末となった…。
俺:〜こ、コンナハズデハ…( ≧Д≦)〜日々頭痛が酷くなっていき、家に帰っても眠れず、笑うことも無くなっていった‥。
Chapter 15
〜泣き入れ〜
俺は今日、限界を迎えた…。
誰よりも早く出社し、誰よりも遅くまで残って業務をこなしても何ひとつ良くならない。
毎日毎日、新たな問題が起きて増え続けていく。
課内でもダントツ1位の組み付け間違いを記録し、何百人もの作業を止めてしまう班の責任者である俺…。
親会社の中でも 酷い役職者として名前が知られてしまい、毎日が針のムシロだ…。
体力も気力も"emptyマーク"点滅しっ放し…。
目つきも変わり、自分でも常にイライラしているのが判る…。
俺:〜なぜ俺は駄目なのか?〜
自問自答する。
俺:~外国語が喋れないから?~
〜専門学校辞めたから?~
~パチンコばっかやってるから?~ ~右利きだから?
(黒下組長は左利き)~
~箸の使い方が下手だから?~
全てが俺は駄目…。
そんな気がしてきた…。
担当するエリアの作業をイチから覚え、全ての場所が出来るようになってから指導する側に廻り、様々な異常対応を経験した後、そのエリアの役職者になるのが適切な流れ…?
いや、そんな事はない。
第二工場では勅使河原課長、黒下組長は絶対的で、御二人が「やれ!」と言った事は何が何でも!完遂しなければいけない!!!
他の役職者は全員そうしているし、やりきっている。
やっぱり俺だけが出来ない、そう、オレが悪いんだ…。
誰でも入れる高校しか出ていない人間が…。
パチンコにド嵌まりして専門学校クビになった人間が…。
中国人もニュージーランド人もペルー人もブラジル人も様々な国の言葉を超越し、あっという間に物事を解決できなければいけない。
でも、出来なかった…。
俺はそんな能力無いよ…。
もう疲れた…。
もう、どうも出来ない…。
俺は黒下組長に泣きを入れた。
俺:『…もうできません、僕には無理です…。辞めさせてください…うぅぅぅ(泣)…。』
黒下組長: 『お前は一緒に試作を頑張った、俺はそれをずっと見ていた。勅使河原課長に相談するから心配するな、辞める必要はない。』
そう言ってくれた。
この温かい言葉に俺は周りを気にせず声を出して泣いた。
Chapter 16
〜新たな仕事〜
俺が黒下組長に泣きをいれた翌日、新たな仕事を受けもつことになった。
本来ならば班長から一般作業者に戻り、作業工程に入ってイチから出直しなのだが、役職も班長のままでの再出発となる様だ。
その新たな仕事とは…
黒下組長の『カバン持ち』だった。
『カバン持ち』と言っても本当にそんな業務があるわけではない。
職名は"品質担当"という黒下組長が考案したポジションだ。
それは、役職者ながら部下も居ない、実質、黒下組長の手となり足となり、指示されたことは何でもやる…というやつだ。
黒下組長の指示通り動けば、黒下さんは他の業務も手広く出来る様になり、現場の実績もあがることになる。
結果的には最高責任者:大ボスである勅使河原課長の成績をあげることになる…こういった流れだ。
その業務内容は多種多様。
黒下組長の指示は全てなのである。
例えば、
:作業標準類の作成
:朝礼の原稿作成
:現場の監視
などなどetc…。
俺は〜黒下組長に助けてもらった〜という恩義を感じていた為、言われたことは直ぐに!何でも!!とにかくやる!!!!と強く自分に言い聞かせた。
Chapter 17
〜黒下組長の凄さ〜
ここで改めて黒下組長という人物を説明したい。
身長180cmくらい、体重100キロ程。
両親とも純血の日本人だが、ブラジルからの出稼ぎ者出身。
組長が幼い頃、仕事を求めて家族で南米に移住した為、国籍のみが違うことになる。
やがて、黒下さんが成長するにつれ、その実父と反りが会わなくなり、度々衝突する様になったらしい。
この為、黒下さんは20代前半で勘当同然で日本に単身来日、七海興業に日系期間社員として入社したそうだ。
日本に来た当初は、言葉も喋れないし日本語も書けなかったが、毎夜毎夜 勉学に励み、今ではそこらの日本人より漢字も書けるようになった。
そんな中、徐々に現場で頭角を表し正社員に昇格、班長→組長を経て、今では七海興業の稼ぎ頭である第二工場の現場責任者まで出世した。
同工場の最高責任者である勅使河原課長からの信頼も厚く、常に側で行動を共にしている。
よく喋り、よく動き、人によって顔、喋り方を使い分け、その人の強み、弱味、希望、要望などを全て把握。
それを加味した采配をする事が出来、人を使って与えられた目標を必ず遂行する力を持つ。
この事から、管理者として七海興業経営陣からの評価も高い。
ちなみに、日本人がやらないことも平気でやってしまう、「豪腕&身体がデカイ」ことから一部の人間からは通称『ビッグ』と呼ばれていた。
そんな凄い人なのだ黒下組長は。
Chapter 18
〜黒下流掌握術〜
黒下組長の傍に就くカバン持ちをやることになって改めて、黒下さんの人身掌握術の凄さを知った。
俺:~もし、この人が市長選に出馬したらホントに当選してしまうのではないか?~と思うほど。
手法は前話で書いた通り、基本、現状把握と気遣い&行動力。
満面の笑みで近づき、誉めて、笑わせて、食事をして、タバコを吸って、悩みを聞いてあげて、時には一緒に泣きもする…。
そんな事をしてる間に、いつの間にか互いを名前で呼び会うような関係になり、自分の世界に取り込んでしまう。情熱と行動力に溢れ、最近の日本人が忘れていた気配りが出来る日系人なのだ。
指導方法に関しては相手に応じて使い分けをする。
自身の感情を表に出さず、また左右されない。
仮に叱られたとしても最終的には『自分のために指導してくれた…。』と思わせてしまうやり方が出来る。
叱りに対して、実際に俺自身がこんな経験をした。〜回想〜
ある日、俺が凡ミスをした。
安全にも、品質にも生産性にも影響しない、ホントの凡ミスだ。
だがこの時、俺は酷く叱られたのだった。
なぜなら、俺は保身の為の小さな嘘をついていたからだ。
だから少しだけ後ろめたさがある。
黒下組長はそれを見抜き、強く叱ったのだった。
だが、
俺:~もう一言言ったら俺は爆発するぞ…~
と腹の中で思っていたら、その直前で叱るのをやめた。
俺は拍子抜けとなり、
俺:~なんで?もう突っ込まないの?~と思った。
それ以上は一切叱らない…。
紙一重のところで意図的に逃げ道を残してくれている。
これに気付いた時、
俺:~この人はホントにスゲーな(汗)~と心底思った。
また、食事の時には、こんなことがあった。
会社の食堂で黒下組長の隣で食事をしていた時、小さな声で 俺はこう言われた。
黒下組長:『誰かと一緒に食事をしている時は、相手のスピードに合わせなければ駄目だ…。』
オレは驚いた…。
そんなこと、今まで親にも言われた事無かったから本当に驚いた。
そう言えば、誰かと食事をしてるとき、黒下組長は相手を見て、時に聞き手に廻り、時に喋り手に廻り、相手とほぼ同時に食事を終わらせている。
先に食べ終わって待ってる姿は見たこと無い!あれは意図的だったんだ…。
この人は、そんなとこまで気を使える人なのだ。
人、物、環境に対して常に現状把握し、目的を達成するためにはどうしたらいいか考え、いくつもの顔を使い分け 立ち回る。
この人は本当にすごい人…。
そして、そんな人の傍に入れることに誇りと喜びを俺は感じ始めていた。
Chapter 19
〜役職者会〜
蒸し暑い夜になるであろう週末の夕暮れ時、近郊の飲食街にある"しゃぶしゃぶ屋"の前には、ゴツイ外国人達と日本人が数名、煙草をフカしながら立ち話をしている。
今夜は黒下組長主催の職場役職者会なのだ。
会費は不要、なぜなら第二工場の役職者は毎月5000円、黒下組長に納めている。
この徴収された金を使い、定期的に役職者会(食事会)が開かれているのだ。
今夜の役職者会は、先日会社から支給された夏季賞与(ボーナス)の御礼を職場のトップである勅使河原課長にする為の会だ。
俺は初めての参加だが、恒例行事の様で皆、慣れたもの、よく段取りを理解している。
時間になり、全員遅刻もなく集合、しゃぶしゃぶ屋の二階、20畳ほどの個室に通された。
上座に勅使河原課長が座り、横を黒下組長が固める。そして下座に向かって 全役職者がキャリア順に座った。
俺:~やっぱ社会に出ても一緒なんだな…~
それは明確な縦社会。
俺は中学時代、かなり厳しい柔道部に3年間所属していたので、こういった世界は当たり前。
体育会系の経験があって良かった…そんなことを考えていると、黒下組長が挨拶をはじめた。
黒下組長:『えー今回、会社から無事に賞与が出ました。これも一重に私たちの親方である勅使河原課長のお陰です。 課長、本当にありがとうございました!』
これを追って全員で
参加者:『ありがとうございました!!!』
と続く。
そして再び黒下組長…
黒下組長:『今後も私たちを指導していただくと共に 、私を筆頭に部下一同、一生懸命 、精一杯やらせていただきます!では、下座から順番に勅使河原課長への御礼と今後の目標を言っていけ。』
上座の勅使河原はドッシリと座り、ウンウン頷いている。
すると、
役職者A:『勅使河原課長、ボーナスありがとうございました、これからは○○頑張りますので宜しくお願い致します!』
参加者:~(*’ω’ノノ゙☆パチパチ~
役職者B:『勅使河原課長、賞与ありがとうございました、これからは○○頑張りますので宜しくお願い致します。』参加者:~(*’ω’ノノ゙☆パチパチ~
役職者C:『テシガワラカチョ、ボーナスアリガトゴザイマシタ、コレカラハモットモットガンバリマス ヨロシクオネガイシマス!』※日系人班長
参加者:~(*’ω’ノノ゙☆パチパチ~
正直、俺は身の引き締まる思いだった…。
俺:~ここまで勅使河原課長は第二工場では絶対的なんだなぁ…。あの黒下組長が、ここまで敬う人なんだなぁ勅使河原さんは。超、超、凄い人なんだ…~と。
最後に俺もたどたどしく、勅使河原課長様に御礼を言い、頑張る事を約束した。
Chapter 20
〜勅使河原課長とは〜
ここで七海興業が請けもつ第二工場のトップ¨勅使河原課長¨について書こうと思う。
身長150cm無い?、体重60キロくらい。
腹が出たオヤジだが、眼光鋭く、髪型はリーゼント…これは先にも述べた外見について。
ここからは七海興業に長年勤め、勅使河原さんと同じ年、若い頃から一緒に遊んでいたと言う者から、後に聞いた話も含めて書くことにする。
課長は、兄弟が沢山いる家族の長男で家庭の事情により早くから家を出された為、大変苦労されたらしい。
この為、幼少期から素行が悪く、暴走族に入り 仲間と暴れ回っていたらしい。
格闘技経験があり、七海興業に入社し班長に昇格したときには、指示に従わない作業者をトイレに連れていって力ずくでしつけたとか…(怖)。
体が小さいので、大きなモノを欲しがる傾向がある。
アメ車やクルーザー(船)、部屋が沢山ある豪邸を所有していた。
しかし、身の丈に合わない買い物を平気でガンガンしてしまうので借金まみれ…。
その為、折角買ったモノも直ぐに手放す事が度々…(苦笑)。
勝ち気で、"超"がつく程の見栄っ張り。早くに実家を出されたので、母親の愛情不足で女性に惚れやすい 「英雄色を好む」を地で行く御方…。
仕事の進め方は超豪腕、上司から指示されたことは何が何でも完遂する。
そういう人だと聞いた。
chapter 21
〜他課混乱〜
七海興業が親会社から請け負っている主力級工場は3つある。
一番歴史のある第一工場、
俺が居る第二工場、
そして最近、生産能力UPのため親会社が立ち上げた第三工場だ。
この第三工場、第一、第二から作業者と監督者を移籍させ立ち上がったのだが、七海興業側の生産・品質上の問題がなかなか良くならず、親会社に睨まれ始めていた。
そんな折り、第三工場の七海興業側 最高責任者が体調不良を理由に辞任したらしい。
七海興業は本社も含めて大混乱、親会社側からは
親会社:『どうなってるんだ!責任者がケツまくるなんて!!早急に新しい頭を据え、現場を安定させろ!!(怒)』と本社事務所に怒鳴りこんで来る始末。
七海としても主力級の工場が駄目になれば只では済まない… 。
そこで、急遽 実績もあり 、現場が安定していて移籍しても問題なさそうな¨勅使河原課長¨に白羽の矢がたった。
正直、勅使河原課長としては乗り気ではない。
このまま第二工場に居れば黒下組長が全てをキッチリ管理しているため、自分はトップとして座布団に座ってるだけで実績が手に入る。
親会社にも七海にも信頼されているし、何もしなくて良いから楽なのだ。これがバタバタの第三工場へ移籍となれば、毎日が問題だらけで苦労するのは目に見えてる。
あえて火中の栗を拾うことはないだろう…。
しかし七海興業全体…更には親会社にも多大な迷惑をかけている今、本社事務所の君沢部長が社命として移籍を命じたのだった。
この移籍から事は大きく動いていく。
Chapte 22
〜帝国誕生〜
勅使河原課長が混乱の第三工場へ移籍となった。
これにより第二工場の課長が居なくなってしまったので、七海興業本社事務所が新たに課長を選出する動きがあると耳にした。
まぁ、当然の流れだろう。
そこで新たに課長に抜擢されたのが…
黒下組長だった。
順当と言えば順当。
第二工場のナンバー2だからトップが居なくなった今、そこの席に昇格するのは当然の事。
勅使河原課長が第三工場へ移籍出来たのも、黒下組長が次期課長でやっていけるだろうと本社事務所も判断したからだった。
だが、この人事には他課の古参課長が猛反対したらしい。
それは黒下組長が日本人ではないからだ。
先に言ったように黒下組長は日系人、七海興業は多くの外国人を雇用しているが、〜日本の会社なのだから日本人がトップでなければいけない〜
と古参課長達が反対したようだった。
しかし今までの実績と本人の意欲、更には勅使河原課長の推薦もあって黒下課長体制が誕生したのだった。
この時のカバン持ちである俺は、とても嬉しかったのを覚えている。
なにせ自分の親方が課のトップに昇格したのだから。
自分自身も益々、 黒下さんの手となり足となり、ゆくゆくは七海本社事務所の親方にまでなって欲しいと望んだ。この人事結果が、正式に黒下組長本人へ通達されたときの事を俺はハッキリ覚えている。
作業も終わり、皆、帰ったあとの薄暗い現場休憩所で一人でいらっしゃった黒下さん。
それを見つけた俺は、頼まれたコーヒーを買って、
俺:『お疲れ様です ‥。』
と手渡し、隣に座った。
すると黒下さんはタバコを深~く吸い込み、
黒下"新"課長『俺もここまで来たな…』と呟いた。
黒下帝国が誕生した瞬間だった。
Chapte 23
〜課長の指示〜
俺は誇らしく感じていた。
自分が手となり足となり動く直属の上司が主力工場のトップに昇格したのだから。
例えて言うなら議員秘書の様な感覚?自分が就いた人間が当選し、これからより多くの権限を持つようになる。
それに伴って自分もより一層、業務内容が増えスキルアップでき、今まで見たこともない様な世界を共に経験できる…こんな感覚だろうか。
実際、俺は益々カバン持ち業務に磨きをかけていった。
黒下課長の表情、仕草でその時の希望・要望をいち早く感じとり、気分良く、より早く、より正確に、課長が立ち回れるよう努めた。
それに答えるかの様に、黒下課長からの指示は更に細部まで及ぶようになっていった。
あるとき、こういうことがあった。
就業中、黒下課長からTELが入り¨すぐ来い¨と言った。
俺は直ちに課長のもとへ向かった。
すると珍しく黒下課長は少し動揺した様子で俺にこう言った…。
黒下課長:『さっき、ある外国人作業者が俺のとこへ来て暴言を吐いていった。どうも日本人役職者の法華津(ほうけつ)が、その作業者に対して指導態度が悪かったらしい。酷く怒っていて¨ コロス!!!¨ と言い捨てて帰って行った。あれはクスリをやってる顔。普通ではない…ヤバイ…』
と…。
状況は飲み込めた、で、俺は何をすれば?と指示を待っていると、
黒下課長:『おまえ、今から夜勤やれ。それで法華津の傍に居ろ!常にだぞ!!』
と言う。
そして、こう続けた
黒下組長:『いいか、飯食うときも駐車場へいくときも、いつも一緒だぞ!絶対に1人にするなよ!!』
と。
俺:『はい、わかりました、今から夜勤やります。そして法華津さんの傍に常に居ます。』
黒下課長:『おう!👍』
俺:『あの‥課長、ちょっと質問なんですけど、もしその作業者が本当に法華津さんを襲って来たら僕はどうしたらいいですか?』
黒下課長:『殺れ!!(ʘ言ʘ╬)』
俺:『えっ?!そんなことしたら僕、逮捕されちゃうじゃないですか?!』
黒下課長:『大丈夫だ、心配するな、ワシが面倒みたる!!』
俺:『………はい、わかりました…(*﹏*;)』
結局、その日からまるまる一週間、俺は法華津さんの傍についた。
裏でそんなことがあって、黒下課長から指示が出ている事を知らない法華津さんは常に側に居る俺を、
法華津さん:『なんだお前?なんでずっとついてくるんだよ、うっとうしいなぁ…💢』
と言った。
さいわい本当に襲ってこなかったので俺は殺人犯にならずに済んだ。
でも、もし本当に襲われていたら……?
間違いなく実行していただろう‥。
それは黒下課長の指示なのだから…。
Chapte 24
〜伝統の特務〜
七海興業内では以前からこんな噂があった。
噂:〜第二工場では、七海本社事務所が現場に来ない、何も言わない、何も調べないのを良いことに悪い事をしている。それを内部告発しようとすれば、勅使河原、黒下に会社を辞めさせられる…〜
といったモノ。
黒下課長のカバン持ちとして他課にお邪魔するようになると、その噂について度々聞かれるようになった。
〜本当なのか?あの噂は?!〜って‥。
その度に俺は、
俺:「ホントにそんな事あるんすかね?よく聞かれるんですけど…。出来るんですか?そんな事‥。僕は知らないですよ‥。(´-﹏-`;)」
と答える。
そんな折、黒下課長から特別な指示が来た。それは………。
タイムカードの空打ち!!!!!
だった………(‘◉⌓◉’)‥。
やり方はこうだ。
俺 自身のタイムカードの水増し打刻をする。
平日の場合は、終業し帰るときも敢えて刻印せず、黒下課長の息がかかった外国人作業者に深夜の適当な時刻を見計らって俺のカードを代打ちしてもらう様にする。
休日の場合は、2日あったら1日。
作業標準類の書類手直し等、適当な理由をつけ出勤した形にし、朝だけ刻印しに出社、だが 直ぐさま帰宅し、夕方程良い時間に刻印するためだけに再び出社するというものだ。
これによって俺の勤務時間は大幅に伸び、月の給料が増額↑その増えた分を黒下課長の必要経費に廻す…という流れだ。
そう、噂は本当だったのだ…。
俺は耳を疑った‥。
本当に黒下課長は悪さをしていた…。
足が震える…(((;ꏿ_ꏿ;)))。
俺はもちろん、これが業務上横領という犯罪行為だと判ってる‥が、断れるはずもなく指示に従うしか無い‥。
そして、指示された通り実行した‥。
ある時、ひと癖も ふた癖もある騎士塚(きしづか)組長にこう言われた‥。
騎士塚組長:『おまえは会社に居なくても、いつも居ることになってるなぁ…。ニヤニヤ』
‥(ʘᗩʘ’) 汗‥
この事を黒下課長に伝えると、
黒下課長:『気にするな、無視しとけばいい。また何か言われたら報告しろ…。』
と言われた。
俺がカバン持ちをするずっ〜と前から実行されていたのだろう。
一連の流れが出来あがってる。
噂の真相を目の当たりにした。
俺の業務とは一体何なのか?
七海興業では、これは当たり前なのか??
こんなことをして大丈夫なのか???
自分に問う。
しかし黒下課長の指示は絶対、ここで生きていく為にはやるしかない。
俺は指示されるままに日々水増し打刻した。
Chapte 25
〜課内旅行〜
今日は黒下課長が第二工場のトップになってから、始めての役職者課内旅行だ。
七海興業の場合、社内旅行が数年前に消滅し、その後、各課で行われる様になっていた。
この時、俺は数ヵ月前から黒下課長より多めにタイムカード、水増し打刻しておくよう指示受けていたので、およそ10万ほどの裏金が出来ていた。
さて当日、現場の組長衆が自家用車を出し、部下の班長衆を数台に分乗させ高速道路を利用、3時間ほど走った温泉地を目指した。
途中、サービスエリアで昼食。黒下課長が皆に言う。
黒下課長:『お前ら、好きなものを頼め!』
そして俺に目で合図する。
俺は食券販売機に次々とお金(裏金)を入れた。
組長&班長衆:『黒下課長!御馳走様です!!』
金の出所など知る由もない役職者衆、
揚げ物に刺身、ラーメンに丼物と値段を気にせず各々好きなものを選んだ。
黒下課長はこの様なイベント事を非常に大切にしている。
こういう集まりの時、皆に大いに振る舞い、語らい、悩みを聞いて、相手との距離をグッと近づける。
俺は、その事を分かっていたから言われる前に惜しみなく紙幣を入れ課長をサポートした。
その後、温泉地に着き、黒下課長が上座へ座って第二工場特有の¨反社風¨宴会が始まった。
普段の緊張から解放された役職者たちは大いに楽しんだ…が、俺はそうはいかない…。
黒下課長が意図する様に、廻りに気を配り、盛り上げ、段取りを遂行する。
宴が終盤を迎えた頃、お決まりの夜の街へ…となる。
しこたま呑んで、騒いで、部下と語らって、真っ赤になった顔の黒下課長。
ふいに俺に近づいてきたかと思ったら、廻りに聞こえない様、耳元で
黒下組長:『ワシは行かんから、お前らだけで行ってこい。』
と言った。
俺:〜えっ?⊙.☉〜
と課長の方を振り向くと、そこには全くの真顔があった。
俺:〜????酔ってないのか?〜
いや、たしかに酔っている様だが…
俺~…驚いた、この人はどこまで…。~
そして、こう続けた。
黒下課長:『いくら残ってる?』
俺:『はい…8万ほどは…』
黒下課長:『それを明日、俺に渡せ…。』
翌朝、残ったお金を指示通り黒下課長に渡し、俺は当時付き合っていた¨きよみ¨と結納する為、新幹線で先に失礼した。
このころから黒下課長が要望する金額が増えていったのだった。
Chapter 26
〜宝くじ〜
日々、黒下課長からの要求は増えている。
通常の業務に加え
・毎朝、お気に入りコーヒー準備
・週始め、神棚の榊、購入と交換
・毎週月曜日朝、いつもの煙草1箱渡す
・不定期開催イベント時の開催費捻出
などなど…。
もちろん、これにかかる費用は俺のタイムカード水増し打ちから出さなければいけない。
だから、黒下課長は頻繁に、
黒下課長:『金は足りているか?計算出来てるか?足りなければキチンと計算して水増せよ。』
と言ってくる。
そんなとき、黒下課長のお姉さんが旦那さんと共に出稼ぎで七海興業へ入社した。
もちろん、事務所に口利きし、通常ではあり得ない50代後半の夫婦を入社させたのだ。
この来日に、黒下課長は勘当同然で家を飛び出した自分が、日本で成功した姿を見せたかったのだろう、お姉さん夫婦のアパートの世話から、足となる車の購入など、来日直後の面倒全て見たのだ。
と言っても、俺や、他の息が掛かった外国人作業者を使い 業務として遂行させたのだが…。
その引っ越し時、俺と一緒に手伝った作業者の中に¨下橋(しもはし)¨という日系のおじいちゃんがいた。
この人、黒下課長が組長時代、 黒下さんの部下として現場を管理していた方で 「高齢と能力の限界」を理由に一般作業者まで降格となった人。
その後、教育担当という形で 細々と現場に残っていた人物なのだが、この下橋さんにはある特技があった。
それは「宝くじ高額当選を度々当てる」という事だった。
これは現場で噂になっており、下橋さんはある種の有名人だった。
それを知っていた俺は、下橋さんに
俺:『下橋さんは宝くじ良く当たるそうですね。』
下橋:『はっはっは、たまにだけどね』
俺:『凄いなぁ、もう相当儲かってるんじゃないですか?』
下橋:『…それがそうはいかんのよ…。』
俺:『???…』
下橋:『……』
俺:『もしかして…?!』
下橋さんは怪訝そうな顔をして押し黙ってしまった。
そう、当たった宝くじは黒下課長に巻き上げられていたのだった。
当たった事が噂になったら、すぐに金をせびりに来るらしい。
それからは常に、抽選日になると結果を確認しに来て逃げられない状態に。
最近では課長自身も買い始め、結構な枚数、毎回つっこんでいるようだ…。
結果、もう幾ら金を貸したか判らない位だ…と下橋さんは言う。
ここで俺はピンっときた。
俺:~そうか…だから能力無し!と評価され役職者から一気に一般にまで降格されても、まだ教育者という形で退社せずに第二工場に残っているんだ~
黒下課長が、いまだにこの人を自分の下に残す理由は金ズルだったのだ…。
下橋:『わしは恐ろしいよ…』
と下橋さんは呟いた。
Chapter 27
〜300円の判子〜
ある日の午後、俺は現場を廻り必要書類を回収していた。
するとポケットに入れてある業務用PHSが鳴った。
黒下課長からだ。
黒下課長:『直ぐ来い…。』
俺は声のトーンが普段より低いことに何か嫌な予感を感じた。
直ちに課長の元へ向かう。
すると、工場の外でエンジンかけたままの車に、自らがハンドルを握り停車している課長が居た。
そして俺に助手席に座れと言う。
やはり、今日はいつもと様子が違う…。
俺:〜…???…なんで?…。いつも俺が運転するのに…しかも急いでるみたい…。〜
すると、会社で決められている通行禁止区域を無視して爆走、ものの15分ほどで最近購入した黒下課長自慢の自宅に着いた。
黒下課長:『おう、家に上がれやっ!』
俺は真新しい畳の匂いがする和室に通された。
ここは数週間前、課内の役職者を全員呼んで新築披露パーティーを派手に行った部屋だ。
市場で買ってきた魚を捌き、多いに飲み、多いに食べ、課長を祝ったあの部屋だ。※もちろん経費は全て俺のタイムカードから捻出した裏金。
すると、そこには見たこともないスーツ姿の男が座っていた。
そして課長は俺にこう言った。
黒下課長:『すまんな、保証人になってくれ』
俺 :『!!??』
黒下課長:『もう勅使河原さんに迷惑かけれんから、悪いがお前が保証人になってくれ。どうしても庭を綺麗にしたい。200万かかる…。』
俺 :『…勘弁してください、(そうだ!!)判子無いですもん!』
黒下課長:『そこのホームセンターで買ってこいや。』
俺 :『……わかりました…。』
俺は指示された通りホームセンターへ行き、300円出して安い判子を買って戻って来た。
そして言われるがまま、用意されていたローンの保証人欄へ判子を押した‥。
誰もがあの状況では仕方ないと思う…。仕事中に通行禁止区域を通って営業マンの目の前に座らされ、判子押すだけの紙を用意されて上司に『頼む!』…と言われたら誰だってそうするだろう。
しかし、『もう勅使河原さんには迷惑かけれん』ってどんだけこんなこと二人でやってたの!!?
そして、なぜ通行禁止区域を走ったんだ…?
そうか、業務中だから他の七海興業社員に見つからない様にするためだったんだ…。
更に、黒下課長の要望はエスカレートしていく…。
Chapter 28
〜ORIXのカード〜
この頃、七海興業全体で作業者の退社が止まらなくなっていた。
七海興業の従業員は、ほとんどが日系人期間社員。
その為、他社で時給が良いところがあると 直ぐにそちらへ流れてしまう傾向がある。
特に長期休暇となる盆と正月、GWは日給月給の期間社員にとって稼げない時期の為、休み明けは作業者が居なくて親会社の生産ラインを停止させてしまう現象が起こる。
こういう時は、いつも役職者が一時的に作業工程に入り、本社から新しい作業者が配属されるまで辛抱するのが七海興業の常となっていた。
今はその時期で、俺も以前担当していた部組班に応援として入る様、黒下課長から指示されていた。
仕事は辛いが、黒下課長からのキツい要望から一時的に逃れられるので正直ホッとしている。
だが、今回は違った。
ある日、満面の笑みで黒下課長が俺の工程を巡回しに来て、こう言った。
黒下課長:『ORIXカードって知ってるか?』
俺:『はいっ???』
俺はパチンコにのめり込んで金銭感覚がおかしくなった過去があるのでカードは持たないことにしている。
俺 :『いえ、知りません…。』
そうを伝えると、
黒下課長:『今、一番金利が安いのがORIXカードなんだ。でな、ソレ、作って俺に渡せ。』
俺:『えっ?!(゚ο゚人)) す、すいません、それは勘弁してください!!!』
一瞬耳を疑った。
俺はそう言い、現場の応援に振り回されてるフリをし、そそくさと作業に戻った。
すると黒下課長は他所へ行ってしまった。
冗談だったか、なんだったのか?判らない…俺の心臓は感じたことない程バクバクいっていた…。
Chapter 29
〜腐る〜
ここは嘘と金と妬みに溢れた場所。
人種など関係なく、どうやって従わせるか、どうやって辞めさせるかを役職者は常に考えている。
人は使い捨てが当たり前。
人が足りなければ事務所に補充の依頼をすればいいだけ。
どんなに悪さをしても本社からの追及と調査は無く、能力が無くても高給で美味しい思いができる。
弱味を見せたら漬け込まれ、用が無くなればあっという間にお払い箱…。
世間一般で言う「良い人」は、ここでは"格好のカモ"となる。
安全、品質、なんて関係ない。
生産性第一!スピード命!!
怪我でもしようものなら、全て自分が悪いように捏造され、公になる前に闇へ葬られる。
‥‥それが七海興業。
そして、ここ第二工場では勅使河原課長の欲望に答え、自分を出世させて貰う為の黒下式悪しき手法が当たり前。
腐りきった職場…。
朝、暗いうちに工場に入って、夕方、暗くなってから外に出る。
太陽の光を浴びることなく一日が終わる閉鎖的な職場。
人間て何のために仕事するのだろう…
一生懸命って何だろう…
そう思った。
Chapter 30
〜決心〜
翌日も現場は人が足りずにバタバタだった。
俺は昨日同様 応援に入った。
暫くして、混乱した現場を黒下課長がいつもの様に巡回しに来た。
そして、俺にこう言った。
黒下課長:『おい、ORIXカードいつ持ってきてくれるんだ?♥』
‥て。
俺は改めて黒下課長の顔を見た。
少し照れながら、満面の笑みで、愛嬌ある顔で俺を見てる課長…。
時間が止まった様だった。
俺は(これは本気だ…)そう思った。
そして決心した。
次号 "承" へ続く