日中の醤油の違いは「甘いかどうか」という単純な話ではない
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醤油は日本や中国をはじめ、東・東南アジアで広く見られる。
しかし、饅頭や餃子とは違って、中国の醤油は一見すると日本のものと同じようにも見え、その違いが分かりづらい。
では、具体的に何が違うのだろう?
以前からずっと気になっていたテーマだったのでとうとう中国の醤油を購入してみたのだが、なるほど、これは確かに違う。
結論から言うと、日中両国における「普通の醤油」の認識が違うのだ。
◎初心者向け:バカ舌でも分かる違い「砂糖の有無」
というわけで地元の中国物産店で中国の醤油2種類(「老抽」と「生抽」)を購入。
中国には「老抽」と「生抽」という2種類の醤油があり、用途によって使い分けられているらしい。
だが、豚肉と牛肉の味の違いが分からないレベルのバカ舌の私にこんなソムリエみたいなことできるんだろうか?
そんな不安が頭をもたげたが、開栓した瞬間にその違いが分かった。
・老抽
まず計量スプーンに出してみた時点で、「老抽」は日本の醤油とは見た目が全く違うことが分かると思う。
以前、中国人の友達に自分が作った料理を見せたところ、「老抽とか使って色味をつけたら?」と言われたことがあり、さっそく、実際に料理に使ってみることにした。
確かにほんの少し入れるだけで綺麗に色づき、味もかなり濃厚になった。
そしてふわっと漂う「甘い香り」。それも、醤油本来の匂いではない感じの。
それもそのはず。
まず、原材料名を見ると一目瞭然だがこの通り「砂糖」が入っている。
そして大さじ1杯でも塩分3.3gとかなりしょっぱい。
(日本で一般的に「普通の醤油」として売られている濃口醤油は甘くない。
・生抽
一方の「生抽」。こちらも蓋を開けると甘い匂いがする。
海天の「生抽王」には酵母エキスやアミノ酸など調味料が添加されている。
試しに舐めてみたがやはり甘く、どちらかというとタレやだし醤油的な感じだ。
◯まとめ
中国の醤油(海天の「老抽王」と「生抽王」)はどちらも砂糖が入っているので甘く感じる。
日本料理の味付けは「さしすせそ(砂糖・塩・酢・醤油・味噌)」とか言われて砂糖と醤油を組み合わせで使うことも多いが、日本人の感覚的に中国の醤油はそれに近い?
(そういえば九州で一般的な「九州醤油」には砂糖が入っていて、ちょっとさっきの生抽王っぽい感じもする)
と、結論づけた。
……と思っていたのだが、
◎上級者向け:醸造方法の違い
さて、ここからは少し難しい話になる。
そもそもなぜ、中国の醤油には砂糖やアミノ酸などが添加されているのだろうか。
これについて中国の友人に聞いてみたり、図書館で本を借りたりしてあれこれ調べているうちに、たまたまこの記事にたどり着いた。
日本の醤油は醸造法によって3種類に分類される。
最初の「本醸造(天然醸造)」というのが昔ながらの作り方で、2番目と3番目は後からアミノ酸液を添加して醸造する方法なのだが、日本の醤油は本醸造を売りにしているものが多い印象である。
では、中国の醤油の場合はどうかというと、こちらも同じように醸造法によって二種類に分類されている。これが先ほどの「生抽」と「老抽」である。
要するに、醸造過程の最初・2番目・3番目に抽出される醤油を一定の割合で組み合わせたものが「生抽」、抽出した醤油をその後長い時間かけて発酵・熟成させたものが「老抽」というわけ(言われてみれば「老」という字の通りである)。
日本の分類を当てはめるなら「生抽」が「混合醸造・混合醤油」(いつの段階でアミノ酸液を入れるかによる)、「老抽」が「本醸造」ということになる。
(実際、「老抽」のどろっとした感じは愛知県で伝統的に作られている「たまり醤油」とよく似ている:参考動画↓)
そしてここで一つ疑問。
★なぜアミノ酸液を添加するようになったのか
伝統的な醤油の醸造には時間がかかる。
江戸時代ごろだと先ほどのようなたまり醤油が主流だったらしいが、前述の老抽と同じく長期間の熟成・発酵が必要で作るのに一年以上かかる。
戦後間も無い頃、食糧難を迎えていた日本では手間のかかる醤油の醸造はGHQによって制限され、アミノ酸液に甘味料やカラメル色素などを加えただけの「代用醤油(化学醤油とも)」が作られていた。醸造しない方が短期間で安上がりに作ることができるからだ。
その後、キッコーマンの技術開発によって発酵法と化学分解法を組み合わせた「混合醸造」が一時は全国的に広がったが、その後食糧事情が回復して再び本醸造の醤油がメジャーになっていく。
キッコーマンの公式サイトを見てみると、本醸造の醤油が多く使用されるのは関東・中部・近畿など首都圏や人口の多い地域に集中し、逆に東北や北陸、四国、中国、九州などでは現在でも混合醤油が用いられているようで、どこか方言周圏論を思わせる。
◎考察
★なぜ中国の醤油は加糖されているのか
要するに、単に複雑な旨味のある本醸造醤油を作るのは手間も時間もかかりすぎるので、元となる醤油に調味料や甘味料を足して味を整えた方が低コストで大量生産できて普及しやすかったというだけである(中国でも伝統的な製法で作られる醤油は大豆と小麦、塩、そしてコウジカビのみを原材料とし、別に甘くない)。
「中国の醤油事情について(宋鋼・伊藤寛・曹小紅)」、「【食录】中国酱油简史:是谁开始往酱油里面放添加剂的?」によれば、中華人民共和国成立後、人口増加に伴って従来の自然発酵方式では醤油の生産が追いつかなくなっていたのだが、1950年代の終わりに開発された革新的な新発酵法——ソ連の固態無塩発酵技術を用い、醤油の入った甕を60度に加熱することで人工的に発酵の速度を早めよう、というもの——により年単位の製造期間がなんと約一ヶ月(!)に短縮された。
その結果……、とても口にできないレベルでクソ不味くなってしまった!(ガチ)
その後改良が重ねられ、70年代に最終的に開発された「低塩固態発酵法(低塩固体発酵法とも)」のおかげでだいぶマシな味に落ち着いた+大量生産が可能になったものの、それでも長期間自然発酵させる本物の醤油のようなコクはなかなか出せなかった。
こうした事情に加え、中国の醤油に「味付け」がなされているのには法律の問題もある。
中国では「配制酱油(配制醤油)」というのが多く出回っているらしいのだが、実はこれは日本でいうところの「醤油風調味料」で、2012年に「配制酱油」が法律できちんと定義されるまでは含まれている醸造醤油の割合が50%以下でも「醤油」を名乗ることができた。90年代の中国では、廉価ではあるがありとあらゆる添加物によって希釈されもはや醤油と呼べるかも分からない得体の知れないシロモノがまかり通っていたのだが、この辺が原因だったようだ。
流石に現在では消費者も目が肥えてきたようで、健康意識も高まりを受けて千禾味業などの新しい調味料メーカーが「無添加」を謳う醤油を製造・販売しており、日本で一般的な醤油のように味付けのなされていない醤油も手に入るようではある。
今後は中国でも日本のように混ぜ物のされていない醤油がメジャーになっていくのだろうか。
★日中の醤油文化の違い〜使い方編〜
さて、先ほども触れた「低塩固態発酵法」は現在でも中国で製造される醤油を醸造する方法として使われているようで、この工程によって生み出されるのが最初に登場した「老抽」と「生抽」という2種類の醤油になる。
これら二つは用途によって使い分けられている——「老抽」は中国語で「上色」、料理の色付けに使われる。
60年代の経済困難により小麦は主食とされ、醤油の原材料として代用されたフスマ(小麦粒の表皮)が老抽の濃い色合いを生み出す要因となったのだが、これがむしろ消費者には好意的に受け取られたようだ。確かに中国の料理を見ていると、「ちゃんと色がついている=美味しそう」という印象がある。
では、日本の醤油とも似た「生抽」はどうかというと、こちらは料理の味付けに使われる。そしてここがポイントなのだが、生食文化の日本人とは違って——冷奴的な「凉拌豆腐」というのもあるものの——生抽も基本的に加熱調理に使われ、そのまま口にすることはあまりないらしい。
このように、中国では基本的に醤油は料理を作るのに使うようだ。
この点、刺身だろうが目玉焼きだろうが直接そのままドボドボ醤油を注ぐ日本人(というか東日本人?)とは異なっている。
ここからは私の推測だが、日本人は中国人と違って「直接醤油を舐める」ことが多いので、醤油単体でも美味しく食べられるように本醸造にこだわるようになったのではないだろうか。
そして中国の醤油は基本的に料理用なので、醤油自体に「下味」がついていても、日本人が料理する際に醤油と砂糖を組み合わせるような感覚でそこまで気にしなかったのではないか。
◯補足
実は中国人一人あたりの年間醤油消費量は日本人のそれには及ばない。
参考:中国の醤油市場と外資進出、醤油に恋した90分
中国:一人平均3リットルぐらい(3.7kg)
日本:一人平均6.2リットル(7.4kgぐらい)
都道府県別で見ると、山形県が一番消費量が多く、脳梗塞・高血圧と正の相関関係にあるらしい。
●おまけ:打酱油(俺には関係ねえ!)
語源については諸説あるが、中国語で打酱油(もともとは「醤油を買う」という意味)というと、「俺には関係ねえ!」という意味になる。
以前、中国のテレビ番組を見ていたときにアンケートの回答結果の円グラフが「賛成」、「反対」、「打酱油(=知らん。興味ない)」になっていて笑った。