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椎茸だと思ったら饅頭だった|♪もしもピアノが弾けたなら

まんじゅうだった~
シイタケだと思った~

山あいの蕎麦屋に素っ頓狂な声が響いた。平日の昼下がり。店内は空いており、我々の他に客はいない。
嗚呼…それにしても幼少期から今まで何度同じ手に引っ掛かってきたことか。また騙された。毎度おなじみ『饅頭の椎茸擬態』だ!

だが饅頭に言わせれば「騙すつもりなど更々ない、お前がうっかり者なのだ」となるだろう。…確かに大の大人が椎茸と饅頭を間違えるなんて、うっかり以外の何物でもない。にも拘らずなぜ性懲りもなく幾度も間違えるのか。それは、、、

天ぷらだからである。

*
『まんじゅうの天ぷら』は地元の郷土料理。お茶うけのお上品な揚げまんじゅうと違って衣をつけて揚げたものである。一口サイズの茶饅頭は、天ぷら衣という隠れ蓑を身に纏ってその正体を隠している。

しかし騙されたとは人聞きの悪い。一般的には「椎茸と饅頭どちらか一つ差し上げます」と言われたら饅頭を取るだろう。一体なにが問題なのかというと、まず大前提として私はあんこが嫌いである。もしもお茶うけで出されれば、私は十中八九食べない。


では何故うっかり食べてしまうのかと言えば、『まんじゅうの天ぷら』のカテゴリーがお菓子ではなくお惣菜だからである。お盆などに親戚が集まると出される山盛りの天ぷらの中に、奴は潜んでいる。

酒のつまみやご飯のおかずで天ぷらを食べる場面を想像してもらいたい。海老をセンターに、脇を固めるピーマン・茄子・レンコン・いも・かぼちゃと来たら次は椎茸だと思うではないか。大根おろしを溶いた天つゆにつけて口に運んだら急に饅頭。あんこと天つゆの味が混ざり合った衝撃は、あんこ嫌いの私でなくとも、酒にも飯にも合わないの極みではなかろうか。

シイタケだと思ったらまんじゅうだったー!!
これまんじゅうだよ、シイタケじゃないよ!

幼い私は注意喚起のためにまんじゅうの天ぷらを指さして「これ、これ!」と叫ぶ。親戚のおじちゃんたちは「当然。見たらわかるだろう」と涼しい顔をしているが、食べる前にちゃんと「これ饅頭か?」と確認し、心の準備をしてから食べていたのだ。ついぞ知らずに天つゆにつけてしまったことを訴えるも「それはそれで旨い」なんて言うのだから始末が悪い。

*
盆や正月のご馳走の中の一品ならまだしも、今回は平日ランチの蕎麦である。よもや饅頭が潜んでいるとは思わず油断していた。蕎麦にも合わないの極みだ!
向かいの母がニヤッと笑った、ような気がした。それで私は、
「椎茸だと思った!」というフレーズの懐かしさに気づき、もう半分の饅頭を口に入れる。

その蕎麦屋は、週末になると観光客も多く訪れる人気店。地元産のそば粉100%、厳しい冬の寒さに鍛えられた寒晒しの手打ち蕎麦の風味は格別だ。大きなお膳に食べきれないほどの天ぷらが盛られ、温かい天つゆが添えられている。小鉢の刺身こんにゃくも手作りで美味。

揚げたての『まんじゅうの天ぷら』は、観光客にさぞ喜ばれることだろう。そして羽休めにきた里帰り組にとっては懐かしいソウルフード。なのにメニューのどこにも書いていない隠し種。サプライズ感も健在なのであった。


小さな灯りをひとつ灯け
きみに聴かせることだろう

人を愛した喜びや
心が通わぬ悲しみや
抑えきれない情熱や

西田敏行『もしもピアノが弾けたなら』


おやすみなさい。


#眠れない夜に

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