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寒いって言ったら10円ね | ♪それもきっとしあわせ
「寒い寒い寒い寒い」
外に出た瞬間に寒いを連発する。この冬一番の大寒波が襲来した。
私は「あ、40円だ」と思う。
*
吹雪の朝
「冬なんだから寒いに決まってるでしょ!」
そう言いながら母は、こたつの中から着替えを出す。幼い私はええいとパジャマを脱いで急いで着替える。
「ごはんの前に顔を洗いなさい」
母はストーブの上からやかんをおろし、お湯を洗面器に入れる。
こたつに入って朝ごはんを食べながら、それでもまだ寒い。みそ汁の湯気も、吐く息も、家の中なのに白い。
「寒いって言ったら10円ね!」
なにそれ、罰金?!
外は吹雪で真っ白だ。学校に行きたくない。帽子、マフラー、手袋、次々とこたつの中から出てくる。
「ポケットから手だして!いってらっしゃい!」
…もう行くしかない。
白い一本道
こんな日の学校までの道は果てしなく遠い。吹雪が顔に当たって痛いから、下を向いて黙々と歩く。
あぶないから前を向いて歩け、なんて絶対に無理だ。
腕を大きく振って歩けば寒くない、なんて大嘘だ。
一本道になっている歩道を歩く。
特に校門から昇降口までの一本道は、両側が子どもの背の高さほどの雪の壁になっていて、一人通るのがやっとの幅しかない。
いつ、だれが、この一本道を作ったのかは知らない。機械ではなくて、足で踏み固められたデコボコの一本道だった。
お母さんは寒くないの?
帰りもその一本道を歩きながら、誰か車で迎えに来てくれないかなと思う。でも誰も迎えになんか来てくれない。
こんな日に限って荷物が多い。
あそこの電信柱まで、また次の電信柱まで。泣きべそをかきながら歩くと、まぶたがくっついて開かなくなった。
「ただいま。」
家に着くと母が「おかえり」と雪掻きの手を止める。
凍えて真っ赤になった小さな手をストーブにかざすと、母はガサガサの両手で包んでさすりながら言う。
「寒かったでしょ」
…寒いって言っても10円は払わなくていいのかな。
「うん、寒かった…」
がまんして頑張ったからかな。
ニベアの青いふたを開けて、母は私の赤いほっぺにクリームをぬる。スコップを雪に刺して、濡れた手袋をこたつの中に入れてから、甘いくず湯を作ってくれる。
…お母さんは寒くないの?…お母さんもニベアぬったら?
*
雪が降ると、思い出す。
弱音を吐きたくなる度に、愚痴をこぼしたくなる度に、遠い冬の日を思い出す。
「寒いって言ったら10円ね」
そう自分に言い聞かせる。
好きな人がいて 愛されたのなら
それはきっと幸せ
着たい服を着て 言いたいこと言えば
それもきっと幸せ
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次の電信柱まで歩こう。
そのうちきっと、春になる。