わたしと父のふたり旅
父についてのあれこれ
私は父とよくふたりで出かける。
この話をすると、仲がいいねだとか、私は無理だなぁだとか、そんな言葉がよく飛び交う。
けれど、私は父と出かけるのが好きだ。
私の父はとても身長が高い。幼い頃の私はほぼ父の足だとか、お腹あたりを見ていたような気もするし、肩車をされると、それはもう違う世界のように高く感じてちょっと怖かった。
わたしがまだ小学生の頃は、毎日仕事が忙しそうで、夜にたまに会えたり、休みの日にたまにみんなで車で出かけたりする、よくある父親の姿だったと思う。
私は父となんとなく似ている気がする。話すテンポ感だったり、ラーメンを食べるスピードだったり、絵が好きなところだったり、キリッとした眉毛だったり、甘いものが好きだったり。
背が大きくて手が大きくて、全然そんな事はないのに少し怖そうな雰囲気で、大雑把な母とはまるで対称的にしっかりと計画を立てたりする(私や母が大雑把すぎるせいだと聞いて笑ってしまったけれど)
そんな父が私は好きだし、一緒に出かけたい人No. 1な気がする。
青森にて
大学生の頃、母の故郷である青森に行かないかという話になった。あれよあれよという間に、夏休みに入り、気がつくと青森駅にいた。用意周到な父が旅の計画をしてくれていたので、私はそんな父について行ったというのが正しいけれど、初めての父と私のふたり旅だったような気がする。
はじめに訪れたのは、真っ白で大きな奈良美智のあおもり犬がいる「青森県立美術館」だ。以前からそこに行ってみたかった私は、唯一ここに行きたい!とリクエストしていた。父とは美術館もふたりで行く。
大きな荷物をロッカーに預けて美術館に入る。
人も都内に比べたら少なめで、気持ちのいい館内だった。
父も私もお互い好きに美術館を楽しむので、なんとなく途中で合流して展示を見たり、私は最初の部屋に戻って見直したり、各々の時間を過ごしていた。あおもり犬のところに来ると父を呼んで、ふたりでその大きな白い犬をしばらく見上げていた。
ほんとの真っ暗闇の宿
ランプの宿という場所にその日は泊まる予定だというのを、私はレンタカーを借りて、車で山の方へ向かっている時にその日初めて聞いた。
以前何かの記事で読んだことのあるそこは「青荷温泉」という所で、電気の無い「ランプの宿」として知られている場所で、八甲田山中にある一軒宿だ。
レンタルした車はどうやら新しい機種だったようで父が「ハンドルが軽すぎるなぁ」とぼやいていたのを覚えている。
山道に入るとだんだん日が暮れはじめ、宿の目前となるともうあたりは真っ暗闇だった。車のライトだけが光っていたように感じる。
「本当にこっちなの?」
「うーん多分」
そんな話をしていると前方に看板が見えてきて、ようやく宿に着いた。
駐車場は少しだけ離れていた。
車を止めて、外に降りると、深い土の香りと虫の鳴く音、そして右も左もわからなくなるほどの真っ暗闇が広がっていた。うわ、こんな暗かったのかと思いながら、隣の父を見ると、父も似たような顔をしていておもわず笑ってしまった。こんな真っ暗闇は都会じゃ体験できないだろう。
私も父もお互いのスマホの懐中電灯をつけて、前方を照らしながら、少し緊張しながら、ようやく宿にたどり着いて、お風呂に好きな時間だけ入って、中庭で涼んだりした。ランプだけが薄ぼんやりとついた、少し油の香りがする暗い部屋ですぐに眠りについた。
夜の電車と虫
青森旅のどこかで、夜のローカル線に乗り込んだわたしと父は、仕事帰りや部活帰りの地元の人達が乗る車内を真っ暗な外を見ながら、二人で揺られていた。雪国だとよくある、ボタンを押して扉を開けるタイプの電車だ。
ぽつりぽつりぽつりと駅に着くと、電車の光に虫がたくさん寄ってくる。ちょっと電車の扉が開いた隙に、1匹の大きめな虫が入ってきた。
父と顔をすこし見合わせた私はすこし驚きながらも、周りを見るといつもの事のようで、みな澄ました顔をして揺られていたり、寝ていたりする。
父に話しかけようと横を向いたら、父もうとうと寝てしまっていた。
あれ、わたし何をそんな気にしてたんだっけ?とぼんやり思いながらその虫を眺めていたら、わたしも気がつくと居眠りしてしていた。
海沿いの路面電車
青森の有名なリゾートしらかみに乗った私と父は二人揃って窓の外をひたすら眺めていた。
抜けるような青空、海沿いの街、川や民家、電車の音、風。
思わずシャッターを切りながら、反対に座る父も一緒に撮ったのを覚えている。父を撮った写真は、どれも近すぎて少しブレてしまっていた。
森、森、川、バス
私と父はブナの原生林を歩いていた
森は、とても静かで、呼吸をすると少しひんやりとした空気が流れていた。木々の間から溢れる光、踏みしめる草と土の感触、虫たちがありのまま生きているように感じるその場所は、あの白神山地のまだ入口だという。ガイドが案内している団体を横目に通り過ぎながら、ふと森を眺めると、森が深く深く続いてゆくのがわかる。
どこまでこの森は広がっているんだろう、どのくらいの月日が今この森に流れているのだろう。途方もない時間が流れるその場所は、確かに生きていると感じさせられた。
十二湖のなかでも有名な、水が青く見えるという「青池」を見に行った帰り道、帰りのバスがずいぶん先だとわかった私たちは、せっかくならと歩きながら次のバス停まで歩くことにした。
真夏の照りつけるような炎天下の中を歩いていると、不意に水を流れる音が聞こえてくる。たどり着くとそこには休憩所のようなものがあって、「十二湖庵」という無料でお茶などを提供してくれる茶屋があり、その脇には湧き水で出来た川がこんこんと流れている。
湧き水は驚くほど冷たくて、霧のようにあたりを覆っていた。募金箱があったので、父と心ばかりのお礼を入れてまた私たちは歩き出した。
途中どんぐりなんかを拾いながら歩く。
次のバス停に着く頃には、喉はカラカラになっていた。
ちょうど自販機があったので、カルピスを買ってお互いに一息で飲み干して日陰で休んでいると、真っ黒く光るハーレーが停めてあることに気がついた。なかなか街中では見ないような、少し古くて大きなそいつを眺めていると父が昔バイクで北海道を一周した話をしてくれたことを思い出した。
父がバイクに乗っている姿が、なんだか想像できなくて、ちょっとだけ不思議な気持ちになりながら、帽子付きのどんぐりをふたりで探した。
甘いもの好きな私と父
「あの有名な奥入瀬を見に行こう」という話になってから数時間後、私たちは奥入瀬にいた。しかし生憎の前日から続く雨で、綺麗に流れると有名な奥入瀬の水が濁っている。父と顔を見合わせて
「どうする?」
「じゃあ弘前のアップルパイをもう一回食べよう」
「それだ!」
実はこの旅が始まった1日目、私たちは弘前の「大正浪漫喫茶室」というところでアップルパイを食べていた。
建物もとても素敵なのだが、ここのアップルパイがとても美味しかったのだ。
この旅行中、なんとなくお互いそれが忘れられなかったのか、まさかの最終日にもう一回アップルパイを食べるというスケジュールになった。
私もだけれど、父も甘いものには目がないのだ。
帰り道とまたいつか
アップルパイを食べ終えて、電車に乗り込む。
家に帰る道すがら、またこんな風に父と旅をするのもいいかもしれないとなんとなく思った。きっちりスケジュールは決めないで、のんびりと。
私は父と出かけるのが好きだ。
またいつか、こんな旅をしたいと思う。