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「在野」の「野」ってどこのこと?

 少し前に見たYou Tubeの動画で、「在野に下る」という表現を見ました。
 「企業の重職を追われて(無職になって)落ちぶれる」みたいなニュアンスでした。

 ……実はこれ、二重に間違っていまして。

 まず「在野」を辞書で調べてみましょう。

 1 公職に就かないで(民間)にいること。「—の人材」⇔在朝。
 2 与党に対して、野党の立場にあること。「—党」

goo辞書

 早稲田大学を創設した大隈重信の唱えた「在野精神」なども有名ですね。
 民間にって、公的な権力にくみせずに学問研究する、みたいな意味合いでしょう。

 このように「在野」という言葉自体に特にネガティブな意味はありません。
 そして、野に在る(もともと公職についていない可能性も)、野に下っている(公職から民間に移る)状態を差して「在野」というわけですから、重複表現の一種でしょう。

 付け加えると、「下野」という言葉もあります。
 この場合、「したの」でも「しもの」でも「しもつけ」でもありません。下野ゲヤと読みます。

官職を辞めて民間に下ること。与党が政権を失い野党となること。
『西郷隆盛は政争に敗れて~した』
『選挙で過半数を失い~する』

goo辞書

 こちらは在野に比べるとネガティブです。
 「くだる」という言葉を使っている時点で、公が上で民間が下というのが前提になっているのだから、対等感がないのは無理もありませんが。
 だから私が見た動画では、どちらかというと在野ではなく下野のニュアンスで使っていたのかもしれませんが、民間・・企業の重役を退いた状態ですから、どちらにしても誤用です。


 今さらですが、「野」という字を「野生ヤセイ」「野営ヤエイ」などの熟語の一部ではなく、一文字で「ヤ」と音読みにする場合、「民間・政府機関の外」という意味になるということです。
 逆に「ヤ」の読みでも「平らな広々としたところ」を意味しますが、「の」と訓読みの場合は「公に対する民間」の意味にはなりません。

 定年退職等で公職を離れることになった人に「野に在ってもますますのご活躍を」的なはなむけの言葉を贈った――のはいいけれど、もし「のにあっても」と誤読していたら、タンポポやレンゲがひっそりと咲くのをイメージしてしまいます。あ、それはちょっといい感じだし、別に問題ないような…?

 前に見た某アニメで、「王室をこっそり出て庶民の男性と結婚した元お姫様」を見守る人物の口から、「姫様がに出られた」というセリフが出たときは、ピクニックか!と突っ込んでしまいました。
 余談ですが、その人物は元姫の側近と仲のよかった庶民という立ち位置の人で、私が好きな声優さんが声を当てられていたため、「やっちまった…」と、少し残念な気持ちになりました。
 音響監督とかその場にいる人たちもみんなスルーしてしまったのでしょう。
 というより、まさか脚本の段階で「の」のつもりで書かれていたとか?
 真相はやぶの中(**下記注)です。

 確かに一文字ぽこっと「野」と書いてあったら、「の」と読みたくなる気持ちもわかります。
 実際、今までお仕事でいただいた音源の中でも、そういう読み誤りが全くなかったとは言えません。

 自分だってあらゆる言葉を全く間違えないわけではないのだから、しつこく指摘やーいやーいする気はありませんが、「それを知っている・意識できる」というだけでも、実際にこの表現を見かけたり、耳にしたりしたときの構えが違ってくるかも…という期待込みで、今回ネタにしてみました。

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真相は藪の中

芥川龍之介の小説タイトル『藪の中』に由来する言葉
国語や英語の教科書で取り上げられたり、黒澤明監督作『羅生門』の“真の原作”だったりで、ストーリー自体は有名ではないでしょうか。
事件の複数の関係者の証言が食い違い、真相がよく分からない状態を指します。
作中の殺人事件が藪の中で起きたためにこのタイトルになっていますが、
「よく分からない・見えない」という状態をよりイメージしやすいためか、
音が少し似ている「闇の中」という言い回しをよく見かけます。

でも実際、「闇の中」で人をあやめるのは難しいでしょうね。

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