見出し画像

「ナルシストの彼は、憮然とした表情で声を荒げた」

 おはようございます、須恵村すえむらです。
 内職で反訳はんやく(音声→文字書き起こし)の仕事をしております。

 高校時代、主に部活(新聞部)で、「その日初めて会った人には、9時だろうが14時だろうが17時だろうが『おはよう』と挨拶する」のが慣例になっていました。

 それを聞いた部活顧問に、「それは夜職の挨拶では」と指摘されたのですが、多分最初にこれをやり始めた人が意識していたのは、芸能界などのいわゆる“ギョーカイ”だったでしょうし、「その日初めて会うのだから、1日で一番最初に使う挨拶言葉を使うのは当然」という理屈もあったので、みんなそのまま「おはよう」で通しました。
 実は私自身は、10代だった1980年代に既に「自分は時代遅れ人間オールドファッションドガールである」という自認があったため、どうもなじまなかったけれど、学校内で「こんにちは」というのも何となく据わりが悪く、「お……はよ」みたいに言っていた記憶があります。

 最近見たYou Tubeのショート動画で、「デート中、飲食店で“すみませーん”ではなく“お願いしまーす”とスタッフに声をかけた女性と、それを理由に別れた」というのがありました。

 え、むしろお願いしますの方が感じがいいのでは?と思ったら、「キャバ嬢がボーイを呼ぶときの言い方だからNG」なのだそうです。
 「実は隠れてキャバ嬢として働いているのがバレた」なのか、「キャバ嬢的なものに憧れているところがちょっと……」なのか、正直何がNGなのか、いくら考えても分かりません。よほど特殊、かつおげれつな言葉ならまだしも、そのどちらでなかったとしても使う人は使いそうだし。

 私は根本的に性格が悪いので、男性は「判断ミスで逃がした魚は大きい」、女性は「短絡的なアホと別れられてラッキー」というメシウマ展開を期待します。

さて、前置きが長くなりましたが、本日はコトバ警察的なネタです。
仕事柄、人の声と話す言葉に並々ならぬ関心がありますが、言葉の誤用や勘違いも気になってしまう方です。
「〇〇警察」という言い回しに好感が持てないため、「的な」とか言っていますが、やっていることは〇〇警察そのものなのは素直に認めざるを得ません。もう開き直るべき潮時のようです。


「ナルシストの彼は、憮然とした表情で声をあらげた」

 見出しにした短文の中には誤りがあります。訂正してください……と言われたら、どこを直す(または突っ込む)でしょう?
 私だったら次のように訂正します。

ナルシシ・・ストの彼は、憤然ふんぜんとして声を荒げた

 私の「訂正版」の方が、いやあんた何言ってんの?と突っ込まれる可能性が高いと思いますが、そもそも私、自発的にはこういう文を書かないと思います。

勘違いヤローがキレてキーキー言い出した」と言うわけにもいかない場面では、「こういう感じかなあ?」程度に書くかもしれませんが。

ナルシスト

 まずは一番最初のコレから。
 面倒くさいので、Wikipediaから引用します。

ナルシシズム(独: Narzissmus、希: ναρκισσισμός、英: narcissism)あるいは自己愛とは 自己を愛したり、自己を性的な対象とみなす状態を言う。
[中略]
転じて軽蔑の意味で使われることもある。日本語表記では、原語に正確ではない「ナルシズム」や「ナルチシズム」が使われることもある。
[中略]
ナルシシズムを呈する人をナルシシスト(英: narcissist)と言う。
日本においてはナルシスト(蘭: narcist)という言葉で浸透しているが、正しい言葉としてはみとめられていない。

Wikipedia「ナルシシズム」より

 「ナルシスト」と表記されたり発音されたりするのは、単に「シシ」とサ行が続く言い方が「口への負担」が大きくなるため、無意識に「シ」を一つ省いているのかなと勝手に思っていましたが、綴りや発音的に「オランダ語語源」ってことなのかもしれませんね。
 これはもう「日本ではこう言うの!よそはよそ、うちはうち!」で済ましてもいい段階まで浸透しているので、例えば仕事でいただいた音源で「ナルシスト」と言っている方がいても、そのまま書き起こすことがほとんどです。稀に「ナルシシスト」と言っている方がいる場合、「ナルシシスト」と書き起こした上で、メモ機能で「英: narcissist」と添えたりします。でないと、こっち(発話者及び起こしたワタシ)が間違えていることにされてしまいますし、それはそれで本意ではありません。

憮然

 まず、大きなお世話かもしれませんが、「ぶぜん」と読みます。
 3分の2が濁音なので、ずしっと重い印象の言葉になっています。
 そのせいか、それともほかの言葉との混同なのは、この言葉を「怒り」とか「面白くない、ぶすっとした感じ」で使っているのをよく見かけます。

 ここでいったん冷静になって、「憮」の字に着目してみましょう。
 「愛撫」「慰撫」などの「撫」、訓読みなら「なでる」です。
 「怒り」や「ぶすっ」を込めて撫でる、愛撫や慰撫をされるって、ちょっと怖くないですか?

 憮然の本来の意味は、「意外な成り行きに驚いたり自分の力が及ばなかったりで、ぼうっとすること。」
 また、撫の根本的な意味は以下の通りです。

 訂正文で使った「憤然」ですが、これは「りっしんべんで、つくりもこちゃこちゃしてて、ちょっと見には似ている、乱視の人だったら見間違える可能性のある文字・言葉(※体験談)を選んだにすぎません。
 つまり、訂正(置き換え)云々というよりも、「“憮然”はこの文脈で使うべき言葉でない」というだけの話です。
  「いったん落胆した後、(気を取り直して)声を張って……」という可能性もワンチャンありますが、そういうニュアンスで使うのだとしたら、何だかんだでワンクッションあってしかるべきでしょう。

彼は憮然とした顔つきになったが、その後、何かこみ上げてくるものを抑えきれず……」云々とか。

荒げる

 「あらげる」と入力して漢字変換すれば、当然「荒げる」と出してくれます。読みはもちろん「荒げる」ですし、個人的にはこれで定着しちゃってもいい……というか、既に定着しているんではないかなと思います。
 しかし、「あららげる」と入力すれば、当然「荒らげる」と変換されます。ら抜きならぬ「ら入れ言葉」ではありません。こちらが「正解」である以上、フォーマットはフォーマットとして保っておくべきではないかと思います。

言い出したらキリがない、からこそ

 言葉は生き物(実は素直に好きになれない言葉ですが……)ですから、長い年月を減る中、言い回しや読み方が変わったり、意味が変わったり、言葉そのものが淘汰され、消滅することもあるでしょう。それをいちいちあげつってもキリがないことは百も承知です。

 しかし「まだ残っているうちに」、正しくはこうであるというのを指摘することに、特に不都合もないはず。
 言葉もファッションも料理も、しっかりしたフォーマットがあってこそ崩しがいがあるというものです。これからもこんな感じの「コトバのコネタ」を書いていこうと思います。
 多分、文部科学省のこの調査がされるのも、そういう意図だと思うので。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?