人はなぜミスをするのか?
IT業界、あるいはソフトウェア開発に限った話ではありませんが、人は必ずミスをします。ミスをしない人間はいません。
他人のミスを頭ごなしに怒るような方は、おそらく神か何かなのでしょう。
人間ならば誰でも起こしてしまう「ミス」。
間違えないよう気を付けても、うっかりミスしてしまいよく怒られている
…という人も多々いるのではないでしょうか。人1人を対象に見た場合、ミスを減らすことはできても、ある人の行動や活動から確実にゼロにすることはできません。
だから、クロスチェックや第三者検証など、複数人で確認する手法などがあるのです。
しかし、ミスをミスのまま流出することなく未然に防ぐ方法(チェック手法)はあっても、そもそもミスが発生しないようにする方法と言うのは、あまり考えられていません。
ここ数年、IT業界でも『品質』に対する意識がグッと変わってきて、QA組織の強化や、テストエンジニアリングの確立が推進されてきたように感じますが、これは先の言う前者
「ミスをミスのまま流出することなく未然に防ぐ」
取組みの強化が主となる取り組みです。だから、次の工程や稼働後への成果物の品質としては非常に高くなっているのかもしれません。ですが、そもそも
「ミスを発生させにくくする」
取組みに対しては未だに無頓着なところが多く、開発中に発生する不良件数はあまり改善されていません。だから、限られたスケジュール中にかかる負担は逆に高まっている現場もあるほどです。
人がミスを犯してしまう のは、どういったメカニズムなのでしょう。
ミス(ヒューマンエラー)は、人が脳で情報処理をする過程で発生した「エラー」の結果として起こります。まず、このことを大前提として知っておかなければ、話は前に進みません。
では、脳の情報処理におけるプロセスはどうなっているのでしょうか。
<脳の情報処理過程>
(1) インプット
(2) 認知
(3) 判断
(4) 行動
人間は目や耳から受け取った情報を脳に運び(1)、
それを記憶と照らし合わせ(2)、
どう行動すればふさわしいかを判断して(3)、
行動に移しているのです(4)。
しかし、日々人間が受け取る情報の量はとても膨大です。
たとえば、車の運転中には「道路標識」「クラクションの音」など非常に多くの情報を五感で受け取っています。それと同時に、「標識を見落とす」「クラクションを聞き逃す」などのエラーもたくさん発生しており、それがミスにつながってしまうのです。
ただし、エラーが起きただけでは、ほとんどの場合何も起こりません。
たとえば「目覚まし時計をセットし忘れた」というエラーが起きても、もしも次の日、目覚ましに頼らず時間通りに起きられれば「寝坊」というミスは起こりません。エラーが起点となり、「寝坊」などの意図しない結果が起こってしまった時、エラーはミスに変わります。
人間の脳の情報処理には、どうしても間違いが出てしまいます。原則としてメモリ(記憶)を頼りにして処理してしまうことが多いため、記憶する機能が完璧でない限りは間違わないわけがないのです。
したがって、ミスはゼロにはなりません。
全ての行動および活動に対して「人はミスを起こすもの」という前提で、対処しなければならないのです。そして人はある環境に置かれるとミスを起こしやすくなり、場合によってはミスが十数倍に増えるということがわかっています。
たとえば、
(1) 経験不足
(2) 時間不足
(3) 情報が不明瞭
(4) 「マン・マシン・インターフェース」不良
(5) 情報が多すぎる
(6) リスクの認識不足
などの場合です。
まず、(1)の「経験不足」については、新入社員や転職、人事異動などによって環境が変化し、仕事に慣れていない場合が挙げられます。このケースに対する対策としては、自分から周囲に、周囲から自分に、積極的に声をかけるなどの支援が大事です。
(2)の「時間不足」は、タイムプレッシャーに押されてパニックに近い状態となり、通常の判断や行動ができなくなってミスにつながる場合です。
「予めタイムプレッシャーが強くなる時期を予測して対処しておく」
「手順書など、拠り所になるものを持っておく」
「周りに支援をお願いする」
など、前もって心づもりや周囲の協力を仰いでおきましょう。
(3)の「不明瞭な情報」は、判断エラーが増え、ミスにつながる原因となります。「適当で」「いい感じに」「しっかり」「ちゃんと」など、「指示が不明瞭だ」と思った場合は、そのままにせず確認し直しましょう。
また、自分が指示する場合には「〇日までに」「〇ページの〇行目をこのように直して」など、相手がはっきりわかるよう明確な指示を心がけましょう。
(4)の「マン・マシン・インターフェースが不良」とは、人間特性に合っていない設計のものを使っている、ということです。
たとえば、昨今では高齢者の「車のブレーキとアクセルを踏み間違える」という事故がよく起きていますが、これはブレーキ・アクセルという逆の機能を、両方「踏む」という同じ動作で設計していることが、原因の一つだとも言われています。
仕組みや設計を考える時には、人間特性にも気を付ける必要があるのです。
(5)の「情報過多」は、情報が多すぎるとかえって何が大事なのかわからなくなり、ミスにつながるということです。親切心で「あれもこれも」と情報を渡す、似たようなマニュアルがいくつもある、といったことがこれにあたります。
混乱しないよう、情報は簡潔でわかりやすいものを渡すのがよいでしょう。
(6)の「リスクの認識不足」とは、危険性の認識が足りない、ということです。
たとえば、新入社員はどの作業がどれだけ危ないかわからず、ミスを起こしてしまう可能性が高くなります。逆に、ベテランでも「自分は大丈夫だ」と慢心してしまうと、ミスの危険性を上げてしまうこともあります。
正しいリスク認識が必要なのです。
また、ミスが起きる要因としては、個人の特性よりも環境による影響が大きいと言われています。個人の心がけを見直すことも大切ですが、組織としてこのようなミスを起こしやすい環境要因を改善していくことが必要です。
ミスを極力減らすためには、しっかりと確認することです。
記憶に頼って仕事をせず「知っていても念のために手順書を確認する」、あるいは「……だろう」と決めつけずに「……かもしれない」といろいろな可能性を考えてみる、などミスが起きないよう確認するワンクッションを入れましょう。
記憶(力)に頼る
と言うのは、ミス要因のTOP3に入る最も原初的な根本原因の一つです。
たまに記憶力があって、何を聞いてもその場でスラスラと答えられる人を、『デキる人だ』と勘違いする人がいますが、決してそんなことはありません。本当にミスなくデキる人は、自分自身を含めて人の記憶力をアテにしません。
常に確認と根拠のある事実情報を元にして、判断や決断、行動を行います。
だからこそ、ミスがグッと減るのです。
記憶に頼る人であればあるほどその人の能力はひどく曖昧で、信憑性に欠けると言っていいでしょう。暗記に優れている人は、"知識"の取扱いに優れていても、"知恵"や"知能"と言った応用が利きません。
汎用性が無いために、何かを模倣することができても、何かを生み出すことはできないのです。
また、都度メモを取るのも有効です。
たとえば、電話を切った途端に上司に呼ばれ会話を挟むと、細かい通話内容を忘れてしまった……ということもあると思います。
ミスを減らすためには後回しにせず、その場でこまめにメモを取るようにしましょう。