顧客はシステムが9割完成したときに真の要求を理解する
ソフトウェア開発の世界では、お客さまが最初から「自分が何を依頼しているか」をよく理解しているというのは非常に稀なことです。
99.9%は理解されていないのではないでしょうか。
その要因の1つには「エンジニアの提案や説明がお客さま目線ではなく、自分たちの都合のいいように誘導している」ことが多いというのもあるでしょう。お客さま自身がITやITプロジェクトに疎いというところもあって、どうしても開発側のそれらしい説明を受けると「そういうなら…」と引き下がってしまうこともあります。そのせいで、後々後悔するお客様というのは後を絶ちません。
そんなことは多少経験を積んだエンジニアであれば、誰でも理解しています。
理解していて、それでもお客さまからの要望や要求が変わるたびに頭を抱えます。mustな要件であれば「No」ということもできませんしね。開発側の企業としては請求すれば/売り上げがあがれば問題なしと考えているかもしれませんが、現場のプロジェクトメンバーは修正個所の特定、影響範囲の確認、修正、類似見直し、再テスト、etc.…と様々な作業をやり直さなければなりますから大変です。
だからこそお客さまには早々に実物をイメージしやすいように誘導してあげる必要があります。そうしなければ絶対にあとで後悔します。
お客さまというのはそういうものです。システムが完成していく過程を見ていくことで、はじめてお客さま自身が自分の要求を理解することを覚えておきましょう。そして、このことをあらかじめ予測することなく、計画も準備もしなかったがために後になって修正要求が出てくることがプロジェクトマネジメントにおいて大きな問題となりがちな1つの原因になっています。
顧客の要望は最終段階に近づくにつれて大きくなる
お客さまの担当者がシステム要件を理解せずにシステム開発を依頼した場合、システムが完成に近づくにつれて徐々に理解が深まっていくことになります。何度も打ち作わせを重ねたり、プロトタイプを見て説明を聞いたりすることによって自分が欲しいもののイメージを具体的にわかってくるわけです。
このため、システムの完成が近づくと共にお客さまから、それまで提示されていなかった機能や性能について具体的な要望が表明される場合があります。
この時点になって初めて出てくる要望としては、たとえば、
「以前のシステムに慣れ親しんだ現場のユーザーから、
操作性を同一にして欲しいとの要望があったので変更して欲しい」
「実際にシステムの操作説明を受けた時、
こちらの機能も必要と感じたので、追加してほしい」
といったものがあります。
システム要件として指示されていない機能や性能は開発側では見積りに加えていませんから、これらの要求はシステムに対する新機能の追加要求となります。開発側としては追加請求対象として取り扱おうとしますが、お客さまの中には
「SOLUTIONのプロとして、開発側から提案するべきではないのか」
「業務の状況や課題を知ったうえで、それを解決するための働きかけを
行わなかった開発側に問題があるのではないか」
と言われるとかなり苦しいと思います。なぜならIT産業というのは製造業(第二次産業)ではなくサービス業(第三次産業)だからです。さらにISO 9001(QMS)などを取得している企業であれば言い訳のしようもありません。顧客満足を向上するための取り組みを行う上で「言われたことだけしかしない」というスタイルが認められないからです。
参考までに適当にチョイスしてきた富士通エンジニアリングテクノロジーズ社の品質方針では
と、ありますよね。
業界ごとに提供するサービス内容は違えど、サービス業である以上はどこの企業でもにたような顧客満足にかかる方針を掲げているはずです。ですから、ISO 9001を適用している企業に限って言えば、「言われたことしかしない」「黙ってて合意したことしか提供しない」というスタイルをとるということは、その時点でコンプライアンス違反を起こしていることになるため、通常であればそのような姿勢をとるSIerというのは存在するわけがないのです(いたら、内部通報でもしてさっさと社内の悪習を改善してしまいましょう)。
顧客がシステム要件を提示し忘れることもある
お客さま自身にとっては日常において当たり前すぎる文化や思想の場合、開発側も当然知ってくれているものと思い込んでしまうことがあります。そのせいでついつい開発側に提示し忘れてしまう事態が発生します。
このように後から条件や状況を追加提示されるのは修正要求が出されるのと同じ意味を持ち、システムの変更を余儀なくされます。
たとえば、複数のサブシステムが時系列的に連続に処理するシステムがあったとしましょう。そしてその中のちょうど中間のサブシステムB開発を依頼されたとします。
前のサブシステムAの終了時間と、後ろのサブシステムCの開始時間について何の指示もなければエンジニアは処理時間をあまり気にせずに開発します。ところが開発も佳境にはいって、サブシステムAの終了時間とサブシステムCの開始時の間が極端に短時間であることを知らされることがあります。
その場合、完成したサブシステムの処理時間が間に合わなければ作り直しになってしまいます。
また、システムの使用環境が迷うと利用できるハードウェアが迷ってくるということもあります。何の説明もなければ、エンジニアはごく普通の場所で使用すると考えてシステムを構築しますが、完成近くなってから「北海道の温度調整ができない倉庫で使う」と言われるとシステムそのものが使えないことになります。通常のパソコンは10℃以上の場所で使うことを前提として製造されているからです。
こうしたことをお客さまは「そういうもの」だと思って悪気もなくついつい伝え忘れている…なんてことも実はあったりしますが、こうした問題はシステム開発のプロとしてヒアリングし、必要な答えをすべて洗い出せるよう誘導しなければどうしようもありません。
技術革新が修正要求の原因となる
修正要求が発生する原因には、お客さまとエンジニアの関係以外に技術革新要因が挙げられます。
技術革新は目覚しいスピードで進んでいきます。
情報機器の能力は18ヶ月で2倍になるともいわれています(ムーアの法則)。
ソフトウェアも進化すれば、通信回線のスピードも高速化します。開発が長引いて、ハードのサポート期間が終了してしまったケースも見たことがあります。
しかし、一般的にシステム開発には長い期間を要します。
億を超える規模の開発となってくると年単位で開発することも珍しくありません。設計時には最新の技術を導入していたシステムも、完成してリリースする頃にはもはや時代遅れということもあります。
1年前には実現不可能と思われたことも、現在では簡単に実現できる
…なんてこともあるでしょう。
お客さまは常に「今」を見るものです。
今、ニュースで話題となっている新技術、価格を見ています。
そのため、
「コンピュータ雑誌で取り上げていたあの方法を使えばもっとうまくいくのに、
何でそうしないのだろう」
「そのくせ請求金額は高くないか?」
等々の不満が山て来るわけです。
そしてお客さまの中には、この不満を解消するために修正要求を出すこともあるのです。
しかし、完成時に最新であるシステムを設計し、出発することはできません。
なぜなら、完成時は開発開始時点から見たら『未来』にあたります。未来に起きる技術革新を、過去である開発開始時に正確に予測することはできないからです。
知識レベルや情報の獲得による顧客の意識の変化
提案時に満足したシステムに対して完成時には不満が出る、という気持ちの変化が起きる原因は技術革新だけではありません。開発期間中にプロトタイプを見たり、他の企業の情報を入手することでお客さまの情報量と理解度が増し、それにつれてシステムをより良いものにしようと要求が増えることにも原因があります。
つまり、この不満の元はお客さまのシステムに対する要求基準が日々変わってしまうことにあります。そして、そのような前提のもとで生じてしまう最も大きな問題は
不満の原因が自分の気持ちの変化にあることに気付かず、
設計に問題があったと思い込んでしまう
ことにあるのです。
満足したはすのシステムから不満への気持ちの変化
開発の依頼時点では「必要最小限の機能と性能を持つ機能」を「リーズナブルなコストで実現する」ことが多くのお客さまにとって満足する基準となっていることでしょう。
なぜなら、最新のシステムは高コストになりがちで、最新のシステムを並べたシステムはコスト面で受け入れがたい提案になるからです。
もちろん、お金に糸目をつけずに開発できる場合は、顧客の意向に沿った高機能で高性能な最新システムを設計して提案することはできるかもしれません。ですがそのようなケースは非常に稀であり、通常の顧客の予算は有限でそして必ずしも多額ではありません。
従って、SIerはお客さまの要求を正確に理解し、顧客が必要としている機能と性能を抽出し、
「リーズナブルな価格で、課題解決できる適正な機能と性能のシステム」
を提案します。そしてお客さまはこのシステムの提案に満足し、開発を委託することになります。
しかし、システム開発が始まるとお客さまの気持ちは180度変わってしまいます。
「リーズナブルな価格で、適正な機能と性能のシステム」を依頼したことを忘れ、「最新で、高機能、高性能なシステム」でないことに不満を持つようになるのです。つまり、軽自動車の価格で依頼しているにも関わらず、高級車仕様でないことに不満を持つようになるのです。
みなさんはそういう経験ありませんが「より良いもの」がほかにあると、どんなに条件を満たしていても「上には上がある」と言って際限なく欲求が膨れ上がっていく感覚です。
たとえば、賃貸物件を探していて、仮に1件目で条件を満たす物件を見つけたとします。あまりにあっさり見つけてしまうと
「もっといい物件がほかにあるかもしれない」
といってキープだけしておいてほかの物件も探したくなって来たりしませんか?それと同じです(まぁ私はまったくしないので1件目の時点で決めてしまうんですけども)。
最後に
これらは何も理不尽な話ではありません。
みなさん自身もちょっと立場が変われば一消費者として似たようなことをしているのではないでしょうか。そう考えると、会社から一歩出ると同じ消費者であろうお客さまも似たような感性で似たような考え方をするのは当然です。
「客」という立場になってしまえば大なり小なり同じようなことを考えるようになります。それを「理不尽だ」と決めつけてなんでもかんでもお客様のせいにしていては、まともなソリューションはできません。
はなから
「客の立場になれば皆一様にそういうものだ」
という自覚と覚悟があれば、あとは私たちがプロフェッショナルとしてどのようにリスクマネジメントをすればいいか、どのようにお客さまを導いてあげればいいかを検討するだけです。
何度も言うように、私たちIT企業…SIerというのはただモノを作るだけが仕事ではありません。それではビジネスとして成立しません。「ビジネスとして成立させる」ことが仕事なのだという自覚を持ちましょう。
そうでなければ、この先いつまで経ってもお客さまとの間に溝ができたままとなるでしょう。