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最高に美しい女とは / 「モロッコ」

前回のnoteで取り上げた映画「カサブランカ」の舞台から南西に300km進むと、世界遺産に登録されている港湾都市エッサウィラがある。旧称をモガドールというこの町を舞台にした傑作が映画「モロッコ」だ。
フランス外人部隊に所属するトム・ブラウン二等兵(ゲイリー・クーパー)と、ナイトクラブの歌手アミー・ジョリー(マレーネ・ディートリヒ)の恋物語という体裁をとっているものの、これはアフリカを舞台にした失楽園(Paradise Lost)である。
マレーネ・ディートリヒが男の格好をして酒場で女にキスをするなど、当時の倫理を挑発するような酒場のシーンにおいて、アミーからリンゴを買ったトムはそれを齧っていた。こんなにも明白なアダムのリンゴのシーンは他に思い当たらない。トムは劇中、過去を捨ててここに来たとアミーに語る。世の中の表舞台から逃避するトムと、富豪に求婚されるアミーという対比が、ラストシーンでのアミーの決断への伏線となっている。
富豪に求婚される女というモチーフは人類の伝統芸能である。トロフィーワイフを求める男に真摯な姿を見出せず女がどこかへ行ってしまうというストーリーは、富豪ではない多くの男がその展開を求めているからというよりも、実際ほとんどの女は富豪と結ばれてしまうという事実から生まれる。トムは己の過去さえも捨てて、アフリカの僻地で名も知らぬ女を抱き寄せている、いわば”影のある”男だ。だが、こうした影を好む女が多いこともまた事実だ。世界中の女に”本当に好きな人は誰ですか”と聞けば、旦那の名が最も多いことはないだろう。それが世の常であり、計算や妥協の世界であり、トムはそうした所から、サハラの彼方あるいは死に向かって、堕ちていく。
さて、マレーネの美しさをどう表現すれば良いのだろう、と暫し思案していたのだが、この映画に限って言えば、北斗の拳のサウザーのような女なのだ。
「退かぬ! 媚びぬ! 省みぬ!」である。
男相手に一歩も退かない度胸と、媚びない姿勢と、悩みつつも決断してトムの方へ歩いていく姿は、女サウザーと呼ぶに相応しい。
要するに、最高に美しい女は、最高に格好良い男のようだったということだ。そして、その女は映画の冒頭において片道切符でモガドールに着いたように、ラストシーンではサハラの彼方への片道切符の旅に出かけたのだ。見事な悲劇である。

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