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アタァ!の様式美 / 「イップ・マン」シリーズ

アタァ!といえば北斗の拳やブルース・リーであり、武術はアジアの代名詞にもなっているが、その源流の一つともいえる詠春拳は広東省を中心に伝承されていた。限られた弟子にしか伝わらなかった拳法を香港で広めた男が葉問(Ip Man)であり、この男が若き日のブルース・リーの師匠である。ちなみに、葉が故郷の佛山市を離れて香港へ逃れた理由は、支那事変と国共内戦だった。
2008年の映画「イップ・マン 序章」は、ドニー・イェンが葉問を演じた現代の"カンフー映画"だ。アメリカの西部劇や日本のチャンバラと同じである。
あらすじもヘッタクレもなく、佛山市に日本軍が現れ、空手の有段者である三浦という軍人と一対一で勝負するという、バカげた108分である。
こうした映画が爽快なのは、思わせぶりな演出も文学作品からの引用もなく、アタァ!だけで楽しませると割り切っているところだ。香港映画はいろんなジャンルにわたって多くの傑作があり、ハリウッドに影響を与えた作品も少なくないのだが、歴史と伝統あるカンフー映画はアタァ!のみである。
実際の葉問は支那事変から続いた戦乱によって娘を失ったり、可哀想な人生の一幕もあったのだが、この映画は葉の武術家としての姿をテンポよく描いていて、続編が次々と作られたことも頷ける娯楽作品である。
日本は大陸からの影響を多大に受けてきた国なので、やはり武術の伝統すなわち"達人"の強さを表現することに注力してきた。眠狂四郎や柳生十兵衛など、圧倒的な強さに対して観客は喝采を送ってきた。水戸黄門の助さん格さんもそうである。しかし欧米は"達人"という技術よりも、主人公の生き様を描く。西部劇の趣旨は主人公たちのガンマンとしての腕ではなく、なぜ撃つのか、なぜ襲うのか、というストーリーに重きを置いている。だから黒澤明は評価されたのだ。いくら神速で刀を抜く主人公がいたとしても、いずれ老いて死ぬのだ。それなら、なぜ抜くのかということを描く方が品がある。
「イップ・マン 序章」はこのような"なぜ"をできる限り劇中に取り入れて撮られた作品である。アタァ!に終始することに違いないのだが、合間のセリフなどで悩める葉問の胸の内を表現しようと努めている。伝統に則ったカンフー映画でありつつ、少し"現代的"でもある。たまにはこういう映画で気分転換するのもいい。

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