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不正に立ち向かう男こそヒーロー / 「ダーク・ウォーターズ」

主演をすることはあまりないものの、マーク・ラファロは良い俳優だ。「コラテラル」「ゾディアック」「シャッター アイランド」など、多くの名作で助演を務め、最近では2015年の映画「スポットライト 世紀のスクープ」と、2023年の「哀れなるものたち」での演技でそれぞれアカデミー助演男優賞にノミネートされている。まだ受賞していないことがおかしいくらいだ。
マークが2019年に主演した「ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男」は、化学企業デュポンの不正を暴くという、いかにも興行収入を見込めなさそうな地味な映画だったものの、マークの演技が光っていた。こういう社会問題を取り上げた映画こそ、鑑賞した後に観てよかったと思う作品だ。
原作となったもともとの話は2016年にニューヨーク・タイムズ・マガジンに掲載された記事だった。1998年、シンシナティの大手法律事務所に務める弁護士のロバート・ビロット(マーク・ラファロ)が、ある農園主から牛の不審な大量死について相談を受けるところから物語が始まる。初めは気乗りしないロバートだったが、やがて農場に隣接するデュポン社が有害な界面活性剤(ペルフルオロオクタン酸)を廃棄し、それを隠蔽していることに気付く。不正を認識しているデュポン社による嫌がらせにも負けず、訴訟を一件ずつこなしていくロバートは家庭での居場所も失っていくーー、という、まさしくノンフィクション・フィクションである。カーチェイスも大爆発もないかわりに、一人の弁護士の熱心な姿だけを撮っている。
マーク・ラファロは父親がイタリア系、母親がフレンチ・カナディアンとイタリア系なので、いわゆるイタリア系俳優である。この民族は観客の注意をスクリーンに留めておくことができる稀有な人たちだ。見られることが得意なのだろう。
ハリウッドの映画にはこうした"巨大企業の不正とたたかう主人公"の作品が少なくない。政府や軍と並んで大企業もまた巨大な敵ゴリアテである。弱きが強きをやっつける、というモチーフが神話にある民族はそうした倫理も心の片隅に併せ持っている。この列島に現存する神話といえば「天皇だから偉い」「言うことを聞かないから討伐する」ばかりで、"勝てば官軍"メンタリティ全開である。戦後に東証一部上場企業がどれだけ入れ替わったか思い出してみればいい。実に性格の悪い民族だし、だから大問題が起きても禿げた頭を下げて再発防止に取り組むといえば誰も逮捕されない。問題などないかのように過ごすことと、問題がないことは全く次元が異なるのだが、日本人は大企業を崇拝しているので仕方ない。こうした映画が日本で作られることは当分ないだろう。
本作はティム・ロビンスやビル・キャンプなど、実力ある俳優が脇を固めている。ビル・キャンプなんて全ての映画に出演しているんじゃないかと錯覚するほどだ。しかし、マーク・ラファロの妻の役だったアン・ハサウェイだけが映画の世界で一人だけ学芸会をしていた。見栄えのする顔には違いないのだが、見開いた目とグラスゴースマイルのせいで、3秒後には化け物に変化するんじゃないかと勝手にハラハラしてしまう。こういうアタマの薄そうな顔は「プラダを着た悪魔」で常に右往左往するアンディのような役が似合う。言い換えると、そうした役しか合わない。173cmの長身なのでキャットウーマンのコスプレは似合っていた。
妻の役をルーニー・マーラかリース・ウィザースプーンあたりが演じて、もう少し明るい色調で撮ればもっと評価される映画になったかもしれない。
しかし、これはなかなかの佳作である。

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