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【超解説】 "復讐"する映画の元ネタは「モンテ・クリスト伯」

ヨーロッパの文学において重要な要素は"犠牲"と"復讐"である。それはキリスト教という宗教の影響であり、「オデュッセイア」などの古典から続く伝統でもある。映画や小説など最近の文化において、復讐という物語のお手本となっているのがアレクサンドル・デュマの小説「モンテ・クリスト伯」だ。この列島では黒岩涙香によって「巌窟王」という名で紹介されていて、僕も子どもの頃にイラスト付きの本を読んだ記憶がある。ハリウッドなどの映画では、この作品を下敷きにしたものが多いので、超解説しておく。今後映画を観るときに、これはモンテ・クリスト伯だ、と気付くことがきっとあるはずである。
あらすじは簡単だ。主人公はエドモン・ダンテス(Edmond Dantès)というマルセイユの船乗りである。エドモンには婚約者メルセデス(Mercédès Mondego)がいる。さて、エドモンのメルセデスとの婚約と、船長への昇進を妬むフェルナン・モンデゴ(Fernand Mondego)というメルセデスの従兄弟によってエドモンはハメられ、逮捕されて14年間もマルセイユの沖に浮かぶイフ島のシャトー・ディフで獄中生活を送る。ところが、隣の独房に投獄されていたファリア神父(Abbé Faria)というイタリアの老人によってエドモンは様々の知恵を授けられ、また財宝の在処を託される。かくして脱獄に成功したエドモンは莫大な富を手にしてイタリアの貴族"モンテ・クリスト伯爵"となり、パリの社交界へ出向いてかつて自分をハメた人物たちに復讐していくーー、というストーリーである。
この筋書きや登場人物の名前は数多くの映画でオマージュされていて、以前にこのnoteで取り上げた「Vフォー・ヴェンデッタ」でも主人公の V のお気に入りの映画としてモンテ・クリスト伯が挙げられていた。あの映画そのものも復讐(vendetta)の話である。
さて、「モンテ・クリスト伯」が最も効果的に使われていた映画といえば1996年の映画「スリーパーズ」である。この映画は、公開の前年にロレンゾ・カルカテッラという物書きが出版した同名の本が原作になっている。出版に際して著者が映画の制作会社に原稿を送ると評判になり、映画化の権利をめぐって多くのスタジオの争奪戦になった。出版から映画化まであっという間だった作品である。
あらすじはやはりシンプルで、ある4人の子どもたちがイタズラをしたところ思わぬ事故になってしまい、少年院に送られる。ところがそこで少年たちは、ある看守(ケヴィン・ベーコン)によって性的暴行を繰り返し受けることになる。また、知り合いの少年が看守たちによって殺害されたことも知る。やがて少年たちは出所するのだが、その数年後、4人のうちの2人(ギャングのメンバーになっていた)が性的暴行をはたらいていた看守に偶然出会い、射殺してしまう。残りの2人は新聞記者と地方検事(ブラッド・ピット)だったので、この2人を無罪にしようと画策するーー、という話である。
この映画の中で「モンテ・クリスト伯」は少年が獄中で読む本として使われ、また秘密の合言葉としてエドモンという主人公の名も使われている。ロバート・デ・ニーロが演じたボビー神父はまさしくファリア神父の役回りである。
ところで、容疑者たちを無罪にするべく雇われた呑んだくれの弁護士をダスティン・ホフマンが演じているのだが、どこからどうみてもアル中のオッさんにしか見えず、さすがの演技力であった。
この映画の原作ではニューヨークの少年院や教会が実名で登場し、少年院が"そのような事実はない"というコメントを出すなどちょっとした騒動になった。著者のカルカテッラは、人名や場所を少し変えただけで全て事実とコメントしている。アメリカは男への性的暴行という暗部を常に抱えている。
映画「スリーパーズ」は実話に基づく話なので、ハッピーエンドとはならなかった。ハリウッドはこうした社会問題を扱う映画をたくさん作っている。それがアメリカという国の強さだ。映画というメディアが娯楽だけでなく教育としても機能しているし、観客の方も娯楽だけを求めているわけではない。僕が日本列島の"アニメ中心"が嫌いなのは、アニメはけっきょく現実の問題を扱わないからである。どこか架空の世界でキャラクターが喜怒哀楽だけを表現していても、人間の抱えている問題に触れることは決してない。大人がハリー・ポッターを観ている場合ではないのだ。

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