原作にグッドバイ / 「ロング・グッドバイ」
ちょうどゴッホやピカソが唯一無二の絵画を仕上げたように、撮りたいものが心のなかで見えている監督は、その人にしか作ることのできない映像を完成させる。たとえばスタンリー・キューブリック監督は、原作の「シャイニング」を大きく変更してあの名作を作り上げた。"一匹狼"などと渾名されたロバート・アルトマン監督は1973年、レイモンド・チャンドラーの「長いお別れ」を題材にして「ロング・グッドバイ」を発表した。
まず、この映画は原作をほとんど改変しているが、素晴らしい出来である。主人公のフィリップ・マーロウを演じたエリオット・グールドの当たり役だろう。どこか気怠い雰囲気を醸し出すグールドの演技は、ヒッピー文化が盛んな1970年代のロサンゼルスによく似合っていた。ちなみに、原作では1940年代であり、マーロウはグールドのようにダラダラした人物として描かれていない。
また、劇中に登場するアルコール中毒の作家ロジャー・ウェイド(スターリング・ヘイドン)がどこからどう見てもヘミングウェイを模した人物であることも、映画らしい遊び心である。
当時は New Hollywood の全盛期であり、「スティング」「セルピコ」「スケアクロウ」「エクソシスト」などが同期の映画に当たるのだが、アルトマン監督の「ロング・グッドバイ」はどの映画よりも"アメリカ"を批判している。マーロウの隣に住むのは常にヤクでラリっているヒッピーの若い女たちであり、イタリア系のマフィアたちを知恵遅れの人物として撮り、マリブの豪邸に住む人たちはどこか狂っているように描かれている。アルトマンが当時のアメリカを嫌悪していたことがよく伝わってくる内容である。
また、原作のあらすじを大幅に変えているものの、アルトマンの映画の方がよく出来た筋書きである。ほとんどの観客は予想を裏切られることになるだろう。
難解などと言われることの多いアルトマンの作品の中では、「ロング・グッドバイ」がもっとも鑑賞しやすい作品の一つである。
ちなみに、アルトマンは原作を大胆に変更したことについて、こう述べている。
「チャンドラーのファンは僕の性根が気に入らないだろうけど、(中略) 知ったこっちゃないね」
天才とは常に独走しているのだ。