愛だろ、愛 / 「ラブ・アクチュアリー」
というわけで、前回の記事でせっかくヒュー・グラントを取り上げたのだから、2003年のクリスマス映画「ラブ・アクチュアリー」について書きたい。この作品は20周年を記念して4Kデジタルリマスターが12月6日から劇場公開されるそうなので、ちょうどいいタイミングだろう。
この映画がとにかく良かった点は、誰かを愛すること(love)というテーマを一貫していたことだ。落ち込むシーンは無く、それぞれの登場人物たちが愛を成就させたり、告白したいことをちゃんと伝えることができたり、とにかく微笑ましいシーケンスの連続である。これは2003年という年にイラクへの侵攻があったことと無関係ではない。イギリスも含めていわゆる西側諸国の政府は shock and awe (衝撃と畏怖)などと物騒な標語を掲げ、世間は殺気だっていた。映画の冒頭で、9.11テロの犠牲者たちは皆だれかに愛を伝えていた、というデイヴィッド(ヒュー・グラント)によるナレーションが流れるように、本作は観客たちに love を愚直に伝えようとしている。
この映画の監督はリチャード・カーティスである。「Mr.ビーン」の脚本家として名を揚げ、「ノッティングヒルの恋人」や「ブリジット・ジョーンズの日記」でも脚本を担当していたコメディの得意なニュージーランド人だ。「ラブ・アクチュアリー」にはイギリスを代表するたくさんの俳優/女優たちが出演し、それぞれのカップルのストーリーを次々に追いかけていくという、俗にアンサンブル・キャストと呼ばれる手法が使われている。僕の記事をよく読む方はご存知だろうが、この方式は"興行収入がひどいことになる"という定説があるのだが、本作はなんと大ヒットを記録した。それは間違いなく、全てのストーリーが愛だからである。
そしてカーティス監督も"編集が大変だった"と後に吐露したように、この映画はなんと物語に登場する10組の人物たちが、それぞれ実は知り合いなどの関係で繋がっている。これは映画をずっと観ていくとだんだん分かるようになっている。この仕掛けはハリウッドのPTAことポール・トーマス・アンダーソン監督が1999年の映画「マグノリア」で試みたのだが、良い映画にもかかわらず興行収入が振るわなかった。やはり10組、正確に言うと9組とルーファス(ローワン・アトキンソン)による love の連続は強い。
ヒュー・グラントは本作で若きイギリスの首相デイヴィッドを演じている。もともとヒュー自身が良家の出身なので、こうした役は実に似合う。首相官邸のスタッフのナタリーに恋をして、官邸のなかでダンスをしたり、ロンドンの下町までナタリーを訪ねたり、微笑ましい男を演じている。劇中で来賓のアメリカ合衆国大統領に対して毅然とした対応をするところが描かれていたが、これは当時のイギリス首相トニー・ブレアがイラク戦争を強く支持していたことへの皮肉である。
僕は本作のなかでは、ヒューを除けばリーアム・ニーソン演じるダニエルの話が好きだった。義理の息子サムが片思いしているジョアンナに告白するよう勇気づける良き父親をリーアム・ニーソンはうまく演じていた。シリアスな役を担当することが多い俳優だが、こうした役も似合う。
イギリスの有名な俳優たちが愛を伝えるために勢揃いしたような映画である。誰にでも薦めることのできる、くどさのないラブストーリー集だ。
なお、リチャード・カーティス監督は2009年に有名な俳優たちを集めて「パイレーツ・ロック」というロック音楽の精神を観客に伝えるような名作を撮ったのだが、こちらの興行収入はひどいことになった。愛はもちろん強いのだが、こういう映画ももっと評価されて然るべきだと思う。