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オール・ザ・プレジデント・メン / 「大統領の陰謀」
「オール・ザ・キングスメン」で描かれたような、強力な権力者がどのようなことを招くかという好例がウォーターゲート事件だろう。ウォーターゲートビルに入居している民主党全国委員会(DNC)のオフィスに不審な男たちが不法侵入したことに端を発した本件は、2年後にニクソン大統領の辞任という事態にまで発展した。この事件を当初から取材し、ワシントン・ポストの紙面上で追求していた2人の記者を主人公にした1976年の映画が「大統領の陰謀」である。この映画の原題は All the President's Men だ。「オール・ザ・キングスメン」のキングをプレジデント(大統領)にかえて、ウォーターゲート事件の周辺人物がことごとくホワイトハウスの関係者だったことを揶揄している。バカな邦題のせいで脱落してしまう情報が多すぎる。「オール・ザ・プレジデント・メン」で構わない。
さて、本作はボブ・ウッドワード記者を演じたロバート・レッドフォードの製作会社がプロデュースした作品である。相棒であるカール・バーンスティーン記者の役にダスティン・ホフマンを迎えて、三面記事になるところだった不法侵入事件がどのように全米を揺るがす騒動に発展したのか、その経緯を描いている。レッドフォードは良い作品にたくさん関わっている俳優である。二枚目でありつつ、世の中の問題にとても関心の高い人物なのだろう。
ウォーターゲート事件について知らない人でも、本作を観ればなんとなくあらすじは把握することができるだろう。記者に焦点を当てている作品なので、謎解きのように鑑賞することができる。2015年の映画「スポットライト 世紀のスクープ」や2017年の映画「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」のように、取材の現場ではなく新聞社の社屋を舞台にしてしまうと実に退屈なのだが、「大統領の陰謀」では暗い駐車場でウッドワード記者が決定的な情報源"ディープスロート"に会うシーンなど、観客も一緒になって取材をしている気分になる。
なお、当時のFBI副長官だったマーク・フェルトが2005年に自ら"ディープスロート"であったことを明かして話題となった。ニクソン政権がCIAやFBIにも影響力を行使し、暗闘が行われていたことが暴露され、三権の分立を重んじているアメリカを羨ましく感じたものだ。我が国の司法はご覧の有り様である。とはいえ、マスコミが機能しない構造になっているので、ほとんどの国民は司法よりも箱根駅伝に詳しいだろう。
本作はアカデミー賞の作品賞にノミネートされていたものの、ロバート・デ・ニーロ主演の「タクシードライバー」や本作を押し除けて作品賞を受賞したのは「ロッキー」だった。これは仕方がないだろう。
他にも「ネットワーク」や「鏡の中の女」「キャリー」などが同期である。本当に近頃の映画はレベルが落ちた。これは監督や脚本家よりも観客のせいだと僕は思っている。