絡み合う人生を撮るための手法 / 「21グラム」
前回の記事において並行物語(複数の物語を追いかける映画)という単語を編み出したついでに、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の2003年の映画「21グラム」について書いておきたい。イニャリトゥ監督はデビュー作「アモーロス・ペレス」から「21グラム」「バベル」と3作続けて並行物語を撮っている。特に「21グラム」は、なぜ並行物語として撮影する必要があるのか、という理由を観客に見せつけるような力作である。この映画がイニャリトゥ監督にとってのハリウッドでのデビュー作に当たる。
本作は、心臓移植という出来事をめぐって、3つの物語が進行する映画だ。敬虔なキリスト教徒として生まれ変わったジャック(ベニシオ・デル・トロ)が、ある日交通事故を起こしてしまい、クリスティーナ(ナオミ・ワッツ)の夫と子どもを殺してしまう。その夫の心臓を受け取ったのが大学教員のポール(ショーン・ペン)だ。「21グラム」はこの3人の人生が事故によって絡み合う様子を撮っているのだが、イニャリトゥ監督はこの3人の人生をいちいち時系列に撮るという眠たい編集にはしなかった。心臓移植によって互いの人生がぶつかり合うことの意義を強調するように、事故の前と後のシーンを行き来する。こうした往来によって、事故がそれぞれの人生に与えたことの大きさがより伝わるようになっている。伝えたいことが監督のなかでハッキリ見えているからこそ、このような処理をしても映画はバラバラになっていない。時系列に沿わずにストーリーを語る手法(nonlinear narrative)は、下手くそが撮ると「オッペンハイマー」のようにひどいことになる。つまり、映画の焦点が見えている監督だけが上手く仕上げることのできる手法だ。ノーラン監督(と弟)は少なくともADHDであろうから、物語の焦点なんてハナからない。
「21グラム」は映画の初心者にも薦めることのできる力作である。見たシーンを10分後には忘れてしまうような人以外は楽しめるはずだ。
デビュー作の評判が良かったイニャリトゥ監督のハリウッドデビュー作なので、豪華な俳優たちが出演している。ベニシオ・デル・トロは前回の記事で紹介した「トラフィック」に続いて並行物語に出演したことになる。2001年の映画「マルホランド・ドライブ」で一気に開花したナオミ・ワッツは本作でも熱演しているし、ショーン・ペンは相変わらずダンディで演技力がある。ショーン・ペンは同年に公開された「ミスティック・リバー」にも出演していて、そちらがアカデミー賞の作品賞の候補になったが、「21グラム」は候補にすらならなかった。「トラフィック」といい、アカデミーの会員は並行物語が苦手なことをよく表している。