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アメリカはインチキを信じている / 「ビッグ・アメリカン」

ハリウッドで"異端児"とか"反ハリウッド"などと呼ばれていたロバート・アルトマン監督の作品には、"なぜ、みんなはデタラメを語るのか"というテーマが通底している。それが戦争の内実であれ、英雄譚であれ、人びとがデタラメをでっちあげて物語る様をずっと問題視していた。1973年に監督した映画「ロング・グッドバイ」でも、主人公フィリップ・マーロウを気怠い雰囲気の男に変えて、ヒッピーやマフィア、郊外に住む有閑階級の人たちなど、"アメリカ的"なものへの嫌悪感を隠さずに撮っていた。

1976年の映画「ビッグ・アメリカン」(原題は Buffalo Bill and the Indians, or Sitting Bull's History Lesson)では、アルトマン監督は「西部」や「バッファロー・ビル」そして「インディアン」を巡るデタラメを撮った。バッファロー・ビルことウィリアム・コーディが19世紀の末にアメリカやヨーロッパを巡業した Wild West という興行を舞台にして、いかに人びとがインチキを信じ、楽しみ、語り継いでいるか、その様子をコメディのようにじっと撮影した挑発的な映画である。
本作においてバッファロー・ビル(ポール・ニューマン)は、カツラをいつも付けているホラ吹きの小心者として描かれ、西部での華々しい経験などほとんどない詐欺師のような男だ。この設定はコーディの実情に近い。そして、コーディを興行主として育て上げた実在の作家ネッドも登場し、コーディに煙たがられている。ネッドを演じたのは前回の記事「地上より永遠に」においてウォードン曹長を演じた名優バート・ランカスターである。他にもハーヴェイ・カイテルやシェリー・デュヴァル、「カッコーの巣の上で」でチーフを演じていたウィル・サンプソンなど、多くのスターが出演している。
映画はシンプルな構成である。自分を大きな存在に見せることばかり気にしているバッファロー・ビルが、Wild West という興行を作り上げる過程をじっと見つめているだけだ。イエスマンに囲まれ、銃もろくに撃てず、インディアンに史実とは異なる展開の劇を演じてくれと頼み、そして Wild West を観に来た客は喝采を浴びせ、これが「西部」で起きたことなのだと喜び、ついにはアメリカ大統領まで観劇にやってくる。しかしアメリカ大統領もまた、日常会話すら側近に耳打ちされないと進まないほどの無能として描かれている。
アルトマン監督はスターを集めてこういう映画を撮っていたせいか、1990年頃まで制作費もろくに集まらないほど"干され"てしまう。しかし、本作はベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞している。アルトマン監督が映画を通じて表現したかったものとは、"みんなはインチキを語っている"という社会への批判だった。朝鮮戦争やベトナム戦争をはじめとするアメリカの"物語"がデタラメであることへの怒りがあっただろう。「ビッグ・アメリカン」においても、インチキを語らなかったのはインディアンだけである。言い換えれば、白人の語るストーリーはウソばかりというメッセージが込められている。
ポール・ニューマンは小心者のバッファロー・ビルを見事に演じていた。リベラルとして有名な俳優だったので、こういう映画には喜んで出演したのだろう。

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