主役がベンのエンタメ / 「ペイチェック 消された記憶」
おそらくアメリカで最もアイディアに富む物書きだったフィリップ・K・ディックは、1953年に Paycheck (邦題は「報酬」)という短篇を発表した。Paycheck とは給与の支払いのための小切手のことだ。これは記憶を消された男が、消去された期間に自らへの報酬を断るなど不可解なことをしている謎を追いかける、という筋書きの話である。
この作品を吳宇森(ジョン・ウー)監督が2003年に映画化したものが「ペイチェック 消された記憶」だ。なお、本作の前年には、スピルバーグ監督がディック原作の「マイノリティ・リポート」を発表している。
ディックの小説が多くの人に評価されるキッカケとなった映画は「ブレードランナー」と「トータル・リコール」だろう。あまりにもアイディアが革新的すぎるあまり、ディックの小説は評価されるまでに時間を要してしまった。
さて、「ペイチェック 消された記憶」はよく出来た娯楽である。難しいことを考えず、118分楽しませてくれる。コンピュータのエンジニアを務める主人公マイケルはベン・アフレックが演じる。ヒロインのレイチェルがユマ・サーマン、敵対する社長の役がアーロン・エッカートと、馴染みの面々が登場する。
吳宇森監督はアクションを撮りたくてたまらない性格らしく、とにかくバキューンや、バイクでの逃走シーン、格闘劇、そして"お約束"の白いハトなど、ディックの小説が原作とは思えないほどスクリーンの中は賑やかである。
これはエンターテイメントなのだから、ベン・アフレックがコンピュータのエンジニアには見えないとか、ユマ・サーマンが生物学者という設定に無理があるとか、そういう野暮なことは言いっこなしだ。国際線の機内でボーッと眺めるのに最適な映画の一つだろう。主役がフリーランスの男なので、「ミッション:インポッシブル」シリーズよりも主人公を応援しやすい。SFではあるものの、吳宇森監督らしいドンパチの映画だ。
もともと吳宇森監督は「男たちの挽歌」で脚本を務めたように、台本も書くことができる映画監督なのだが、その後はヒット作に恵まれず、「フェイス/オフ」や「ミッション:インポッシブル2」などの作品では監督のみである。華やかに撮影することが得意な監督として活躍し、久しぶりに脚本を書いた「レッドクリフ」が5時間もの大作になってしまい、PART Ⅰ と PART Ⅱ に分けることになったというお茶目な男である。
気軽に楽しめるSFである。機内などでどうぞ、と薦めたい。