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バカのせいで台無し / 「現金に体を張れ」

スタンリー・キューブリック監督がまだハリウッドで映画を撮っていた1956年に、The Killing という題名の作品を発表した。今日ではフィルム・ノワールの傑作の1本として数えられている映画だが、The Killing を「現金に体を張れ」という邦題にしようと決めた者も、それを認可した者も、頭がどうかしているだろう。
本作は実にテンポよく、84分で犯罪の顛末を描いている。若きキューブリック監督のセンスを垣間見ることのできる映画だ。なお、犯罪映画ではあるものの、銃撃戦も爆発もない。主人公のジョニー(スターリング・ヘイドン)をはじめとする一味が競馬場の売上金を緻密な計画によって穏便に奪おうとする物語である。
ところが、キューブリック監督は大量生産されるようなフィルム・ノワールにはせず、後の作品にも繋がる独自のテーマを本作に持ち込んでいる。
フィルム・ノワールに欠かせないファム・ファタール(運命の女)は本作においてシェリーという名の人妻なのだが、このシェリーは"金の亡者"であることを隠しておらず、"若い不倫相手と金を持って逃げようとしている"という、堂々とした性悪の人物として描かれている。そして、そんなシェリーの愛を売上金の分前によって得ようとしている旦那ジョージは、完全に頭のうすい男として造形されている。主人公ジョニーによる綿密な作戦は、このジョージの"バカ"のせいで崩れていくことになる。ゆえに、本作は犯罪映画というよりも、バカがいかに迷惑かということを描く84分である。The Killing を「現金に体を張れ」と訳した者と、それを許可した人たちは後世の映画ファンたちに多大な迷惑をかけている。
さて、こうした物語の設定はキューブリック監督の作品に通底しているものであり、本作の翌年に公開された「突撃」(原題は Paths of Glory)でも、主人公のダックス大佐(カーク・ダグラス)はバカな命令によって頭を悩ませている男だった。

キューブリック監督はイギリスへ渡って「ロリータ」を撮って以降、テーマをバカよりもさらに広げて"頭のおかしい者"、すなわち狂気を撮るようになった。つまり、キューブリック監督の映画は一部の例外を除いて、知性を扱っている。それこそが人類をバカな戦争や虐殺に駆り立てたものだからだ。
本作に主演したスターリング・ヘイドンは、キューブリック監督の1964年の映画「ストレンジラブ博士」において、陰謀論に没頭しているリッパー准将を演じた。あるいは「ゴッドファーザー」に登場するニューヨーク市警のマクラスキー警部として記憶している人もいるだろう。僕はロバート・アルトマン監督の1973年の映画「ロング・グッドバイ」での風変わりな作家ロジャー役が印象に残っている。このように、俳優に注目して映画を眺めてみても楽しい。
ちなみに、クエンティン・タランティーノ監督は「現金に体を張れ」が「レザボア・ドッグス」の元ネタであると明かしている。

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