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down the river 第三章  第一部〜不浄⑩〜

「迫島と完全に決別したよ。完全にね。さと美の事が大好きだったんだよ、ヤツは。」

浦野が出してくれた冷たい水を飲みながらユウは聞いてもいない事を話し始めた。
浦野はユウの台詞を聞いても何の反応も示さない。

「なぁ、さと美、何とも思わない?」

キッチンから戻って来た浦野に改めてユウは質問した。

「思わないよ、私は。」

浦野の素っ気ない反応にユウはニヤニヤしながら追撃をした。

「そうか、でもこないだはそれを聞いて興奮してたじゃん。そんな思いを知りながらその友達から犯される…最高よって、涎垂らしながら喜んでたじゃん?」

浦野はユウが座っているベッドの下に腰を下ろすと、無言でユウの内腿に手を這わせた。
浦野は細身のジーンズに、肩紐が太めのキャミソールを着ており、髪は結っておらず下ろしている。
蒸し暑い気候で汗をかいているのか、チラチラと垣間見える脇が湿っておりその水分が照明に反応し艶めかしく輝いている。
そしてその湿地からは華やかで、恥じらいに満ちた女の香りが放たれ、ユウの脳を直接刺激していた。

「な、なんだよ、さと美。また犯されたくなったの?」

「新田くんは女の言ってる事の全てが真実だと思ってるのね。つくづく子ども…。」

ユウはギョッとして膝下で自分の内腿を擦り、艶めかしい表情で男を欲しているであろう雌の顔を見つめた。

「なんだ?どういう事?」

「私を見てきて、私を抱いて、犯して、散々大人の女を味わったのに何にも分かってないのね。迫島くんの思い?その思いを知りながら?申し訳無いけど何にも感慨深さは感じないわね。」

「さ、さと美?ど、どうした?どうしたんだ?」

「抱きに来たんじゃないの?今日は違うの?話だけ?」

「話だけ…だ…。迫島の…話…を…」

強気に出る浦野は凄い迫力だ。
ユウが浦野へ勝手に持っていた小柄で元気で、可愛らしい大人の女のイメージがガラガラとシャッターを閉める様な音を立てて崩れていく。
ユウがすっかり萎縮してしまっていると、浦野は急に立ち上がりジーンズを脱ぎ始めた。

「お、おい、さと美…。」

浦野はジーンズをベッドへ脱ぎ捨てると、真っ白なレースで大きめのリボンが付いた下着が露わになった。
浦野は更に下着も脱ぎ去るとユウの反応を待たずして四つん這いになり尻を向けた。
性器も臀部も全てが見える体勢だ。

「見て。」

浦野は丸見えの秘部を更に突き出した。
そこから立ち上る、僅かに酸味を感じる雌の匂いがユウの反論する能力をジワジワと奪っていく。

「い、言わなくても見える…見えちまうよ…。」

「新田くん、女はね、ここでも、ここでも、ここでも嘘をつくの。」

浦野は口、性器、臀部を順番に人差し指で差しながら説明を始めた。

「新田くん。つまり、私はこの身体全てを使って新田優という人間に嘘をついてたってこと。新田くんを喜ばせる為にね。いや、調子に乗らせる為…かな?」

「お、おい、さと美…。」

ユウは予想もしていなかった展開に目をパチパチしながら戸惑いを誤魔化した。
 
「新田くん。もうこの関係は終わり。結婚式の準備も忙しくなる。昇格の試験も控えてる。」

「お、終わ…」

「そう、終わり。いずれ終わる関係だと理解して私を抱いていたんじゃないの?違う?私はそう言ってあったけど。」

「そ、す、す…そうだけど…」

「最後に気持ち良くなっていく?いいよ?今、ここ使っても。」

浦野は自らの性器に人差し指をヒタと当てて、ユウに顔を向けた。

「止めろよ。履いてくれ!これを!」

「はいはい。」

怒鳴るユウを相手にせず、浦野は淡々と体勢を戻し下着を履いた。

「覗いてたでしょ?私とたっくんがエッチしてるとこ。」

浦野は下着姿のまま再びベッドの下、ユウの膝下に腰を下ろしながらユウの顔を覗き込んだ。

「…え?」

「たっくん…あぁ彼氏よ。私の、婚約者。新田くん、前に窓開けてエッチしてる時に裏の景色をぼんやり眺めてたよね。覗かれちゃうんじゃない?とか言って外を気にしてたでしょ?」

「な、な…そうだけど…」

「裏の団地にはほとんど人は入っていないって私が言ったら目つきが変わったよね、新田くん。その頃から企んでたんでしょ?私とたっくんのエッチを見てやろうって。」

浦野の顔から僅かに残っていた笑みが消えた。
その表情を見たユウの顔から血の気が引いていく。
そして浦野は恐ろしく冷たい表情で再びユウに話し始めた。

「そして泣き叫びながら…逃げ帰った…と。私を✕✕✕を擦る道具としか思っていなかったんじゃないの?新田くん。それなのにあんな大声で泣き叫びながら走って帰るとかどういう事?私は最初に言ったよね?婚約者がいる、私を抱くのは期間限定、私が終わりと言ったら終わり、でもその間はこの身体を自由にしていい、丁寧に説明したはずだけど…。あなたは頑張った。私の出世への足掛かりとなるべく本当によく頑張ったと思うわ。私はその対価を身体で支払った。そしてあなたはたっぷりその対価を味わったはず。」

「ま、ま、待ってくれよ、さと美…。全部演技?嘘?」

「そう。当たり前でしょ?まさか本気にしてたの?」

ユウはベッドから腰を上げ、浦野を睨み付けた。
憎悪がユウを黒く染め上げていく。

「本気にしてたわけじゃない!ただ!ただ…。」

ユウが言葉に詰まっていると浦野はゆっくり立ち上がりユウの目を舐める様な目つきで見つめてきた。

「ただ?なぁに?」

浦野は虚ろな笑みを浮かべると両腕を横に上げた。
そして勝利を確信したかの様な、ゴールテープを切るスプリンターの様な恍惚の表情で天井を見上げた。

「ただ…。」

「なぁに?説明出来ないの?」

「…。」

「じゃあ先生が説明してあげる。」

浦野は同じ体勢のまま話し始めた。

「あなたは私を何度も抱いてる間に私を支配していると勘違いをし始めたの。私があなたに奴隷みたいで興奮するって言っていたのもそう仕向ける為。わかる?」

ドクンとユウの鼓動が大きくなっていく。

「あなたに献身的に尽くしたりお茶を飲ませたり、こうして何の連絡も無しで来るのを咎めずに、身体で奉仕を続けたのもそういう事。散々勘違いさせてからそれを崩してしまったら…私はそこに興味を持ち始めたのよ。そんな時、あなたはノコノコやって来た。私とたっくんが愛し合ってるところを見物しにね。だから思い切りたっくんに抱いてもらったわ。でもあなたはタフよね?あれだけ泣き叫んで帰ってもまだこうして連絡も無しに家に押しかけるんだから。タフっていうかもう…尊敬するほど図々しいわ。勘違いって怖いわね。本当に。」

「止めろよ!さと美!」

「私はあなたみたいなガキには支配されないわ?」

浦野はゆっくりと上を向いた顔を下ろし、両腕を下げた。
ユウのこめかみには太い青筋が浮いている。

「身体と心、性欲と恋愛、この区別も付けられないなんてつくづくガキね。本当に何人もの男の✕✕✕を食ってきたの?それだけの経験しといてこんな簡単に私の罠にかかるなんて…勉強は出来ても基本的にはやっぱバカなのね。」

「おい!!さと美!!」

ユウは怒りに任せて声を荒げて、浦野のキャミソールの胸元を掴んだ。

『あ…。』

ユウはその瞬間怯んでしまった。
ユウの手の甲が浦野の汗ばんだ胸元にぬるりと触れてしまったのだ。
艶めかしい女の汗に触れてしまったユウの怒りは一気に冷却された。

「新田くん、先生から最後の教え。よく聞いて。いい?身体と心、性欲と恋愛、この区別を付けられる人間は何でも楽しむ事ができるわ。新田くん、あなたはなぁんにも区別出来てない。」

キャミソールの胸元を掴まれたまま浦野は毅然とした態度でユウに挑んでいる。

「さと美…なんで…。なんで…。」

ユウは浦野のキャミソールから手を離すと、両手を下にダラリと垂らした。
ユウの口から「なんで」の続きは出て来なかった。
迫島というパートナーを切り捨てたその報告を、迫島がかつて恋い焦がれていた相手に伝え、サディスティックな優越感に浸ろうとしていた今日、その伝えた相手に切り捨てられた。
あまりにも惨めで「なんで」の続きは言えなかったのだ。

『なんで今日なんだよ…。』

「新田くん、終わり。」

「本当に?」

「終わりだよ。あなたはもう高校生。大人になろうとしてる。だから私は大人として、大人になろうとしているあなたにアドバイスしたの。さっき言った事は私の経験から学んだ事。」

「さと美…。」

「新田優、卒業よ。私から。もう二度と会わない。いいかな?」

「今日来なかったら…結果は違ってたの?」

ユウは耐えることが出来なかった。
遂にその目から涙が溢れてきたのだ。

「こ、答えろよ!さと美ぃ!うぅああ…。」

「…。」

「今日もし俺が来なかったら!会うのが今日じゃなかったら!まだ大丈夫だったのかよ!わぁああ!」

「新田くん、それを私が答えてあなたは得するの?後悔するだけじゃないの?」

浦野は呆れているが、どこか悲しみを纏った笑みを浮かべ小首を傾げた。

「こ、ご、ご、後悔はぁ…わぁ…俺の…うぅ…誰かの救いになる!それを!伝える、うぅ…義務が俺にはあるんだぁ!!」

ユウは醜く泣き崩れて、両膝を床についてしまった。
そしてその言葉を聞いた浦野は一瞬ハッとして、身震いをすると、少しその目に涙を浮かべた。

「新田くん、実は…ズルズルとこんな関係を続けてきたのは私にも責任があるんだ。私は…。ん…。」

浦野は言葉を詰まらせ、泣き出しそうなのを耐えている。
そして少しの沈黙の後、大きな玉を飲み込む様な仕草をしたかと思うと再びその思いを語り始めた。

「実は、…実はあなたの初ライブの日を最後にしようと思っていた。あの日…別れを告げようと思っていた。でも駄目だった!駄目だったの…!一生懸命、汗だくになって私を抱いてくれる…そんなかわいい新田くんを…。」

「な、何だよ…さと美…。何だよ!」

「年甲斐もなく…好きになっちゃった…。」

「え…。」

「さぁ話は終わり、今の言葉で理解して!だから!私も辛いの!おばさんを困らせないで!あなたはここから巣立つの。今度こそ卒業!いい!?早く!」

「好きなら…一緒に居ようよ…さと美…うぅわぁ…ねぇ…さと美ぃ…。」

「立ちなさい。あなたには有田くんがいる。私じゃない。」

「さと美ぃ…。」

「立って。」

ユウは涙を床に溢しながら浦野から言われた通り、ゆっくりと立ち上がった。
もう取り付く島もないとユウは理解したのだろう。
涙ながらにもしっかりとした決心をしている様子だ。
そして浦野に背を向けた。
その肩は震えている。

「さと美は…女は、口も身体も嘘をつくって言った…うぅ…」

「言ったよ…全部を使って嘘をつく奴がいる…覚えておきなさい…。」

「俺を…ふぐっ…うぅ…好きになったってのも…嘘なの??」

「フフ…かわいい質問ね…ホントかわいい…。」

「ちゃんと!ぞ、そ、卒業ずるがらあぁ!教えてよ!」

「フフ、大好きだったよ。新田くん。フフ…後悔した?私を抱いて、後悔した?」

「それもぉ…!嘘かもしれないんでしょ!?」

「そうかもしれないわね…。」

ユウは歯をギリッと鳴らすと、玄関へとゆっくり歩みを進めた。

「ねぇ…。新田くん…」

浦野の声にユウはビクッと反応し、歩みを止めた。返事はない。

「後悔した?って質問の答えを聞いてないわ?」

「じ、じ、…。」

「なぁに?新田くん…。」

「じ、自分で…考えろ…。」

「フフ…かわいくない答えね…分かった…その後悔をキチンと伝えていきなさい。…そして、男でも女でもいい、ちゃんとした人を、ちゃんと愛しなさい…。引き留めて悪かったわね…さ、さよなら…私のかわいい教え子…。」

「…あ、あり、…ありがとうござい、ありがとうございました…」

後ろを向いたままユウは頭を僅かに下げると、揃えてある靴を振り返らずに履いた。
そして大きく息を吸い、泣いて乱れた呼吸を整える様にゆっくり吐くと、その扉を開き出て行った。
ユウは最後まで振り返る事はなかった。

「もう少し…私も…若ければな…。フフフ…淫乱なのは治らないものね…」

浦野とユウが顔を合わせたのはこれが本当に最後となった…否、時は進んでいく。その時の中で柔らかく熟した果実の様になった互いの思いが再び相見える事があるかもしれない。
時が微笑むその意味を2人はまた探究していかなければならないかもしれない。
その日まで2人の平行時間はひたすら進んでいく。


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