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風雷の門と氷炎の扉15
ウリュから放たれた赤い龍は八匹どころではなかった。
無数の赤い閃光はサンを切り裂き、吹き飛ばし、木っ端微塵にしながら縦横無尽に飛び回る。
「ヒョウエ!伏せててよ!!」
「ぅ…ぅわかってますよぉ!!ヒィァァァ!ぐわぁ!!」
ヒョウエは地に伏せ、悲鳴を上げながらも頭は冷たく回っていた。
『ウリュ様から放たれるこの光はなんだろう…ウリュ様はこんな戦術をあの赤い何かを見ただけで身に付けたというのか…?』
「うぁあああ!!行けぇえ!!」
ウリュの声が響き渡ると無数赤い閃光は宙でぐるりと旋回し、門のかんぬきを目掛けて飛んでいく。
凄いスピードでゴォーッと風切り音を響かせながら飛んでいく。
『これで…駄目ならちょっと厳しいかな…』
ウリュは心の底に湧き起こる不安をかなぐり捨てるかのようにもう一度叫び声を上げた。
「うわぁああああああああ!!!!」
ウリュの叫び声に呼応するかのように赤い龍達は口を大きく開いた。
「グァワアアアアア!!」
何と龍達も叫び声を上げたのだ。
ビリビリとその音圧が波状になりウリュの内臓に打ち付ける。
ズドドドドドォー!!!
ズズズズ…
龍達の叫び声よりも凄まじい重低音が辺りに響き渡る。
龍達がその身を門のかんぬきに打ち付けたのだ。
「ウリュ様ぁ!!ご、ご無事でしょうかぁ!!」
ヒョウエは地に伏せた状態で声を上げるが、返答は聞こえてこない。
ヒョウエは頭だけ起こし辺りの様子を伺う。
粉塵と煙で視界は殆ど無い。
分かるのは門の稲光がビシッバシッと音を立てて青白い光を周囲に放っているという事だけだ。
『か、考えてみれば…ウリュ様の攻撃をかいくぐったサンが襲ってきたら我々は終わりだ…。私は地に伏せている…覆い被さられた時点で私は終わる…。や、やはり…私は…』
ヒョウエは恐怖でゴクリと喉を鳴らした。
「ヒョウエ!ヒョウエ!」
「ハッ!?ウ、ウリュ様!」
ヒョウエはウリュの声が聞こえる方向を必死に探した。
大きな声が聞こえたのだ。
無事である事は間違い無い。
しかし、その姿を見るまでは安心できない。
心配が過ぎて、ヒョウエの呼吸が荒くなる。
「ウリュ様ぁ!!ご無事でしょうか!?お答え下さい!!ウリュ様ぁ!!ハァハァ…ウリュ様ぁ!!」
「だ、だ、大丈夫…よ!!」
ウリュのかすれた声が響くと同時に粉塵と煙が消えていく。
「あ…あぁ…やった…やりましたよ!ウリュ様ぁ!!やりました!!見てください!」
ヒョウエはその様子に大きく反応した。
巨大なかんぬきは見事に中心からへし折れている。
「ウリュ様ぁ!!」
刃を構えたままで立ち尽くすウリュの姿がヒョウエの目に飛び込んできた。
足元まであった着物はミニスカートのように膝の上まで破れ、汗に濡れた太腿が露わになっている。
着物の上半身も所々破れてしまい、若い肌が露出してしまっている。
ヒョウエは慌ててウリュに駆け寄った。
「ハァハァ…ヒョ…ウエ…痛いよ…身体がバラバラになりそう…痛いよぉ…」
ヒョウエの想像以上にウリュのダメージは大きかった。
「う、動けますか…?…っと、ちょっと私ので申し訳ないんですが…一応清潔にはしてますからね。」
ヒョウエは上半身にまとっている布を脱ぎ、その布をウリュの肩からかけて包んだ。
「ハァハァ…ヒョウエ…ありがとう…ヒョウエぇ…痛いよぉ…」
ウリュは動くことができない。
『これは…大丈夫だろうか…』
ヒョウエは誤魔化す為と、ウリュを元気づける為にわざとらしくニカッと笑った。
「ハハハ…ウリュ様、大丈夫です。私がいます。私が付いてます。それよりも…臭くないですか…?ハハッ…。」
ウリュはヒョウエの言葉に力無く微笑む。
身体、顔は汚れ、目は相変わらず赤く光り輝いているが、虚ろだ。
しかし、ゆっくりとしたまばたきと疲れ切った微笑みは、あまりにも痛々しく、そしてどこか色っぽい。
「く、臭くなんかないよ…ヒョウエの…ヒョウエの匂いがする…フフッ…クッ…ウッ…」
ウリュは姿勢を崩さないまま、顔をぐっとしかめた。
「ウリュ様、動けますか…?」
「動け…ない…。痛い…身体中が…痛いの…。」
「はい、分かりました。よぉし…。」
ヒョウエはウリュの前に立つと、腰屈めて尻を突き出した。
「な、…え?どうしたの…?ヒョウエ…」
「ちょっと、ちょっとだけ…痛いですよぉ…エイッ。」
ヒョウエはウリュの下腹に自らの尻をドスッと軽く打ち付けた。
「ぐぁ!ウグッ…グッ。」
ウリュは苦しそうな表情をすると、そのまま身体をくの字に曲げて、ヒョウエの背中に倒れ込んだ。
「よぉし、じゃ…立ちます…」
「ン…うん…。」
おんぶのような体勢で担がれたウリュは、顔をヒョウエの背中に埋めた。
「よっ!こ…い…せっと!」
ヒョウエは渾身の力を足に込めて立ち上がると、ウリュの膝裏に手を入れて、歩き始めた。
そしてゆっくりとその歩みを進めていき、門へと近づくとヒョウエは足をピタリと止めた。
「ヒョウエ…。」
「…。」
「…ヒョウエ?」
「か、雷が…止んでいる…。」
「え…?」
「門を舐めるようにして…光を放っていた…雷が止んでいる…。」
ウリュはヒョウエの背中から動けず、顔を横向きしてヒョウエの背中に預けている為、その様子を見る事ができない。
「い、今なら、触れる事ができる…。」
「ヒョウエ…。」
「ウリュ様、また少しだけ痛いですよ?」
「ン…お、降ろす…の…?」
「はい、あの門を開くのに邪魔な棒をどかさなくてはなりません。」
ヒョウエは巨大なかんぬきを見つめた。
「こ…こうしててほしいな…もう少しだけ…」
「な、何故です…?ウリュ様。」
「ヒョウエ…痛いし…怖いの…怖い…動けないって事が…こんなに怖いなんて…。」
ウリュは小刻みに震えている。
「お、お、お願い…ヒョウエ…一人にしないで…お願い…。」
「し、しかし…」
「何もできない…動けないのよ…こ、怖い…怖いのよ…ねぇ…!ヒョウエ!今!サンが来たら…私何も抵抗できないで溶かされちゃう!怖い怖い怖い怖い怖い!!いやぁ!!ヒョウエぇ!!一人しないで!!このまましてて!離れたくないよぉ!嫌なの!いやいやいや!!ハッ…」
ぷちゅぷちゅ…
取り乱すウリュに嫌な音が聞こえてしまった。
そして当然の事ながらヒョウエの耳にもその嫌な音は入ってくる。
「い、い、いやぁ…いやよぉ…と、溶かされる…溶かされちゃう…」
ウリュの小刻みな震えは一気にその震度を上げてきた。
カチカチとウリュの歯が鳴っている。
「く、くそ…こいつら…!」
ヒョウエは地面を見ると、サンが湧いてくる前兆がしっかりと見える。
「いやぁ!!溶かされたくない!!いやいやいやぁ!!」
『ど、どうする?サンを消す力はウリュ様には残っていない…そして取り乱したウリュ様を降ろす訳にも…ウリュ様…一体どうしてしまったんだ?いや、そんな事を考えている暇は無い。ウリュ様を降ろす訳にはいかないか…?しかし…!』
ヒョウエは意を決したようにウリュを地に降ろした。
するとウリュは母の胸に抱かれてスヤスヤと眠る赤ん坊が寝床に降ろされた時のように仰向けの状態でヒステリックに泣き叫び始める。
「やめて!!ヒョウエ!!私!溶かされちゃう!ヒョウエ!いやぁ!いやぁ!いやいやいや!ヒョウエ!置いていかないで!ヒョウエエエエエエエエ!!!」
「ほんの少しだけ我慢です!ウリュ様!」
ヒョウエは一気に門へ近寄ると破壊されたかんぬきを外そうと力を込めた。
「ぬん!オオオ!!」
折れているとはいえ、元は自分の身長と変わらないほどの大きさを誇る巨大なかんぬきだ。
そう簡単には動かす事はできない。
ヒョウエの渾身の力を持ってしても1cm程度しか動いていない。
「ヒョウエエエェー!!サンが!サンがぁ!!助けて!助けて!!」
泣き叫ぶウリュの声がヒョウエの耳と心を切り裂く。
『戦神…戦神の娘…類まれな身体能力を持つが故の恐怖…か…』
絶望的な状況の中、何故かヒョウエの頭は上手く回転してくれている。
『怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い…助けて…助けて助けて助けて助けて助けて…身体が動かせない…自分の思い通りに身体が動かない事がこんなに怖いなんて!!』
ヒョウエとは対照的にウリュの心は激しく波立っている。
そして2人は一つの結論に達した。
『あ…赤ちゃん…赤ちゃんが泣くのって…こういう事…?』
『泣き叫ぶ赤子と同じ…か…』
そして結論に達したと同時にウリュの視界に立ち上がって、ゆっくりと自分の方を向くサンが割り込んできたのである。
「ハァハァ…ヒョウエェー!!ハァハァヒョウエ!サンが来る!嫌だ!嫌だ!溶かされたくない!溶かされたくないよ!ハァハァ…ハァハァ!ハァハァ!!」
「く、くそ!!ウリュ様!!」
2人の心は絶望に支配された。
例えヒョウエがかんぬきを外したとしても、サンの大群を消し去る能力は無い。
隠れる場所も無い。
「ハァハァ!ハァハァ!ハァハァ…」
「ウリュ様!」
ヒョウエはウリュに駆け寄るが、サンが実際に動き始めたら間に合いそうもない。
「ハァハァ…ヒョウエ…ハァハァ…お別れだね…怖い怖い…怖いよ…サン…痛く…痛くしないで…一思いに…ね…ハァハァ…怖い怖い怖い…怖い…」
「うぁああ!ウリュ様ぁ!!」
ヒョウエの思いと行動を意に介さずサンが動き始めた。
相変わらず不気味な動きである。
「ハッ…ハッ…ハッ…ハッ…ハッ…」
ウリュの呼吸が小さく、短いものへと変化した。
「あ…あ…あぁ…い、痛いの…嫌だよぉ…ハッ…ハッ…ハッ…嫌だよぉ…ハッ…ハッ…ハッ…」
ウリュはヒョウエに置かれた仰向けのまま、ぐっと目を閉じた。
閉じた目から涙が溢れ出る。
「ハッ…ハッ…ハッ…」
涙に押し広げられるようにウリュの瞼が薄く開く。
ウリュの視界はサンで真っ白に染まっていた。