「サムバディ」 - 不快さを演技で昇華する狂気と正気の狭間の物語
★★★★+
全編とおして不快指数が高いのですが、軽妙な演出でテンポよく見せ、なおかつ狂気の来し方行く末を想像させる主人公の演技力に魅了された作品でした。エログロ系なのかなと覚悟して観始めましたが、映像が洗練されているので充分に面白く観られます。とにもかくにも観終えて印象に焼き付くのはキム・ヨングァンの演技。完全なる狂気かと思いきや、その先に垣間見える正気と愛情に不思議な余韻が残りました。
天才的な発想とプログラミング能力を持つソム(カン・ヘリム)は、アスペルガー症候群で人の気持ちに共感することが苦手。恋愛もよく分からず、どこかに淋しさを抱きながら、自らが開発したAIと会話しています。彼女はサマンサ(チェ・ユハ)によって才能を見出されて出会い系アプリ「サムバディ」を生み出し、今や開発会社スペクトラムのCTOを務めています。
そんな中、「サムバディ」を通じて発生する殺人事件。警察が操作に乗り出してくる状況になります。そして「サムバディ」で呼吸するように犯罪を繰り返す建築家のソン・ユノ(キム・ヨングァン)…。ある日出会ってしまったソムとユノは、何かが欠落している者同士、不思議な引力で惹かれ合っていくのです。ですがユノはソムの友人である警察官のギウン(キム・スヨン)に魔の手を伸ばしていました。嫌な気配を感じ取るソムのもうひとりの友人で巫堂のモグォン(キム・ヨンジ)も交え、暴かれていくユノの犯行ともつれるソムとの関係は、ひとつの結末に向かっていくことになります。
序盤。ルックスがよく、一見賢くて優しそうなので女性たちは迂闊にユノに近寄ってくるのですが、どう見てもサイコパスな彼の表情や仕草のひとつひとつがとにかく不気味で背筋に悪寒が走ります。直接的な殺害シーンは意外と少ないのですが、目を背けたくなる瞬間もしばしば。物語の設定上リアルな濡れ場もガンガン登場しますが、その先には犯罪が繋がっているのでもうずっと怖い。ただし音楽をふくめ演出がポップなので意外と鬱々とせず観ていられるから面白かったです。真新しさも感じつつ、意外と日本のイヤミス系映画とかでありそうな雰囲気かもと思いました。
ギウンはまんまとユノの罠にハマってしまうのですが、とはいえ逞しく生き延びます。彼女は「正常」の象徴のようなものでしょうか。ユノの男性としての魅力に一度は落ち、とはいえユノが「ヤバい奴」だと分かれば警察官として(そして自らの復讐の意もこめて)捕まえようと必死に。一方ソムは対照的で、ユノの危険さをして自分を理解してくれる唯一無二の存在であると感じてしまうのです。
モグォンが巫堂として登場してくると、スピリチュアル色もあるのか?と少し斜に構えてしまいましたが、ここは結構いい按配でした。彼女が視たり感じることが事件を何か決定的に動かすわけではありません。ただただ登場人物たちの危うい心理描写に奥行きを与える印象です。
終盤、ユノが怪物の道に堕ちていった契機も描かれます。ここまでくると、単なるサイコパスのように思えた彼の姿に不思議なほどの人間味が滲んできます。ソムとの出会いで細くひび割れが生まれ水が溢れだしていくようなユノ。ユノにとってソムは別格なのでした。ソムもまた、ユノを愛するのです。ユノとは逆で彼女はもともと空っぽだったところに、水が湧いたのかもしれません。そう考えると、これは残虐さを物ともしないほどの純愛の物語とも思えます。
出会い系アプリという舞台が事件を実際に起こり得そうなものに感じさせるのも、この作品の味わいの一部なのでしょうか。リアリティと狂気の淵と人間に潜む一遍のファンタジー。それらが絶妙に混ざり合って、役者たちの演技力によって昇華されている気がしました。怖すぎて(笑顔だけで泣きそうになる)ずっと気づいてませんでしたが、冷静に見るとキム・ヨングァンがめちゃめちゃかっこいいということも付記しておきます。あとカン・ヘリムの少女のような出で立ちに潜むエロスもすごい。単純なサイコスリラーではない人間ドラマを感じられるエンターテインメントです。
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