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「ナビレラ -それでも蝶は舞う-」 - 夢を追う美しさ、誰かの支えになる意味
★★★★★+
予告を見てごく直感的に、胸を掴まれそうなドラマだと思いました。濃厚だけど爽やかな人間ドラマの予感、バレエという厳しくも美しい世界、主演ふたりが並んだときの不思議なほどしっくりくるビジュアル。どの要素を取っても作品としてのエネルギーを感じさせるものでした。まして「Sweet Home -俺と世界の絶望-」 、「恋するアプリ Love Alarm Season2」ときてNetflixのミューズの風格すら漂うソン・ガンの最新作。真新しい単行本を開くときのようにドキドキしながら見始めました。
1話を見終えるとすぐ2話に。ですが翌週の月曜日、3話が公開されるとなぜか「今すぐ観たい!」とはならず、週末に3話と4話をじっくり観ました。勢いでガッと一気観するドラマというよりも、翌日に予定がないような夜に心を落ち着けてしっかり噛み締めて観たい。そんな作品なのです。実際、どの回も観ていると人間模様の味わいが深く、自然と涙が滲んで画面がよく見えないなんてことがしばしば。
あらすじはこんな感じです。仕事は定年退職し、ガミガミ口うるさい妻や仕事にかまける息子、就職に悩む孫に囲まれてごく平凡に暮らしているシム・ドクチュル(パク・イナン)は気づけば70歳を迎えていました。ある日、友人の死を見送り、夢を叶えることもないまま残りの人生ただ過ごしていく未来について考えるように。そしてたまたま通りがかったバレエ教室で見かけた凛と美しいバレエダンサーの青年、イ・チェロク(ソン・ガン)に目を奪われ、幼いころから憧れていたバレエへの夢を思い出すのです。
一念発起してバレエを習いたいとチェロクやその師である元名ダンサーのスンジュに頼み込むドクチュル。初めは冗談としか見てもらえないのですが、その真摯な姿勢を見たスンジュは、ちょうど最近スランプに陥っているチェロクにとってドクチュルがいい刺激になるのではと考え、チェロクがドクチュルにバレエを教えるように言うのです。
師匠に言われしぶしぶドクチュルの指導を引き受けるチェロク。しかしまずはバレエをやれるかどうかのテストとして、基礎のポーズを一週間でできるようになってくるようドクチュルに言います。ドクチュルの年齢には決して容易ではないその課題でしたが、ただただ情熱によってテストを突破するドクチュル。そこからチェロクとドクチュルの不思議で温かい師弟関係が始まるのです。
実に魅力にあふれたドラマだと思います。まず、ドクチュルのキャラクター。本当にごくごくありふれた老人として登場する彼は、しかし目を見張るほどのバレエへの想いを表現していきます。家族の猛反対にも負けず、肉体的な限界にもめげず、もちろん、それでも心折れそうになることはあるのですが、そのときにドクチュルを支えるのがチェロクの存在なのです。
そしてチェロクもまた、ドクチュルの情熱に心動かされて、いつしかドクチュルの立つ舞台を夢見るように。バレエのことだけでなく、時には本当の家族のようにチェロクの心を守ってくれるドクチュル。その姿を見ていると、優しさというのは強さなのだと感じました。
置かれた状況は違っても同じバレエの夢を追うふたり。友人同士ともカップルとも違うけれど、深くて特別な絆が対の羽根のように互いを羽ばたかせるふたり。そんなふたりの姿は、周囲にもまた力を与えてゆきます。きっと極論バレエでなくてもよくて、もっと普遍的に、人が夢を追うということは周りの顔も上げさせることができる、とても美しいものなのだと思わされます。そして誰もがそんな大きな夢を持てるものではないけれど、夢を追う人がそばにいると自然とそれを支えるようになり、そうして紡がれていく人間関係もまた、この上なく眩しい。
この濃密なキャラクターたちを滲み出るような人間らしさとともに演じきっている役者陣の素晴らしさは、もう他の俳優がまったくイメージできないほど馴染んでいて言うことなしです。パク・イナン以外の一体誰が、こんなにも凡庸でありながら誰よりも輝く夢を叶えるドクチュルたりうるのかと。そしてソン・ガンは、非凡な恵まれた容姿と肉体を最大限に活かしつつ、中身はとても素朴で優しい青年がとにかくぴったりです。彼自身が実際こんな人柄なのではと思うほどでした。
何より夢ばかりの物語ではないことが、心に沁み入るゆえん。現実は試練ももたらすし、すべてがうまく行くはずはありません。ただ、そんなリアリティもふくめて温かく包み込み、観ている側が時の流れをじっくり受け容れていくような丁寧な結末に拍手です。そしてラストシーンの美しさは、これからも忘れられないものになりそうです。本当に素敵なドラマを観ました。
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