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「マウス」 - 悪鬼の遺伝子が紡ぐ因果の網からの終わらない脱出

★★★★+

設定だけ見ると刑事モノのようでもあるのですが、根本的には"サイコパス"がテーマの作品。2代にわたる殺人鬼の動向を追い続ける物語で、初めからだいぶエグいです。

20年ほど前の韓国。人を殺してはその頭だけを持っていく連続殺人鬼「ヘッドハンター」が世間を震撼させていたころ。幼いコ・ムチもまたヘッドハンターにより家族を奪われますが、ムチによってヘッドハンターの意外な正体が判明します。逮捕され収監されるヘッドハンター。ムチは彼への復讐を誓い、やがて刑事になるのです。大人のムチを演じるのはイ・ヒジュン。

そしてそんなムチが出会ったのは、心優しく勤勉な町の巡査であるチョン・バルム(イ・スンギ)。このころ、まるでヘッドハンターの再来のような残酷な手口による連続殺人事件が起こっており、ムチとバルムは協力して事件の解決にあたっていくことになります。事件はやがて解決するのですが、それを契機に見えてくる新たな真実…。

個々のエピソードは比較的シンプルに事件解決していく流れなのですが、全体で見ると仕掛けの多いドラマで人間関係が複雑なので結構ずっと足元が覚束ないような気持ちで観続けることになります。

何せ登場するサイコパスが多い!残虐な犯行を重ねる犯罪者が次から次へと出てくるので、次第に何が正義(正常)かも曖昧になっていく気がします。一貫して揺らがず信頼できるのはムチくらいでしょうか。そんなムチさえもヘッドハンターへの殺意を支えに生きているほどなので、どこもかしこも火種だらけ。

そして前半のラスト、ひとつの事件が解決するところで物語は一旦リセットに近い状態に。ここからようやく本当の謎に迫っていく感じで、飽きの来ない二段構えでした。

また冒頭で語られるのが、とある博士が発見したサイコパス特有の遺伝子の存在。これにより出生前のサイコパス診断という現実世界ではだいぶ禁じ手になりそうな手段が生まれます。またサイコパスが疑われる人物もDNAを採取できれば診断が可能。そうしてサイコパスを遺伝子レベルの問題に落とし込んでいることがこのドラマにおいては最重要の鍵でもあります。

ヘッドハンターが逮捕された直後、そんなヘッドハンターの子を宿した妻と博士の研究室の前で出会うもうひとりの妊婦。彼女が産んだ子供は果たして登場しているのか。サイコパスの子はやはりサイコパスなのか。後天的にサイコパスになりうるケースは存在するのか…。あらゆる可能性が入り乱れ、今追っている悪が何なのかすら霧の向こうのような独特の世界観。

加えて、そんな遺伝子を持つ者のうち1%はサイコパスではない天才として生きることができるというかすかな希望を握りしめて、何度も「まさか」と思いながら結末に向かっていくことになります。

層の厚いストーリーラインとともにイ・スンギとイ・ヒジュンという、外見も雰囲気も対局なふたりの演技も見応えがある要素。特にイ・スンギによるバルムは、とにかく心優しい青年として登場するのですが、次第に何かに侵されていくかのような不安定さを漂わせていきます。真っ直ぐであらゆる感情に素直なゆえに殺意すら純粋に思わせるムチとの比較もあり、ドキドキさせられっぱなしでした。

決してスピーディーではなく一歩ずつじりじり歩みを進めていくような展開ですが、実は無駄がなくギュッと中身の詰まったつくりだったのだなと見終えて感じた一本。途中いくつかある「?」な部分も最後に綺麗に回収されすっきりします。悲しさに泣いたのは久しぶりで、出発地点に救いがないというか、地獄への片道切符的なところはありますが、濃密なサスペンスを楽しみたいときにオススメです。


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喜怒哀楽ドラマ沼暮らし

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