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拡張ニーズスパイラル理論による「環境変化」アプローチ~「イノベーション統一理論」による未来予測・未来創造⑥
拡張ニーズスパイラル理論による未来予測には様々なアプローチが考えられるのですが、以下紹介するのは「環境変化」と「発明・創造」に着眼したものであり、この研究の当初に行ってみた事例です。この予測はコロナ禍が始まるさらに2年ほど前、2017年ころに行ったものだと記憶しています。またこの事例は「手法」というところまではまだ至っていませんので、考え方のモデルとしてご覧いただければと思います。
野村総研や博報堂などでは毎年「未来年表」というものを発表しています。これらは確実に予測できる人口動態などに加え、企業や研究機関が取り組んでいる技術開発の予定・計画情報などを元に未来を予測しているもので、未来の環境変化や発明・創造について大きな方向性を示す手がかりとなります。しかしながら、一企業の一事業、一商品のレベルでの具体的な予測にはなっていないので、そこは利用者に委ねられます。例えば「これからはAIが発達する」ということはわかっても、その中で自分の会社の自分の立場でやらなければならないようになることまでは網羅されていないということです。これは各事業者、各担当者が自ら行わなければならないわけです。しかし、「AIが普及する」という予測においてはそこから視野を広げることができず、結局世にすでにアイデアのあるAIそのものや関連商品を開発するという発想から抜け出せないことになりがちでしょう。それでは、その時点ですでに自分が「最後発」です。
「風が吹けば桶屋が儲かる」の論理で考えると、持たねばならないのは例えば生活の中にAIが取り入れられるようになったとして、それがAIとは直接関係がなさそうに思える他の業界の事業、商品・サービスにどのような影響をもたらすのか?という観点です。これは正に「生活工学的観点」なのですが、この観点を持っていなければ、例えば「AIの普及」を「食生活の変化 」に結び付けて考えることができません。その結果、食品業界や外食業界の人たちはその機会に気づかなかったりロストしたりするわけです。
また、AI以外にも人類は様々な生活シーンで絶え間なく進化、変化しているわけです。それらが絡み合ったものが生活であり、環境です。従って、未来予測というものはその絡み合いを考慮に入れる必要があるでしょう。すなわちその絡み合いが自らの対象とする業種、業界、あるいは生活シーンに対してどのような影響をもたらすのか、と考えなければならないということです。それによって明らかにされている予測のさらに一歩先を予測することができるはずです。
そう考えて、まずは当時の未来年表から広めの視野でめぼしい予測をとりあげてまとめてみたものが下表です。この表は縦軸が観点・切り口となっており、横軸が時間軸となっています。各セルが未来年表記載の計画や予測の内容であり、その上の空色のバーにそれらから導かれた大きなトレンドのキーワードを記入してあります。このバーはこの時期以降このようなトレンドが強まるだろうという幅を持った予測です。2025年の現時点を見ますと概ね見通しができていたように思います。
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しかし、ここまででは従来からある未来年表のままです。そこで拡張ニーズスパイラルのモデルを再度確認します。
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この未来年表にあらわれている様々なトレンドはある人の生活から見ると外部に存在するものです。この図で言うと「環境の系」であり、「発明・創造の系」に該当するものです。要は、ある生活者・生活から見ると「世間」で起こることであるわけです。「外在的」と呼んでもよいでしょう。
その外部・世間で起きることというのは1つではなく様々な変化がDNAのように絡み合いながら存在すると考えられます。つまり、上図のような未来年表はそれぞれの領域の専門家が予測しているものではありますがその中の一つの変化、トレンドにとらわれていたのでは全体としての生活への影響が見えていないわけです。一方、商品・サービス開発の観点から我々が予測しなければならないのは未だ誰にも予測されていないある生活者・生活領域における未来です。それもそのように複雑に絡み合う外部要因の中での生活です。これは「内在的」と呼んでもよいでしょう。
下表は上掲の未来年表からすこし細かい観点でトレンド―ワードを抽出したものですが、これらの外在的トレンドが絡み合って内在的な生活に影響を与えるのだと考えることできます。
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そこで考えてみたのが下表です。ちょっと見づらいのですが、縦軸、横軸はそれぞ上表のすこし細かい観点でのトレンドワードが入っています。つまりリーグ戦のように縦横でそれぞれのトレンドワードが総当たりになるように作成されています。本当はこれらの総当たりはこの表のように2次元で留まらずさらに多次元に及ぶものだと考えられますが、3次元に生きる我々の脳は2次元までの関係にしておかないと複雑化して処理しきれませんので、ヒントとするならばこれでとりあえずは十分だという考え方をします。
この表の利用法はこの縦軸と横軸のトレンドワードを「強制結合」して「どんな世の中になるのか?」、特に解決されなければならない生活上の問題と、とそこで求められる商品・サービスを予測することにあります。実務的には世の中すべてを予測することにはあまり意味がありませんから、ある領域において考えてみる、という使い方になります。その具体的方法論についてはまだ検討中でもありますし冗長でもあるのでここでは省略します。
しかし「やればできる」という証拠として、「自動車・移動」という領域において実際にこのマトリクスを使ってやってみた事例を表中に付記してあります。
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全体では見づらいので一部を拡大してみます。緑の表札は未来に解決されなければならないことが予測される課題・生活上の問題であり、黄色のカードはそのための具体的アイデアです。
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同じマトリクスを使ってテーマ(対象領域)を「観光・旅行」に変えてやってみた例が下図です。
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自動車の事例を取り上げ、ニーズスパイラルの「生活系」の論理でさらに具体的な予測をしてみたのが下図です。
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当時には全く予測も不可能だった不確定要因であるコロナ禍では「外食に行けない」という問題が発生し、テイクアウトやデリバリー、ウーバーイーツ(テイクアウト代行)などのサービスが台頭したのですが、今後の人口動態や財政問題を考えると過疎地から順に「近場で買い物ができない」という問題が拡大することが予想されます。一方で自動運転技術の進歩も予測されています。生活者の立場では元々できていた近場での買い物ができなくなったから遠出しなければならなくなります。しかし高齢者は体力や運転技術に問題が発生していますし、なによりもたかが日常の買い物の為に遠出したいわけでもありません。
そう考えると、人手不足でドライバーや店員も確保できない状況では自動運転で「行商」(移動販売)をするサービスというものにニーズが発生すると考えられるわけです。自動運転の技術は認知・運動機能の落ちた高齢者のためのものだと考えがちです。それは間違いではありませんが、一方でそれは流通業の為のものでもあると発想が広がるわけです。自動運転技術と流通業という「新結合」が生まれたわけです。
今の時点では違和感のあるおかしな話かもしれませんが、今の時点で違和感」があるということは逆に言うと「今の時点では見えていないニーズ」だということでもあるので、むしろその違和感があるということがこの理論の目的整合性を示しているとも言えます。違和感があろうがなかろうが、これは論理的な予測として成立し得る話であるわけです。
この予測の時点から相当に時間が経っているので実際にその兆しが現れているものも出てきているでしょう。
観光・旅行についても同様で、人口減少の中で失われていく地方文化・産業を助ける、楽しむというニーズが生まれていくということが予測されたわけです。