「イノベーション統一理論」②~商品価値の方向性=「NOHL理論」(油谷)
検証プロセスの紹介についてどの理論から入っていこうかと迷いましたが、まずは、私が最初に触れた油谷理論からにしたいと思います。今やこの理論をご存じない方が大半だと思われますのでまずはその説明から始めたいと思います。
油谷先生は大学院で心理学を学ばれた後、外資系の製薬会社などでマーケティング実務に携わられてからインタビュー調査と商品開発の専門家として独立され昭和から平成にかけて活躍された実務家です。思い起こせば私が最初に油谷理論に触れたのは1984年に社会人になる直前の時期でした。この時、入社予定者に会社から送られてきた社内報に油谷先生がこのNOHL理論についての解説記事を書かれていたのです。というのも、当時、私が内定した会社はいわゆる「斜陽産業」からイノベーションを起こすべく、様々な新事業に取り組む中、油谷先生にもお世話になっていたからでした。この時の同社の開発部長は「宇宙人」(すなわち何を考えているのかわからないという意味)と呼ばれたSさんだったのですが、驚いたことに当時独立されたばかりの油谷先生と梅澤先生をあたかも劉備玄徳が諸葛孔明と龐統士元を手元に置いたように、あるいは羽柴秀吉が竹中半兵衛と黒田官兵衛を手元に置いたように、「二人軍師」として子飼いにされていたのです。それで私も両先生とのご縁ができたのでした。
この「人を見る目」だけでも天才的ですが、Sさんは「世界初のドットマトリクスプリンターの商品化」、「世界初のパーソナル電子タイプライターの商品化」、「世界初の家庭用電子刺しゅうミシンの商品化」、「世界初のポータブルワードプロセッサーの商品化」、「世界初のテープライターの商品化」、「世界初の通信カラオケの商品化」などなど枚挙にいとまがないほどに分野をまたいでイノベーションを起こした正に天才技術者でした。このように列挙すると当時のイノベーションの勢いが改めて再認識されますが、その中に「世界初の日本語ポータブルパーソナルワードプロセッサー」がありました。
商品名を「ピコワード」と言い、同社におけるカテゴリー名は「日本語パーソナルライター」、USP・キャッチフレーズは「日本人タイプライター」でした。実のところ遂字変換しかできず、一行分のメモリーとディスプレイしかなかったので「ワープロ」と呼べるほどのものでもなかったのですが、最初に市場を開いた商品であることに間違いはありません。この商品はそれまで「手書き」だった日本語を正に「タイプライター」のように「打ち込んで印刷する」ものに変えた画期的なものでした。まさにイノベーションです。このUSPも今見ても、その利用の場面、用途、機能、英文タイプライターメーカーであった同社がそれを作った技術的背景や信頼性、それによって変化する生活、などなどを少ない文字数の中に凝縮し、その独自性を表現した傑作だと思います。
そしてこの「日本人タイプライター」というUSP、あるいはコンセプトこそが油谷先生の手によるものだったのです。
私自身が先生との面識ができるのはその10年ほど後のことですが、そんな事情で社内報にもNOHL理論が紹介されていたわけです。それは当時の私には何度も読み直すほどに大変に興味深いものだったと記憶しています。が、正直なところ何度読んでもさっぱり理解できなかったというのも事実です。その40年前のリベンジとして以下説明いたしますが、その後の先生とのご縁などを考えますと感慨深いものがあります。
先生は「商品価値」の観点で市場、商品をご覧になっておられました。ご本人も仰っておられたように決して「理論の人」ではなく、実務、現場を重視されていましたが、その豊富な実務経験の中で「生活心理分析NOHL図式」を見出されました。図の説明は下記の通りです。
即ち、市場、商品の価値は常にNH方向へ動いていくものであり、それが市場変化の方向性ということになります。また、そのNH方向への力の原動力、変化を支える力とは「生活者の欲求」に他ならないと説明されています。人間の飽くなき欲求はより新しく、よりハイレベルの商品を求めるということです。但し、すべての人たちがNHゾーンの商品に心理的距離の近さを感じるというわけではなく、ライフスタイルや価値観、あるいはカテゴリーの特性などによって他のゾーンの商品に心理的距離の近さを感じる一群の人たちも存在します。例えばハイブランドのファッション製品などはコンサバティブな人たちによってOHゾーンに位置するものが好まれるなどの傾向があります。しかし、全体としてはNH方向へ動いていくということなのです。よって、OLゾーンにあってIレベルの低い商品は近々に消え去る運命にあります。
この軸上での各商品の位置づけは当然のことながら商品の構成要素の違いによるものです。それは上図のように【プロダクト価値】(素材価値、性能価値)と【パッケージング価値】(言語表現価値、非言語表現価値)に分けられます。そのありようと組み合わせによって生活者はH価値とN価値及びIレベルを判断し、その価値の高さが価格に見合うものであるのならば購入の条件を満たすわけです。購入についてはさらに購入促進条件(m)、購入保障条件(h)、購入継続条件(r)が満たされる必要があります。これはそのカテゴリーとして備えていて当然の品質要件がh、比較対象の商品に対してより優位もしくは独自の選択理由となる品質要件がm、期待通りの満足が得られたかどうかがrだと考えればよいかと思われます。
ある領域の商品群の各ブランドはこのNOHL図上にそれぞれをプロットしていくことができます。またIレベルの確認も必要です。そのための手段としてはインタビュー調査であっても量的調査であってもかまいません。例えば以下のようにプロットされたとしましょう。
このようにプロットすることはプロット自体が目的なのではなく、B、C、Dのようにプロットされるような商品をAのようなNHゾーンでIの大きな位置づけにするためのヒントを得ることが目的です。そこでA~Dの各商品について
「なぜその位置にプロットされたのか?」
「なぜそのIの大きさなのか?」
を相対比較の観点から探っていくことにより、OからN、LからH、あるいはIを大きくする商品要素が抽出できるわけです。それをヒントにB、C、DをAの位置づけやIの大きさに改良する施策が見出されるわけです。OLゾーンに位置付けられIレベルも小さな商品はそのような改良を施すよりも新たな商品を開発すればよいと考えて廃番とするという判断をすることもできます。そのイメージが下図です。
しかしNHゾーンに位置付けられればそれで良いかというと、常に商品はNH方向へのベクトルとは逆方向のOL方向へ引っ張られていくわけですから、やはりさらに右上の領域(「New NHゾーン」と呼びます)もしくは少なくとも右側(New Nゾーン)へ位置付けることができないかということも探索されるべきです。それによって新たな商品コンセプトが生まれます。その方法論を探ることが油谷先生の生涯の課題ではなかったかとも推察されます。
さて、NOHL分析の生々しい実例をお見せしたいと思います。
これは先生の著作に掲載されている当時のミネラルウォーターのNOHL図で、私も生徒だった1996年の油谷アカデミーで実際に生活者へのグループインタビューを行って作成されたものです。NH方向には海外の有名な産地の名水であり景勝地、リゾート地をイメージさせるブランドがプロットされています。しかしIが小さいという特徴があります。またOHゾーンには「イオン」という「機能性」を感じさせるものがプロットされました(当時アルカリイオン水という機能性健康水が注目されていました)。また「富士山」もここにプロットされIが大きいという特徴が現れました。一方OLゾーンには「田舎っぽさ」を感じさせる誰も知らないような産地の水がプロットされIも小さいという特徴が現れました。中心部にはセオリー通りに当時のメジャー商品がプロットされIも大きくなりましたがN方向へ行くほどIが小さくなるという特徴が現れました。インタビューにおいてN方向は「お洒落だが気取った感じ」という評価があったのですが、それは産地としてなじみがない場所だという解釈ができます。全体として基本的に「産地」が価値に対しての大きな影響要因だという分析結果となりました。
この記事を書きながら探してみたところなんと当時のメモが残っていました。その是非は別にしてアカデミーのメンバーによる詳細な分析結果はこの通りでした。これは対象者の発言内容と、実際にプロットされた商品の特徴分析の両方から洞察されたものですが、このように商品要素ごとにNOHLの位置づけを規定する方向性を抽出したわけです。
これをベースにブレストを行い、New NHゾーンに位置付けられる商品コンセプトの方向性を仮説的に洗い出したものが以下の構成図です。これは分析結果からいわば発想を飛躍させる「非論理的発想」によるものですが、あくまでも現NOHL平面における分析結果をヒントに発想されるものです。
この分析から私が作ったコンセプトの第一案がこれでした。
このコンセプトに対して再度インタビューを行ったところNHゾーンには位置付けられましたがIが小さいという結果となりました。それは市場の成長、成熟によって解決されるであろう問題でもあるのですが、「早すぎた商品」と呼ばれるものもあります。そこで、このコンセプトを変身させ以下のようなものにしました。
ここでアカデミーは終了したのですが、このコンセプトの是非は別として、これがNOHL理論による商品コンセプト開発のプロセスそのものです。このようなシステマティックな調査と分析によって、当時は機械メーカー勤務のシロートの私がミネラルウォーターのコンセプトを作るに至ったわけです。