インタビュー調査の常識・都市伝説のウソを暴く~「沈黙」の構造④~定性調査の「再定義」にまで至る深層の根本要因とイノベーションとの関係
4,「沈黙」が生じる背景・根本要因~つづき
さらに沈黙が生じる根本要因に至る構造を検討していきます。分析図と前回の分析結果を再掲します。
C:「商品・サービス観点(人間工学的観点)のフロー・進行」
これは非常に単純な話で、一般的には知られていない「生活工学的観点」という概念が欠如したままにインタビュー調査が行われていることが原因です。「生活工学的観点」というのは実は意識マトリクス理論の源流にある考え方であり、油谷先生や梅澤先生らのインタビュー理論や商品開発理論の根底にあるものでもあります。端的に言うとそれは「C/S領域」を調査や商品開発の対象にするということであり、それによって「定性調査は非構成的調査でなければならない」という理由が導かれ、明確になるものです。それはさらに
「定性調査は”企業側には潜在していて設問できない生活者の生活意識・行動をつまびらかにするために”非構成的調査、”すなわちリスニング”でなければならない」
と不足であった言葉を補い、定性調査を再定義するものですらあります。ここに至り、定性調査の定義の意味、すなわち「非構成的であらねばならない理由」が簡潔に明らかにされたわけです。自画自賛となりますがこれは相当にスゴイことです。
裏返しますと、定性調査・インタビュー調査をわざわざ採用する場合には「生活工学的観点は必須」ということなのですが、これについては後ほど「5,生活工学的観点を持つことの意義」において詳述します。
D:「定性調査としてあるべきリクルートメソッドの不十分」
この背景は「リクルートが良くない」=「ふさわしい対象者がリクルートされていない」という問題につながることはすでに説明済みです。「NEC理論」において示しましたが探索領域における「生活経験値」、「生活意識レベル」、「生活ニーズ葛藤値」が共に高い対象者がリクルートされなければ必要な情報を持たない人がインタビューに参加することになり、結果として発言の低調さや沈黙を生じさせるわけです。また、他の対象者とは異なる生活背景を持つ人が混在した場合も同様です。つまりこのようなパラメータがリクルートの際には管理されなければならないということなのです。これらのパラメータはいずれも生活観点でのものですがその管理がされないということはやはり「生活工学的観点の欠如」が根本要因だと言えます。
すなわち、C:「人間工学的観点のフロー」問題とD:「リクルート」問題の共通の背景・根本要因は「生活工学的観点の欠如」です。
5,生活工学的観点を持つことの意義
意識マトリクス理論が明らかにしたのは、非構成的な調査である定性調査・インタビュー調査の定量調査にはない独自の価値はC/S領域に潜在する情報を明らかにできることであり、C/S領域とは即ち企業の知らない生活者の「生活実態」であるということです。
そして今までに知られていなかったその生活実態の中にあるが故に満たされてこなかった潜在ニーズに対し、企業がS/C領域に持つシーズやリソースで以て応えようとすることで新たなアイデアやコンセプトが生まれることになります。そしてその結果S/S領域へ侵入することができ、イノベーション=新たな満足の提供、ができるということになります。新たな満足が提供されるということは、即ち、生活が変化し新しくなるということです。
ここに至って意識マトリクス理論はインタビュー調査の理論からイノベーション開発の理論に昇華・拡大します。
下図は「マーケティング」と「イノベーション」の違いを意識マトリクス理論で解き明かしたものです。この一枚のチャートはイノベーションの為のリサーチはマーケティングの為のリサーチとは異なるということを端的に表現しています。前者はすでにできている市場において商品・サービスとそれを購入する消費者を調査するものであり(すなわち「市場調査」)、後者は市場がない領域においてそこでの生活とそれを営む生活者を調査するもの(いうなれば「生活調査」)であるということです。前者はレッドオーシャンに対しての調査であり、後者はまだ見ぬブルーオーシャンへ乗り出すための調査と言ってもよいでしょう。
これは本田宗一郎、盛田昭夫、スティーブ・ジョブスなどがこぞって「市場調査」を否定した真意を解き明かしたということでもあります。その核心は一般的に行われている左上の領域の調査(市場調査)を行っても彼らが志向したようなイノベーションは起こせないということに他なりません。
ここで解き明かされたことはさらに相当にスゴイことで、即ち、意識マトリクス理論によって行われるアクティブリスニングインタビューは、企業に生活のイノベーションを意図的に引き起こさせる力を持っているということです。定性調査というのは実はそれだけのパワー、ポテンシャルを持っているのであり、その目的にこそ使うべきものだということでもあります。
但しそれには条件があり、定性調査、インタビュー調査に携わる者は生活工学的観点をもって調査設計を行う必要があるということに他なりません。
生活工学的観点でリクルートを行うということは企業には潜在している右上のC/S領域での微に入り細を穿つ生活体験を語れる人を対象者にするということであり、生活工学的観点で非構成的なインタビューフローを作成してリスニングをするということはそのC/S領域での体験をより具体的かつ構造的に、ナラティブとして話してもらうということに他なりません。
それがそもそも論としてその目的がC/S領域を捉えようとすることにあり、そのために非構成的であるべきだと言われている定性調査の基本的な「ありよう」であるといえます。
6,総括
インタビュー調査において最も一般的な問題だと言ってよい「発言の低調さ・沈黙」という問題の複雑な発生メカニズムと背景の根本要因を分析することによってここまでたどり着きました。これは相当に深層を掘り起こすものにもなりました。それを改めて総括すると以下のようになります。
さらにそこから背景を掘り下げますと
α「『インタビュー=アスキング(質疑応答・一問一答)』であるという誤った認識・通念」とβ「発言情報の分析スキルがない」には
『定性調査・インタビュー調査に対しての認識の不足』が背景にあります。
言い換えると「インタビューはアスキング」だという思い込みです。これは主としフロー作成や分析などのスキル面での問題を生んでいると言えます。
これに替えて持たれなければならない認識は
「定性調査・インタビュー調査は非構成のリスニングでなければならない」です。
γ「生活工学的観点の欠如」は
そもそもの「定性調査・インタビュー調査の意義や目的、用途に対しての理解の不足」が背景にあると考えられます。
持たれなければならない理解は「定性調査・インタビュー調査とは企業側には潜在していて設問できない生活者の生活意識・行動をつまびらかにするための手段である」ということです。「つまびらか」とは「具体的かつ構造的なナラティブ」であるということです。
この両者を合わせるとすでに上記している
「定性調査・インタビュー調査とは、企業側には潜在していて設問できない生活者の生活意識・行動を具体的かつ構造的に把握するための非構成的調査であり、リスニングで行われなければならないものである。」
という新たな定義に至ります。沈黙などインタビュー調査において発生する諸問題の根本的解決にはこの定義を認識しておく必要があるということです。
さらにそうしなければならない理由を考えるとそれは「生活者に対して新たな満足=イノベーションを提供するため」であるということも上記で明らかになりました。
そして、そもそも定性調査・インタビュー調査において持たれなければならない観点は「生活工学的観点」であるというのがこれらの結論の背骨となるものです。
つまり、定性調査・インタビュー調査を有効なものにするために、あるいは現在発生しているインタビュー調査の諸問題を解決するために、定性調査・インタビュー調査について持たなければならない認識は
ということになります。これは定性調査・インタビュー調査についての新たな定義となりえるとともに、経済的に行き詰っている現在の日本において強く求められるようになるであろうイノベーションにチャレンジする際の重要な認識となりえます。
リスニングのインタビューに中途半端に挑戦し不首尾に終わったという例を分析してみますとこの認識が足らなかったということがわかります。たとえば「自由な話し合い」と言っておきながら、人間工学的なインタビューフローを作っていたり、リクルートが「性年代」(これは基本的に生理的な状態を規定する属性ですので人間工学的なリクルート条件です)の条件だけで行われていたりすることが多々見受けられます。
また、リスニングとアスキングではインタビュアーの司会法は全く違うわけですからこのリスニングのトレーニングを少なからず積んだ人でなければ当然上手くいかないわけです。そもそも定性調査においてすら「エキストラ」なのにさらにリスニングにおいては「エキストラのエキストラ」などということになると、プロに期待される仕事はできないのが当然でしょう。看板だけのまがいものです。しかしこういった「不都合な真実」はゴロゴロしており、しかもそれに対して「見ざる聞かざる言わざる」を決め込んでいるリサーチャー・関係者は少なくないということをハッキリ暴露しておきたいと思います。
私があえてこの正統かつ王道のインタビュー手法を新たに「ALI」と名付けなければならなかったのもそこが理由です。