当たり前だが、すなわち「イノベーション」のためには「ニーズ」を知ることが不可欠であるということ
前回の記事に対して「潜在ニーズとは何か」というご質問を頂いたのですが、一言で言うとそれは人の心の奥底に生得的にある、あるいは遺伝情報としてあるであろう本能と言ってもよいものです。一般化すると「幸福な人生を送りたい」という欲求は誰しもが形は違えども持っているものだということです。マズローはそれを5段階プラス「自己超越」という観点で説明し、師匠の梅澤は「幸福追求の10大基本ニーズ」という観点で説明しましたが、それがなぜ存在するのか、なぜ生じるのかについては神のみぞ知るです。しかし、目の前のマーケティング、イノベーションの実務においてそれを考えなければならない理由、知らなければならない理由は一つもなく、要は「ニーズがある」ということで十分だと考えます。ニーズとは目に見えず捉えられないだけに、このような議論の迷路に踏み込みやすいものです。
実務上重要なのはそこではなく「どんなニーズに応えればイノベーションが起こせるのか?」という点に尽きます。それすら明らかではないのに「真理の追究」など傲慢という他ありません。
それについては追って順に説明していきますが、例えば、日常生活の体験談からニーズ構造分析をすると「日々是好日を感じながら暮らしていきたい」という根源的なBeニーズを持っている人には「河原の散歩で咲き始めの花をみるとなんとなくうれしい気持ちになる」といった日々の暮らしの中でのちょっとした嬉しさや喜びを求めるという生活行動が発生しており、さらにそのための商品・サービス、例えば、「花の写真をとると植物の名前がわかるスマホアプリ」や「春らしい気持ちが高まる色使いのウォーキングシューズ」などといった商品ニーズが発生している、ということがわかれば相当にニーズの構造が明らかになるといったことがあります。
さて、前回までの内容を整理しておくとこのようになります。
根源にあるのは、上記のような議論に陥るように「ニーズが不可視」であるというところにあります。故にそれを把握するのが難しく、アイデアや技術だけで開発・事業化をスタートしてしまうところに失敗の原因があり、また、イノベーションは既存事業の業務体系やリソース(手かせ・足かせ)からの逸脱が必要になることが多く(イノベーションのジレンマ)高リスクのイメージが生まれるということです。そこには組織内での保身や足の引っ張り合いなどの人間の性・業とでも呼ぶべき要素もありますがこの図では省いています。
一方でそのニーズの把握・見える化さえできればこのリスクは相当に下げられるわけです。こここそが核心部分です。そこには繰り返し検証していくことでその把握精度を高めるという業務システム的な部分もあります。
しかし、企業の業務体系は今見えている市場に対して最適化されているので、この潜在ニーズ把握というのは通常体系的には行われていないし、そこにヒト・モノ・カネも費やされていません。すなわちそのためのスキル・ナレッジが習得されないという構造があるわけです。すでにこの意識マトリクスで示したところですが、企業活動が/C領域、特にC/C領域に偏っているためにイノベーションが起きにくくなっているということです。潜在ニーズに応えなければどんな優れた技術でもイノベーションにはつながりませんから、イノベーションの為に肝心なのは技術開発(S/C領域)の前に、まずはC/S領域を知るということです。これはC/C領域で見える化されている「商品ニーズ」ではなく、上記の例のように生活者の日々徒然の暮らしの中にあるC/S領域の「生活ニーズ」を知るということです。イノベーションとは「新しい満足の提供」ですが、新しい満足とは生活の中にある満たされていない潜在ニーズに応えたときに生まれるものだからです。潜在ニーズというと人間の深奥にあるという意味合いもありますが、企業から見えていないことの中にあるという捉え方もあり、実は後者を捉える方が遥かに容易です。深奥にあるものを捉えなければならないという固定観念に陥るのは/C領域しか見えていなからだという説明も「南極大陸モデル」で説明済みです。
平成の失われた30年の間に日本企業からはイノベーションの体験が失われてしまったということもこの構造に追い打ちをかけています。
さて、ここまでで「イノベーションとはそもそも何なのか?」という概論は終わり、次回からは「イノベーションが起きる仕組み・システム」を解き明かしていきます。イノベーションシリーズを開始した冒頭に宣言しましたがすでにJOB理論やブルーオーシャン理論などを統合する「イノベーション統一理論」が一応完成の域に入ってきていますので、そのご紹介から始めたいと考えています。