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アンラーニングフォーラム発足のきっかけと「アンラーニング」の定義とは?【#連載_Vol.1】
本連載について
イノベーションの源泉「アンラーニング」とは?
〜“体現者”が語る、その必要性と重要性〜
東京大学生産技術研究所 菅野研究室と株式会社プレイドの社内起業組織 STUDIO ZERO(以降、スタジオゼロと表記)は、2024年5月1日に研究会「UNLEARNING FORUM(アンラーニングフォーラム)」を設立しました。
菅野研究室は、情報技術と人工知能(AI)、特にコンピュータビジョンやヒューマンコンピュータインタラクションに焦点を当て、幅広い課題に対する新しいアイデアの提案とその成果の学術発表に取り組んでいます。スタジオゼロは「産業と社会の変革を加速させる」をミッションとした事業開発組織です。各産業のフラッグシップとなる事例を創出するべく、日本を代表する大企業や地域経済を支える中小企業、スタートアップ企業、行政・公的機関などのパートナーと共に、データを活用した顧客視点での新規事業創出や既存事業の変革を目指しています。
本研究会では、大学や大学院で行われている研究と、企業における新規事業開発の取り組みが、共通の創造的プロセスを含んでいることに着目しています。アカデミックやビジネスの枠組みを超えた創造的なアウトプットを生み出す過程において、多くの人や組織が「アンラーニング(※)」というプロセスを踏んでいるケースが多いのではないか、と考えています。
アンラーニングとは、既存の知識や先入観を一旦置いておき、新しい視点で物事を見直すことを意味します。従来の枠組みにとらわれず、外部ゲストを含む研究者と企業代表の間で議論と交流を深めることにより、参加者同士のアイデア交換と相互の刺激を促進します。既成概念にとらわれない柔軟な思考を促すことで、斬新で実現可能性の高い発想が生まれる機会の創出を目指します。
(※アンラーニングとは「時代や環境の変化により有用性を失った知識や技術,価値観,ルーティンを棄却して新しいものを獲得する連続的プロセス」参考論文 “アンラーニング”の概念分析 より)
こうした取り組みを通じて、共同研究から新規事業への展開まで、理論と実践を架橋する共創の場が生まれることを目指している、アンラーニングフォーラム。
今回は、イノベーションの源泉である「アンラーニング」とは何かをテーマに、ゲストとしてその体現者である元前橋市長の山本りゅう氏をお迎えし、東京大学生産技術研究所の菅野氏とスタジオゼロ代表の仁科との対談の様子を連載形式でお伝えします。
アンラーニングフォーラム発足のきっかけと
「アンラーニング」の定義とは?
アンラーニングフォーラム発足のきっかけ
仁科「菅野さんにまずお聞きしますが、改めてアンラーニングフォーラム自体をスタジオゼロと一緒に始めようと思ったきっかけ、背景といったものを簡単にお話しいただけると幸いです。」
菅野氏「経緯としては、アンラーニングっていうキーワードありきで始まったわけじゃなくて、もともとはイノベーションを起こすってどういうことか?という話から始まっていまして。
我々の研究室自体は、AIや画像認識といった研究に取り組んでいます。ビッグテック企業の大規模な研究組織と、大学の研究室が論文発表というフィールドで競う、といった状況において、小さい大学の研究所ならではの新しいアイデアを作ることって本当に重要なんです。
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また、我々は東大の研究室なんですが、附置研究所として直接的には学部教育には関わっていなくて、大学院生を受け入れて一緒に研究する組織なんです。 なので、学部組織とは、学生に対する距離感も少し違っていて。共同研究者として、一緒に研究をしていきましょうっていうスタンスに近いんですね。教育的な観点からいうと、研究という実務の中で研究やイノベーションのプロセスについて学んでもらうというのは、附置研として大学院教育に関わる義務かなとずっと感じていました。
特に情報系・AI系の研究のようにトレンドの移り変わりが激しい分野だと、いかに迅速に、新しいアイデアを論文という形にして発表するか、というある種のクリエイティビティが、大学院で学ぶべきスキルのひとつだなと思っています。
どんどん移り変わるトレンドの中で、自分なりの新しいアイデアというものを、実験を伴う論文としてパッケージングして、 査読者を納得させて学会で発表する。このプロセスで求められるスキルは実は、新規事業をリリースするスキルとも近いと思うんです。そしてこれは、大学院で学ぶ学生にとっていわゆるトランスファラブルスキルのひとつだと思います。
自分なりの新しいアイデアを、しっかりターゲットとなるマーケットに載せられる形で提示して語れるようにする。この方法論は、ぜひ学生に学んで欲しいものでもあるし、僕ら自身も、これがどうやったらもっとうまくできるのか知りたいっていうのがあって。
これは、アカデミックな研究の方法論の話でもあるのですが、実はとても一般的な話でもあるんじゃないかと思います。そう考えた時に、スタジオゼロさんのように新規事業の立ち上げというプロセスに精通している方が集まる組織って、「どうやってイノベーションを起こすフレームワークについて考えるか」という話を一緒にする相手としては、実は非常にマッチしてるんじゃないか、というのが元々のきっかけですね。
その中で、何か研究会という形で一緒にやってみましょうとなった時に、じゃあキーワードとして何が1番学ぶべきソフトスキルは何だろうという話をしていて、アンラーニングというコンセプトが出てきた。他にも色々とキーワードを検討してはいたのですが、 その中で最終的にしっくりきたのがアンラーニングだったという形ですね。
なので、常識にとらわれない小さいイノベーションみたいなものをどうやって起こしていくか、そしてイノベーションの起こし方のようなものを言語化するにはどうすればいいか、というところがベースのモチベーションになっています。
企業と大学の関わり方って、直接的にビジネスに繋がりそうなところに大きい予算が入って、というのはよくある話で。もちろんそれは良いことなんですが、もっと不確定性の大きい領域で一緒に新しいことにチャレンジするようなプロセスが、本当は大学としては1番得意なことのはずなんです。産学連携の形ってもっと他にもあり得るんじゃないかなというのが、もうひとつのテーマとしてあったりします。」
仁科「そうですね。まさに、菅野さんと最初にお会いした時に、 ビッグテックGAFAM(Google/Amazon/Facebook(現Meta Platforms)/Apple/Microsoft)みたいなところが、 やっぱりとてつもなく大きな研究予算を持っているから、時代が変わったよね、という話で盛り上がりました。昔の日本みたいに、大企業がなんとなくイノベーションを期待して大学を頼るという、極めて短期的な、 ある種の利益中心主義で大学を頼っていた環境がもう違う時代に入って、なくなったんじゃないかという話ですよね。
大学として本来は、企業と迎合するっていうよりは、もっと一緒に対等の立場で新しい教育フローとか、新しい思考法を一緒に作っていくという、共同プロセスがいいんじゃないの?っていう話になって。
僕らスタジオゼロが、まさに企業とか行政にやっているような、対等に伴走するとか、 一緒にその調査を加速するというメッセージにピタッとはまったんで、なんかじゃあやってみましょうか!という話で、結構議論しながら、今の流れを作りましたよね」
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山本氏「話を差し込みますが、今の一連の話を聞いてGAFAMの技術に対抗するために、何でもいいから良い技術開発しよう、それで誰かに頼んだ、といったそんな短期的で利己主義的なことじゃなくて。修行のやり方そのものを教える、滝行のやり方自体を教えるよ!といった話に感じました。」
菅野氏「あと、今思い出したのですが、研究と産学連携いうものに対する世間のイメージはおそらく、大学が研究成果としてすぐに使える技術や知見を持っていて、それを応用する、という見方に偏っているのではないかというのがあって。本当は、大学と企業が一緒に研究することそれ自体に大きな価値があるはずなんです。
研究成果を外に売るというよりは、研究というスキル自体をうまくブランディングしたい、という気持ちがあったんですよね。デザインシンキングという言葉を発明したのが実は重要だという話と似ていて、リサーチシンキング的な、研究というプロセスや考え方自体を外にアピールすることはできないだろうかという話もした記憶がありますね。
研究所の価値とか大学院の価値みたいなものを社会に問うアプローチとして、「研究成果がすごく役に立ちますよ」とか「成果が大きなお金になりますよ」といったもの以外の回路が必要なんじゃないか?という話も背景にあったりします。
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山本氏「むしろ世の中が幸せになるための研究といった感じに近づいてきちゃうんじゃないでしょうか。例えば、ある企業にすると、研究してアームドしたスーツに、いろんな武器をぶら下げているのに対して、あなたの場合は逆に裸になってふんどしひとつで滝行に入るという感じで、真逆ですよね。」
菅野氏「そうです。」
大学院で「滝行」(=研究のやり方そのもの)を学ぶことは、
すなわちイノベーションの起こし方を身につけるということ
仁科「やっぱりプロダクトのような、ある種の研究成果って、わかりやすいアウトプットとか、使えるものだ、というのが今までの当たり前だと思うのですが、今回のアンラーニングフォーラムという活動はそういった目先のプロダクトを作る視点だけじゃなくて、そういったプロダクトが出現しやすくするための土壌作りに近い活動ですよね。
だから、そういう土壌カルチャーみたいなものを、これから作っていこうとしている僕らのアンラーニングのフレームワークというかもしれないし、新しい思考法というかもしれないけど、土壌を作り上げないと、新しくてまた違った世界観のものって出てこないんで、土壌作りをしている形に近いなと感じます。」
菅野氏「そうですよね。僕は今、技術参与という形で文部科学省にもお世話になっているのですが、大学院教育のあり方とか、どんどん少子化していく中で、どうやって日本の知的な体力を減らさないようにするか、といった議論をしているところを拝見していて。アンラーニングフォーラムは、まさにそれにも関連する話というか、既存の知識を学んだ上で、イノベーションの起こし方を学ぶ、というのは知的スキルについて考える上でとても本質的な話だと思います。
文科省でも最近、博士人材活躍プラン、要は博士号取得者を国全体として増やして、民間含めてさまざまな場所で活躍できる社会の土壌を整備する計画についての議論が進んでいます。こういう話ともまさに関係しているのですが、研究や大学院教育の価値とは?という問題を考えた時、やっぱり世間から見るとインパクトのある研究成果が全てというか、世界に誇れる研究成果が得られるから凄い、というような捉え方をしてしまうと思うんです。ただ、これは裏を返せば、役に立つ結果が得られなければ研究にも大学院での学びにも意味はない、という話になってしまうじゃないですか。本当は、大学院で研究する、研究のやり方を学ぶ、ということ自体に非常に大きな価値があるはずなんです。
イノベーションとは何か、とか、どうやって新しい問題を提起して世の中に影響を及ぼすのか、というところを学ぶ場としての大学院の存在をアピールすることが重要だと思っていて。そこに、アンラーニングフォーラムの話がバチッとハマったという感じですかね。」
自分の人生をより良くしたり、挑戦したりする“ひとつの手法”こそ
本来の「アンラーニング」
仁科「やっぱり、即物的すぎる、大学に求める企業の視点や、 大学の学生自体の即物的なキャリアパスも含めて、勿体無い!という感じですよね。もっと本質を見出すというか、磨かないと、勿体無い人生を歩んじゃう、企業とか個人もいるよねという話から、始まりました。
アンラーニングフォーラムの行く末の話にも少し触れますが、 ビジネスパーソンといった現役の人だけではなくて、学生、もしくは、大学の周辺に在住の一見「アンラーニング」という言葉を聞いたことがないような方々にも活かせるフレームワークだと感じています。
本来アンラーニングというものは、自分の人生をより良く、少し挑戦するひとつの手法なので、もっとこれを民主化というか大衆化してもいいんじゃないか、といった話も当初からしていたので、そこも最後は狙いたいなと思っています。」
山本氏「実は、この議論だったり、やり取りで、アンラーニングをビジネスの人が何をどうするのか?という違和感が最初はありましたが、ストンと理解できました。新しいものを生み出すために、もう一度もう無垢の心を取り戻そうぜ!といったような感じですね。さっき僕は、奇しくも滝行だ!みたいなことを申し上げましたが、まさに無垢なところからまた、新しく積み上げるものかもしれないですね。」
仁科「そのメタファーは面白いですよね。確かに滝行も『無』になりますけど、滝行をしている時は、超冷たいし、痛いじゃないですか。アンラーニングもほぼ同じで、アンラーニングをしている過程は過去の自分の成功体験を脇に置いた上で新しい経験を意図的にとりにいかないといけないので、その時ってすごく精神的には苦しいんですよね、 棄却するというのは。その、苦しさも含めて、その先に(新しい世界が)あるんで。滝行、いい表現ですね」
菅野氏「滝行、いい。いい表現ですね、面白いです。」
山本氏「昨日も私、仁科さんと、とあるミーティングをしていたんです。その時、随分と指摘されれたのが、『過去に取り組んだことがないからダメダメ』というダメな理由ばかりで。アンラーニングという言葉は、そんなこと、ダメじゃないから、頑張ってみようよっていうメッセージですよね。」
仁科「確かにそうですね。ちょっと尖ったものを出して、結局いずれもいいんじゃない?となったんですけど、落ち着くまでに、『いやこれが難しくて、あれが難しくてダメで』という話が最初はあって。
やっぱり殻をどう破るかとか、過去の常識をどう脇において、もっと本質的なところにぐっと斬り込んでいくか、ということは、 産官学のそれぞれが抱えている、悩ましい点ですね。」
山本氏「悩ましい。」
仁科「やっぱりアンラーニングという、このフレーズは大事だし、 それがないと、イノベーションは起きづらいですよね、といったようなことは昨日も痛感しましたよね。」
山本氏「ですよね、まさに。」
次回Vol.2では、産官学それぞれの立場から見たアンラーニングの必要性とその重要性について、さらに詳しく迫ります。(To be continued……)
本研究会は、研究・教育・産業の間に新たな架け橋を築くことを目指しており、情報・AIや関連する分野に限らず、イノベーションを起こすために必要な要素の洗い出しや、そのひとつとしての「アンラーニング」というスキルの構造化に関心がある方々の参加を募集しています。
また、本研究会の趣旨やテーマにご興味があり、連載企画にて菅谷氏・仁科と対談を検討いただける方(アンラーニングを体現されている方)からのお問い合わせもお待ちしております。
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