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「注視教材」で目を自分のものにして、世界と出会う。(『せんせい、いっしょ。-特別支援学校のちょっと変わった先生の、ちょっと変わった教材の話-』#02 北野ちゆき)

特別支援学校教諭北野ちゆき先生による連載、【せんせい、いっしょ -特別支援学校のちょっと変わった先生の、ちょっと変わった教材の話-】。

二回目の今回は、”見る”ということについてです。見るという行為を、”ただ眼球に写っている”という状態から、物事(世界)に注意を向けるためのツールとして、自分自身でコントロールしていくための特別支援教材たち。
多くの子が赤ちゃんの頃に手遊びやいたずらを通じて、親の知らぬ間に当たり前のようにできるようになってしまうことを、ゆっくり、丁寧に積み上げていくための教材たちと、その教材たちを北野先生が量産していくその挑戦のお話です。


一回目の”快感教材”、今回の”注視教材””追視教材”を実際にご覧いただける展覧会を、2024年2月3日(土)にStudio oowaで開催します。概要は記事末に記載がありますので、ご興味のある方はぜひお越しください。

Studio oowa 加藤 甫

私は、現在特別支援学校教員14年目。
子どもから学ぶをモットーに、たくさんの子どもたちとかかわってきました。特別支援学校では、チームティーチングと呼ばれ、チームで指導にあたっていきます。1クラスを2~3人の複数の先生でチームで持つことが多く、小学部・中学部・高等部まである学校だと、教員の人数が100人を超えることもあります。いろいろな先生と一緒に指導にあたることが、特別支援学校の先生の醍醐味でもあります。

宮城県仙台市の大学で特別支援教育を学んだ私は、当初の希望通り神奈川県で特別支援学校の教員として働きだしました。海が見え、毎週登山があったり、保護者の方からスイカをいただいたり…のんびりとした大好きな学校です。そこで、私は恩師となる先生に出会いました。その先生は、その学校の副校長先生でした。
今回は、私の特別支援学校界での恩師の先生の話をさせてください。

教員になって3年目のとき、私は小学部高学年クラスの担任になりました。
初めての高学年担任で、子どもたちの発達に適した学習や支援が見極められるか不安だった私は、60人の先生がいる職員室を横切り、中央にある副校長先生のデスクへと向かいます。

「うちの教室を見に来て、私にご指導をお願いします。」

今思えば、25歳の私の度胸に驚く…発言です。

副校長先生はすぐに教室を訪ね、私の授業や指導を見てくれました。
その時の副校長先生は、教室の後方から見るのではなく真横から見ていました。ほとんどの先生は後方から授業を見るのに、なぜだろう?と思っていました。
もう1つ、副校長先生の授業の見方には違うところがありました。先生である私を見ていないのです!ほとんどの先生は、授業をする先生の提示の仕方や言葉を見ては、バインダーに書いて…という見方なのですが。副校長先生は、先生の私が視界に入ってないのでは?と思うほどでした。ただ、子どもたちを食い入るように観察しているのです。

気づかない子もいるほど静かに教室に入ってきて、横から子どもたちを見て、ニヤニヤしたり、「ふんふん」とうなずいたり、首をかしげて「う~ん。」と唸ったりしています。25歳の新米教師の私が、55歳のベテラン副校長先生に見られる…もちろん緊張もしましたが、それよりも副校長先生の子どもを見る鋭い目つき・横からの見方が不思議で不思議で…「知りたい」「学びたい」という気持ちがわきました。副校長先生にそのことを尋ねると、「授業は真横から見るんだよ。特に、私は、子どもたちの目・眼球を見ているんだ。」と話すのです。

今日も、副校長先生が朝の会の時間にやってきました。ニヤニヤしたり、「ふんふん」したり、時折1人の子をじーっと見つめたりしています。放課後、私は副校長先生のところに行きました。副校長先生は、

「あ~、全然見てないね。目を使っていないね。」

と笑っていました。

「〇〇さんは、最初は少し目の端で雰囲気を気にしているんだけど、5分経つと左膝に感覚を入れ始めるね…」

と話すじゃないですか。
次の日の朝の会の時に気にしていると、確かにその子は5分あたりで貧乏ゆすりのように左膝を揺らし始めるのです。担任になってから1か月間、私には気付かなかったことでした。
そして、副校長先生は続けます。

「でも、あれ(いつも使っている写真カードを、ただ見せるのではなく箱からジャーン!と出した)をやった時、〇〇さんはチラッと(写真カードを)見たんだよ~。
彼は、見るとき目の端で捉えるんだね」

見ることは、参加すること。座っているから、参加しているように見えるけど、見てないね、参加してないね。

「今、5月か~。こーれ、冬頃に視聴率が100%になったら面白いよな~、最高に気持ちいいだろな~」

すごく楽しそうに、副校長先生は言いました。



私は、この1か月の違和感をありありと思い出しました。
今まで低学年を担任していた私、高学年の子たちはこれまでの低学年の子と違って、落ち着いて着席するスタイルが身についていました。だけど、一緒にいる感覚がないのです。着席しているけれど視線が合わなかったり、こちらの言葉が届いていなかったり、手をひらひら・足をゆらゆらの自己刺激の世界にいたり…
私が1人で芝居をしているような授業。見られている・聞かれているという反応がない中、無意識に声が大きくなっている自分を感じていたのです。声の大きな1人芝居。観客はほとんどいない。
これまでの違和感をクリアに感じ、ショックと恥ずかしさを感じながら、違和感の謎が解けた爽快感もありました。

よし、このクラス5人の視聴率を100%にしよう。
私の視聴率獲得への挑戦が始まりました。

今回の記事では、副校長先生が真横から鋭い目で見ていた子どもたちの「目」「眼球」についての知識を深めながら、「見る」学習について提案していきたいと思います。


まずは、とっておきの〈眼球の秘密〉について。
手をひらひらしながら目の端で見ている、ミニカーのタイヤが回転するのを目の端で見続けている、ストライプやドッドなどの幾何学模様へのこだわり、水道の水が排水溝に流れていくのを見ることに固執している…こんな子いませんか?いますよね。

この子たちの背景にあるのは「周辺視あそび」という現象です。
楽しんでいるように見えて、「あそび」というより「自己刺激行動」をしていて、その感覚刺激にとらわれている状態です。

眼球の機能には、本能的(原始的)な【周辺視】識別的な【中心視】があります。

【周辺視】
網膜の周辺部(青部分)で外界をとらえるもので、明暗の変化や外界の動きをとらえるものです。動物が身の危険があった時に、影やシルエットですぐに逃げられるように備わっている防衛行動のための、本能的な機能として備わっています。
【中心視】
網膜の中心部で像をつくって外界をとらえます。色や輪郭に反応する視細胞が集まっているので、視覚的にしっかりと識別する「物を見る」ことができます。

眼球運動が未発達な場合、【中心視】を使うことは非常に苦労します。そのため、眼球運動のコントロールがいらない、さきほどのような【周辺視】を使ったあそびに陥りやすいのです。

さきほどの私のクラスの子どもたちでいうと、
大まかに場の雰囲気をとらえている(【周辺視】)だけで、しっかり教員のことを見て(【中心視】)参加していた子はどれだけいたのでしょう。

それなら、識別的な目の動き【中心視】を育もう!と思いました。
識別系のスイッチオンには、「好き」「楽しい」「面白い」が最強。
視聴率100%に向けて…
目・眼球の識別系スイッチをオンにする「注視教材」の作成がスタートしました。
(それが実は単純な「その子がよく見るもので学習活動を設定しよう」というものでした。)

*補足
実は、眼球運動のベースとなっているのは、平衡感覚なんです。ブランコやぐるぐる回って育つ平衡感覚の機能が、眼球運動の育ちの土台になっています。感覚統合と言われる、感覚を育む活動の大切さを現場教員として実感しています。

#02 注視教材/追視教材

毎朝5分、朝の会の前に「見る」ことだけを目標とした「注視タイム」をつくりました。大きな紙袋から次々と注視教材を取り出して、テンポよく示していきます。あの子の視線が少しも向かなかったら「はい次!」、その日不安定なあの子のために「これやろう!」…目の前の子どもたちの反応から答えを探していました。

♢ふくらまし

先生が、ストローで息を吹き込むと…ふくらみ・飛び出すこの仕掛け。
単純なのに、癖になる。その子の好きなキャラクターなどで、その子に沿える教材になる。

♢パタパタ

これは、簡単な作りなのに私が一生使い続ける神教材です。
歌を歌いながら順番に関連するものが登場して並列していくだけのしかけが、想像以上にハマるんです。
その子の好きなものパタパタ、電車や食べ物等なかまわけパタパタ、クラスの子の好きなものパタパタ…種類は無限大。
中でも、一番の好視聴率は「マクドナルドパタパタ」です。

◇くるくる紙皿

◇くるくる円盤


視聴率100%を目指すと決めた5月から、私は注視教材の作成と研究に没頭しました。
くるくる紙皿・ストローのふくらまし、がりがり君やじゃがりこ等のお菓子のパッケージクイズ、ペープサートやパネルシアター、手遊びだけでなく…
風車をただ回してみたり、目の前でシャボン玉を膨らませたり。
暑い夏には、「雨だー!」と霧吹きを真上に向けてシュッシュ。霧を見上げ・目で捉え・手を伸ばす子どもたち。
彼らが「見る」ために、当時の私は何だってしました。


ある日、副校長先生が、ふらっと来て言いました。

「コマーシャルって何秒だと思う?あれが注視の最大時間と思え。」

テレビCMで最も多いのは15秒なんだそうです。次が30秒、45秒。
5分間に、いくつの教材が必要になるんでしょう。。。

何度も登場している見飽きた教材では「またか。」と視線は逸れて体は動き…視聴率は下がります。
その一方で「パタパタ」のように、何回も何回も見ているのに「見飽きる」様子がなく、子どもたちにとって安心する「お決まりのアレ」となっている教材もでてきました。

子どもたちの目が集まってくるのを感じました。
私が、注視教材の入った紙袋を持って前に行くと、「始まるのね。」と子どもたちが着席するようになりました。
「座ります。」という先生たちの声も、教室に響かなくなりました。

秋には、
私が教室に入ってくるだけで、子どもたちの眼球が動いて私を捉えるのを感じました。写真カードや授業の手本の提示の場面でも、安定した視線が増えてきました。もう大きい声を出して子どもの注目を集めようと必死にならなくても大丈夫です。

冬には、
識別的に「見る」活動だけでなく、「聞く」活動にも広がりました。
効果音CDを流して、その音を聞いて絵カードから「雷」「雨」「犬」などを選ぶ活動を行いました。
その頃には、注視タイムが5分から15分になっていました。

また、副校長先生がクラスを訪ねてきました。
今回も真横から子どもたちを見ていました。あの鋭い目です。
が、今回は全然笑っていないのです。
「ふんふん」も言わないで、微動だにしていない。
そんな姿に「これ、合ってたのかな?」「方向性、間違っていたかな?」、緊張や不安が湧き上がってきました。

教室を一歩出た副校長先生は、私の目を見て
「今日は、100%だったね。」
と一言、職員室へと戻っていきました。

自分の目を、自分のものにする。
「見る」という行為を自分の機能としてコントロールできるようになることが、いかに人生を豊かにすることか...。
目を自分のものとして、世界を見る。
だから、好きなことに出会える。わかることができる。楽しいことがみつかる。
自分の目を使いこなすこと、それを育むことは、(特別支援)教育でやるべきことの根幹の1つじゃないかと思うんです。

「注視」「追視」の学習を通して、
自分のものとして扱える目を育てたい。
外の世界で、好きなこと・わかることを見つけられる目を育てたい。
担任の私とは1年の出会いとかかわりですが、育まれた目を彼らは持ってこれから先を歩んでいく。プレゼントのように、しっかりと贈りたいのです。

こんなのも教材なの?!
そんな〈追視教材〉をいくつかご紹介します。
動くそれらを見ようという意思を持ち、目で追うことは、識別的に目を使うことです。
好きだから見たくなる、綺麗・不思議・面白いから見続けたくなる。
見ること・見続けることに、知的好奇心がわく。
学びは訓練ではない。子どもたちが自分から学ぶ道筋を作ってくれる教材こそ、優秀教材と思っています。

♢オイルタイマー

♢レインボーツリータワー

♢絵本「ころりんぱ」

その時、
子どもの「行動」ではなく、「目」「眼球」を見てください。

子どもとかかわる私たち大人の目も、
大まかに雰囲気をとらえて(【周辺視】)子どもの行動を見る・反応するのではなく、しっかり自分の目(【中心視】)で子どもの育ちを見ていきたいものです。


(つづく)


執筆|北野ちゆき
編集・写真|加藤甫
モデル|oowa kids

ひとり教材展 at oowa vol.1
夏休みに誰もいない教室で行っていた【ひとり教材展】が教室を飛び出して開催します。会場は横浜市西区にあるスペース@studio_oowaです。1回目は本連載の#1快感教材、#2眼球で取り上げた教材たちです。どなたでもご覧になれます。ぜひ足をお運びください!
開催日|2024年2月3日(土)
時間|10:00-16:00
会場|studio oowa(神奈川県横浜市西区中央2-46−21 万代ビル1F
参加|無料
主催|Studio oowa
問い合わせ|oowa.studio@gmail.com/08034542269(代表:加藤)
助成|横浜市地域文化サポート事業・ヨコハマアートサイト2023

北野ちゆき
1988年青森県生まれ。宮城教育大学教育学部養護学校教育専攻修了後、神奈川県の特別支援学校教員として勤務。知的障害特別支援学校を3校経験し、多くの子どもたちと出会う。「学校をワクワクに」「子どもから学ぶ」がモットー。特別支援教育ならではのワクワクを広げるためにInstaglam(@chiyu_ki)での情報発信や、2023年より横浜市の放課後等デイサービスのアドバイザーなど、学校内にとどまらず地域や福祉へと関心の幅を広げている。特別支援教育をライフワークとする1児の母。

Studio oowa
横浜市西区にある加藤甫写真事務所が運営するスタジオ兼コミュニティスペース。”oowa”とは、1人の発話が苦手なダウン症の男の子が使うオリジナルの言葉「おーわ」に由来する。社会がまだことばと認識できていない行動やアクションを探し、尊重・共有することでオリジナルのコミュニケーションを模索するばづくりをおこなっている。 Instagram|@studio_oowa


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