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どうしたら普通の人がイノベーティブになれるのか

T型フォード、ダイソンの掃除機、ブロックチェーン・・・。
世の中に輝かしいイノベーションの事例は多くあります。しかし、それらのアイデアのシャープさにいくら感嘆しても、自分自身がそうしたイノベーションを起こせるとは限りません。当たり前ですけど。イノベーティブになりたい!でもジョブズのような聡明さは自分には無いし...。まるでショウウィンドウの中の立派な帆船模型を羨ましそうに眺める、貧しい少年のような気分になったことがあるのは、きっと僕だけではないと思います。
そんな、イノベーション難民の一人の僕ではありますが、会社員時代のある上司の言葉と習慣に触れてからは、こんなことを考えるようになりました。

ひょっとしたら、
一般ピープルだって、
訓練すればイノベーターに近づけるのでは?

その上司は、よくこんな類の話をしていました。例えば言わずと知れた、イノベーティブ・プロダクト、初代iPhoneについてはこんなかんじ。

iPhoneの何が一番イノベーションかっていうと、
俺はホームボタンだと思うんだよね。
もっと言うと、ホームボタンを設置して、
「進むためのデザイン」よりも「戻るためのデザイン」を
やってのけたことなんじゃないかなあ。

ガラケーは、ほぼ例外なく、真ん中に「決定」ボタンがあります。一方iPhoneの正面には、「ホームボタン」ただ一つ。
つまり、従来の携帯電話が、どんどん前に進んでいきやすいように設計されているのに対して、iPhoneは、何をしていてもすぐ最初に戻り、次の行動を取りやすいように設計されているわけです。

「次の動作の起点に戻る」という動作が鍵だと気づいたら、
「じゃあホーム画面は、やれることが一覧になってた方がいいよね」
「電話も地図検索も、すばやくアクセスできるアプリ形式にしよう」
「タッチパネルにしたら画面を大きくできるから、一度に表示できる」等々、iPhoneの特徴のほとんどを、そこから思いつけそうな気がします。(そういえば、テニスとか柔道とか、瞬時に適切な技を選んで繰り出すタイプのスポーツにも、たいてい「ホームポジション」にあたるものがありますよね。)
初代iPhoneのホームボタンには、再生ボタンマークとも停止ボタンマークとも違う、角アールの正方形のマークが書かれていたあたりも、なんだか意味深です。

タッチパネルはアップルの発明ではないし、アプリという発想もしかり。初代iPhone自体は、既存技術の寄せ集めでできていました。しかし、「高機能端末で最も大事な動作は、進むことではなく戻ること」という発見が、イノベーティブな技術編集につながり、イノベーティブなプロダクトを産んだのではないか。これが僕の上司の仮説です。
もちろん、実際の真偽はわかりません。ジョブズは別にそんな思考プロセスを経てはいなかったかもしれません。しかし、もし「これからの携帯電話には、進みやすさよりも戻りやすさが鍵になる」という視点を持っていたら、普通のメーカーの技術者や経営者も、iPhoneを思いつく確率が飛躍的に高まるはずです。
iPhoneに限らず、「保険は保証を手厚くするよりも、プランが分かりやすくあるべきだ」という視点を持てれば、ライフネット生命の商品設計やUIを思いつけそうです。「掃除機は本当は吸引力の強さよりも吸引力が落ちないことの方が重要なはずだ」と思いつければダイソンの掃除機を思いつけそうです(実際、吸引力の強さは競合他社の製品に優るものではありませんでした)。
実際にどうだったかは問題ではありません。僕がここで言いたいのは、

具体的なイノベーション事例から、
「どういう思考プロセスを経れば、その発想に辿り着けそうか」
を妄想することで、そのイノベーションを、
自分でも再現可能なものに変えられる

ということです。さらに言えば、そうした訓練を積めば、イノベーティブなアイデアを思いつく、思考の筋肉が鍛えられるということです。
もちろん、イノベーティブであることと、イノベーティブなアイデアを思いつけることはイコールではありません。古今東西の多くの経営者たちが語っているように、イノベーションは実行・行動してナンボであって、思いつくだけでは不十分です。(ここまで読み進めていただいて今更ですみませんが、本稿では「イノベーティブ」をアイデア創出フェーズに限定して言っています。)
しかし、その最初の大きな一歩のためには、イノベーティブなアイデアは極めて重要であり、そこに至るハシゴとして、上記のような「発想プロセスの再現」や、それによって養われる「思いつき方を思いつく能力」は、大きな武器になるはずです。

こんな感じで偉そうなことを書いている僕自身は、まだまだ到底イノベーティブな人間ではありませんが、お客さんに、表現の前段階、つまり事業戦略やマーケティング戦略面を提案する時にこの発想は大いに役立っています。
「そもそも何を目指すべきか」自体がシャープであれば、その戦略のもとで作るデザインは、結果にコミットするデザインとなります。
ここで「戦略」という言葉を使っていることにも表れているように、アイデアの前段階としての、「進み方をデザインするのではなく、思いつき方をデザインする」「保証の手厚さよりも、分かりやすさを優先する」「吸引力の強さよりも、吸引力が落ちないことを争点にする」といった<視点>は、<戦略>そのものでもあります。

①イノベーションを起こすアイデアにたどり着くために、
 イノベーションを起こす戦略を考える
②その発想ドリルとして、
 日々イノベーションの成功事例から戦略を逆算してみる

これが、僕のような凡人にもできる、イノベーションへの近道だと思うのです。戦略を考えるのも、もちろん簡単ではありませんし、それゆえ訓練を必要としますが、天からアイデアが降ってくるのをひたすら待つよりは確実です。それに、戦略レベルであれば、現状のマーケットを調べることや、今生じている環境変化を整理すること、他社の戦略を知ることといった、ごく普通の作業によって、達成可能です。

ちなみに、ブルーオーシャン市場を発見する方法を説く話題のビジネス書『ブルー・オーシャン・シフト』のW・チャン・キムらは、ブルーオーシャンシフトを実現する一つの重要要素として、「細分化(atomization)」を挙げています。
「一足とびに実現することは不可能である。そこで代わりに、取り組み全体を小さな具体的ステップに分けて(中略)段取りをすると、(中略)どのステップでもお手上げにはならない。(中略)どのような課題も、細分化して一つずつ解決することに注力すれば」、「ブルーオーシャンシフトが実現するのだ」というのです。
イノベーティブなアイデアにたどり着くための戦略を考えることは、思考の細分化とも言えます。一歩ずつ適切に進めば、成功は手にすることができるというのは、イノベーション難民にとって、希望の光だと思いませんか。

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