Episode 108 「スイスでのプレゼン」
Episode107で触れたWundermanではマイクロソフト(Microsoft)や、世界最大の製薬会社であるファイザー(Pfizer)、世界有数の規模を持つ、イギリスの製薬会社のGlaxoSmithKline(GSK)などのクライアントを担当した。
そんな中、入社して約1年半のタイミングでフランスの広告代理店であるHAVAS(ハバス)はどうか、という話をエージェントであるGary(ゲリー)から持ち掛けられた。
もちろん、HAVASという広告代理店は知っていた。世界的に見ても、その規模はWPP(Wunderman Thompson, Ogilvy & Mather, VML Young & Ribicamなど), OminicomGroup(BBDO,DDB,TBWAなど ), Publicis Groupe(Saatchi&Saatchi,Leo Burnett,BBHなど), Interpublic(McCann Worldgroup, R/GA, HUGEなど)などと肩を並べるグループであり、エールフランスやエヴィアン(飲料水)、シーバスリーガル(ウィスキー)、プジョー(車メーカー)やシトロエン(車メーカー)といった、フランスを代表するブランドをクライアントとして持っている世界有数の広告代理店だ。
しかしながら、当時の私はWundermanに入社してからまだ1年半ほどしか経っておらず、特に転職をしなければならない理由は存在しなかった。ただ、HAVASには、ダレルがいた。
ダレルとは、元AKQAのデジタル領域を専門とするイギリス人の男だ。彼とは、チームWPPとして、Wunderman,ADK,AKQAの3社合同でBWMのピッチ(コンペ)に参加した際に、共に作業をした。
このピッチの準備をしている真っ只中に彼はHAVASへと転職をしたのだった。この様なこともあり、HAVASの存在は身近なものとなっていた。彼の事は非常に尊敬していたということもあり、(HAVASに)話だけでも聞きに行こうかと、港区は青山一丁目にあるオフィスに向かった。
CEOはスティーブというカナダ人だった。物腰は柔らかいが非常にスマートな人で特に悪そうな人でもなかったと言う点と、ダレルと一緒に仕事をしたいという想いから前向きにHAVASを検討し始めた。
自分の中の条件として、転職をする際には、タイトル(つまり、肩書き)または年収が上がる、を大前提としている。正にこれが、グローバルスタンダードという認識でいる。
つまり、働き方に対する意識(外資の場合、または、多くの先進国の場合、ステップアップを常に伺っている人が多い)は、多くの日本人のそれ(同じ会社に長期にわたり勤める)とは明らかに異なる。
今(2024年現在)でも、日本ではまだ転職に対する意識が他の先進国のそれとは大きく異なる。具体的には、ストラテジックプランナーからシニアストラテジックプランナーになる事を条件にHAVASへの転職も決めた。また、少々であるが年収もアップした。晴れて、HAVASで働き始めた。
担当したクライアントは、Peugeot(プジョー)、 Citroen(シトロエン)、Air France(エールフランス)、GSKなどであった。HAVASにおける仕事の中で、個人的なハイライトとしてはフィリップモリス社のiQOS(電子タバコ)のグローバルピッチ(コンペ)に参加したことだった。
このピッチ(コンペ)はメインでHAVASのロンドンオフィスとパリオフィスが指揮をとった。併せて、BETCというHAVASネットワーク内のフランスのクリエイティブエージェンシーも参加していた。
主なメンバーはロンドンオフィス及びパリオフィスから構成されていたが、東京オフィスから私は唯一参加させてもらった。フィリップモリス社の専属広告代理店グループはPublicis Groupe(パブリシスグループ)であるが今回、ピッチが行われることになったのだ。
恐らくiQOSというブランドとして新しい試み(クリエイティブなど)を行いたかったのであろう。(ピッチに)参加したのは、我々HAVASグループに併せ、WPPグループも参加したとのことだ。その他に参加した代理店は不明である。
先ずロンドンのキングスクロスに位置するHAVASのロンドンオフィスを訪れた。キングスクロスの駅のすぐ側に位置するオフィス街に、Googleのビルなどと肩を並べる形でHAVASのビルは建っていた。
(HAVASのロンドンオフィスの)規模に関しては東京オフィスのそれとは大きく異なっていた。社員も、恐らく東京オフィスの20倍以上は確実にいそうな雰囲気であった。オフィス内も非常にオシャレでかつ活気に溢れていた。
今回のピッチのブリーフ(クライアントからお題)内容は、大きく分けて二つあった。一つは、東京で行うiQOSのプロダクトローンチのPR及びイベント。もう一つは、iQOS周りのクリエイティブ全般、である。
これら二つのブリーフに対してHAVASの考えをプレゼンした。先ず、キングスクロスのロンドンオフィスにて諸々打ち合わせを行った。翌日、ロンドンオフィスのチームメンバーと一緒にロンドンヒースロー空港からスイスのローザンヌまで飛んだ。
ローザンヌからは電車でジュネーヴまで行った。ホテルまではタクシーで10分も掛からなかった。ホテルから徒歩で5分ほどの場所に、別のホテルがあり、このホテルは相当質の高いホテルの様に見受けられた。
先ず、その建物はお城も顔負けな造りになっており、内装も宮殿の如く綺麗だった。このホテルの一室(カンファレンスルーム)を貸し切り、丸一日を掛けてプレゼンの資料作りを行った。このタイミングでパリオフィスのメンバーも合流した。
クライアントからのブリーフが届いたのがプレゼンの数日前という、本来あってはならないスケジュール感だった為、実際のプレゼン(フィリップモリスの本社にて)の前の日は一睡もする時間がなかった。
資料作りの準備をし、ホテルに戻り2、3時間後に再度集合する、という具合であった。一度眠ってしまうと、起きれなくなる可能性があった為、バスタブにお湯を貯め、コーヒーを飲みながらプレゼンで話す内容を声に出し、一人でイメージトレーニングを行っていた。まるで、映画俳優がセリフを口に出して一人で稽古をしているかの様に。
数時間後、朝になり再度ホテルのカンファレンスルームに集合した。その日は、パリオフィスのメンバーの他にBETC(HAVASグループのクリエイティブに特化した広告代理店)から幹部の人達も来ていた。
個人的にはBETCのネットワーク内でトップのストラテジックプランナーの人(Marianne Hurstel, Worldwide Chief Strategic Officer at BETC Paris)と一緒にプレゼンをすることができて光栄だった。
プレゼンの本番は、資料などの準備をしていたホテルのカンファレンスルームからタクシーでフィリップモリスの本社に向かった。尚、プレゼンを行う相手(フィリップモリスの社員、つまりクライアント)は4、5人と聞いていたのだが、実際には4、5人を遥かに超える人数がぞろぞろと部屋に入ってきた。おそらく、30人以上は居たと思われる。30人以上のアングロサクソン系のフィリップモリスの社員相手にプレゼン。やってやろうじゃないか、と。
プレゼンテーションは2時間以上に及んだ。このプレゼンの内容にはイベントの提案も含まれており、有名どころのアーティストの提案を、Adamが行った。彼は、ユニバーサルミュージックの社員であった。ユニバーサルミュージックは、HAVAS同様、フランスのVivendiグループの一員であることから今回のプレゼンでHAVASとコラボをする形となったのだ。
今回のプレゼンのリーダーはHAVASロンドンオフィスのPaulという男だった。プレゼンが終わった後、ちょうどワールドカップが行われており、イングランドが数十年ぶりだかに準決勝に進んだということでイギリス人のPaulは興奮していた。2018年のワールドカップ準決勝は、スイスはジュネーヴのパブにて観戦することとなった。
ちなみに、イングランドは敗れた。試合を告げるホイッスルが鳴った瞬間、隣にいたPaulの横顔を見たのだが、口元に手を当てたPaulのその表情は、この結果が全く信じられない、という様な顔をしていた。まるで、何週間も掛けて体育館全体を覆うほどのドミノが完成する間際に、誤って手がドミノにあたり、それまでの努力が全て一気に無駄になってしまった瞬間を目撃した様な顔だった。