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【借りものたちのメッセージ】シリーズ

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#真実

【借りものたちのメッセージ】 第6編 『新しいフリで』 (No.0251)

 曲を歌い終えたギンは足元のドリンクをグビリと飲んだ。
缶を傾け口に流し込みながら目線を周りに泳がす。
周りは誰も立ち止まって歌を聴いていない。
まあ、いつものことである。
だが、周りに立ち止まるものはいないが、そのさらに外側にはさっきと違って
立ち止まるものが数名見える。

止まってスマホをいじるもの。
止まって私と同じように缶のドリンクを飲む者もいる。
そして何よりも例の牛丼屋の前に伸びるムカ

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【借りものたちのメッセージ】 第5編 『子犬だけど』 (No.0250)

いつものオートバイに乗って、私はここへ来た。
ここはいつもの寂れた田舎の街ではなく、少し遠出をして人の流れのある駅前だ。
今日はここで芋を売る。
いつもと違って往来は激しいものの、とは言っても田舎の駅だから人影はそう多くはない。
だがそれを見越して帰宅時間に合わせてやって来たのだ。
すぐに改札から近い、人の流れが比較的多い道沿いにオートバイを止め、荷台から荷物を下ろした。
筵を敷いてカゴに芋を盛り

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【借りものたちのメッセージ】 第4編  「そして、私がいなかった」 (No.0232)

 思えばこいつで何台目になるだろうか?

随分と乗り継いで来た気がするが、どれもこれも手元にはない。
とうにすり抜けてしまった。
このオンボロだけがいま、こうして手元にあって毎日わたしのために活躍してくれている。

数年前に捨て値で売ってもらったこのオートバイだって、買った当時からもうボロだった。
まあ、だから安く買えたのだが。

学生の頃から考えても、こいつが一番安く手に入れた乗り物だ。
土地バ

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【借りものたちのメッセージ】 第2編「見えないけど」 まとめ記事

 今この海には1匹のクラゲがいます。

緑色でキレイなので、人間がつけた名前は知りませんが、みんなからミドリさんと言われています。

ミドリさんは子供の頃から色んな海でフカフカと浮いてきました。

クラゲは色んなところで波に流れて生活をしなくてはいけません。

ですからミドリさんも色々な場所へ流れたりして孤独に過ごしてきました。

でもミドリさんは優しいかたですから、行く先々で友達もおりました。

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【借りものたちのメッセージ】 第3編 「変わるときに」:後編(No.0196)

前編の続き

そしてその話は、これから成虫へと変わっていくこのときになって初めて役に立ったのだ。いや、ようやく理解できるようになってきたのだ。

私は、いつもよりもずっと深いところにまで穴を掘り就寝の準備をした。

なぜだか分からないが不思議とそうしたかったのだ。
土に包まり静かに目を閉じると、これまでとは違う感覚に襲われた。

これまでの私の生活を支えてきた身体に生える沢山の足や産毛の感覚がボン

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【借りものたちのメッセージ】 第3編「変わるときに」:前編(No.0195)

 今まさに私の身体はサナギになるべく準備を整え始めているようだ。

かつて父のカブトムシから聞いていた話を、私自身が今体験している。

食欲が減り、眠気が生まれ体の表面が少しずつ固くなってきているような気がする。

しかし、私の心はいまだそのサナギへの階段を昇ることへの準備が出来ているとは言えなかった。

私の父は熱心な人で、生まれたばかりの幼虫であったころの私が尋ねる幼稚な質問にも丁寧に答えてく

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【借りものたちのメッセージ】 第2編 「見えないけど」 :後編(No.0194)

前編のつづき

もう彼女はどんな波に流されようが、どんな反応を触手が示そうがこの気持ちが消えることは無くなりました。
やがて彼女は寂しくて静かな海が好きになりました。

それまでは寂しい海だと不安を感じるので、もっと賑々しい海を好んでいたのです。

でも、あの気持ちが彼女を捉えてからは、そんなうるさい海は嫌になりました。

それは、静かな寂しい海だと彼女の心を捉えてしまったあの気持ちについて想いを

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【借りものたちのメッセージ】 第2編 「見えないけど」 :前編(No.0193)

 今この海には1匹のクラゲがいます。

緑色でキレイなので、人間がつけた名前は知りませんが、みんなからミドリさんと言われています。

ミドリさんは子供の頃から色んな海でフカフカと浮いてきました。
クラゲは色んなところで波に流れて生活をしなくてはいけません。

ですからミドリさんも色々な場所へ流れたりして孤独に過ごしてきました。

でもミドリさんは優しいかたですから、行く先々で友達もおりました。

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新企画: 【借りものたちのメッセージ】 第1編 「無くなったけど」 (No.0190)

 真夏の昼前になってノソノソと動き出す。
ペットボトルに水を入れて、いつもの破れだらけのビニールバッグを用意する。
昨夜洗ったタオルは流石にカラカラに乾いていた。首に巻きつける。
ささくれだった穴のある麦わら帽子を被る。
ペットボトルも、色の抜けてくたびれたリュックサックに入れる。
錆びてガタガタと鳴る重々しい自転車を漕ぎ進める。

同じルートを毎日回るのではなくて、だいたい一週間で一巡するように

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