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佐賀映画『つ。』の魅力をメタバース上で体験「SAGALAND」の作り方──制作を担当したインターン生に聞く

全編佐賀県ロケで撮影された映画『つ。』。「シン・ゴジラ」の助監督でもあり、国内外のCM・ドラマを手がけるÜ Inose氏が監督し、世界各国の映画祭でも評価を集めています。Story Design house(以下、SDh)では、佐賀映画制作プロジェクトチームの一員として同作の出資・制作にかかわり、また、映画と佐賀県の魅力を体験できるメタバース空間「SAGALAND」を作成しました。

そこで本記事では、「SAGALAND」の制作を担当したSDhのインターン生・増山優花にインタビューし、制作の背景やこだわり、苦労を聞きました。メタバース上の可能性についても、自らユーザーとして利用しているからこそわかる、リアリティのあるエピソードをもとに語ってくれました。映画はもちろん、テクノロジーとコミュニケーションの関係に関心のある方は、ぜひともご一読ください。

増山優花(ますやま・ゆうか)
PR会社 Story Design house㈱ インターン。
東京大学大学院 複雑環境システムシミュレーション分野 修士課程。
数理モデルやシミュレーション研究に取り組む。
アプリ・メタバースゲームの開発やデータ分析を経験。

映画のPRでメタバースをいかす

──ご自身のプロフィールやSDhにインターンしたきっかけを教えてください。

わたしは大学・大学院にて行動経済学や認知心理学などの教養を学びつつ、プログラミングや数理統計を利用した工学系の研究を行っていました。そうした背景もあって、これまでデータ分析やアプリ開発、ゲーム制作、ホームページ作成、業務自動化など、技術的なお仕事(プログラミングやコーディングがメインの業務)に携わってきました。

しかし、制作にかかわったプロダクトやサービスが完成した後、それらがどのようにPRされ、実務に生かされているのかがよくわかっていませんでした。そのため、自分はテクノロジーに精通していない人にとってわかりづらい点をうまく理解できていないのではないか、非エンジニアにとって偏っていて解像度の低い仕事の進め方をしているのではないか、といった不安がありました。

そこでマーケティングやブランディングに強みを持つSDhでインターン経験を積み、今までの自分とは違うフィールドで技術の活かし方を模索してみたいと思ったんです。PRやブランディングのプロフェッショナルである社員の皆さまから学ぶことで、課題をより幅広く捉えられるようになれるんじゃないかなと。

──そんな増山さんにとって、映画のPRに直接的に関係する「SAGALAND」は、まさにうってつけのプロジェクトですよね。まず概要を教えていただけますか。

「SAGALAND」は、佐賀メイドの映画「つ。」の公開にあたって制作された、映画と佐賀県の魅力を体験できるメタバース空間です。

その背景には、「インパクトのあるPRがしたい」「佐賀県内や関東圏などPRの中心になりそうな地域だけではなく、全国に住んでいる方にも映画の魅力を発信したい」といった制作陣の声がありました。

そんなニーズを実現するためにどうしようかと考えていくなかで、佐賀県をデフォルメしたバーチャル佐賀県を作りたい、VR上で試写会をやるのはどうだろう、といったアイデアが出てきたんです。そこで、映画のワンシーンやセットを楽しめるメタバースを作ってみようということになりました。

映画のシーンを再現

──そうした話を最初に聞いたとき、どのような印象を抱きましたか。

私は以前VRChatのワールド上で友人と映画鑑賞をした経験があり、また、Robloxで実在する商業施設を模したワールドを制作した事例や、映画のシーンを再現したミニゲームを作成するといったケースも知っていました。

もちろんエンジニアですからコーディングの知識もありますし、さらにハッカソンなどでの簡単なメタバース制作経験もあったんです。そのため、実装方法がなんとなく浮かび、これなら実現可能ではないかと思いました。

メタバース上のコミュニケーションがもつ可能性

──エンジニアリングの知識にくわえて、メタバースにも関心があったのですね。

はい。もともとVRChatやRobloxで遊んでおり、大学の同期とメタバース上の部屋のワールドに集まって雑談をしたり、遊園地やレストランのワールドに遊びに行ったりしていました。

メタバース上で知り合う友人も多いのですが、VRではアバターを使って交流するため、相手から受け取る印象は声と身振り手振りのみです。さらにボイスチェンジ機能もあるため、性別、人間も動物も関わらず、なりたい自分を表現することができます。したがって、たまたまワールド上で出会った方にPC関連の相談をしていて、大変知識のある方だなあと感心していたら実は中学生だった、というような経験もありました。

日常生活では学校や職場などの環境の違いから関わる機会がない相手がいたり、また先生と生徒、先輩と後輩、上司や社長などの立場や肩書き、国籍や外見の違いから対等に会話することが難しかったりすることがありますが、メタバース上ではそれらの制約を一切受けません。小学生から高齢者までが年齢や性別関係なく、一緒にゲームをしているような世界線です。

──面白いですね。メタバース上のコミュニケーションに感じている可能性はありますか。

以前知り合いの紹介で、VRChat上で不登校の高校生の家庭教師をしていた経験があります。現実世界での対面コミュニケーションが苦手と話していた生徒も、メタバース上では初対面のユーザーともたくさんコミュニケーションをとり、しっかり集団行動もできており、勉強でも積極的にわからない部分を質問してくれていました。

不登校の学生のなかには、集団行動や対面コミュニケーションが苦手なのではなく、対面でのコミュニケーションが苦手なだけで、オンラインになればむしろ集団行動やコミュニケーションを取ることは得意というタイプも多いのです。ゲームでの協力プレイやボイスチャットを通した作戦会議などはもちろん、VRChat上では初心者向けのオリエンテーションも既存ユーザーがやってくれるケースが多く、積極的なコミュニケーションの上で成り立っています。

可能性としては、まず今回の「SAGALAND」のケースのように、現実世界では再現が難しいことをメタバース上で表現するというパターンがあると思います。くわえて、リアルの代替としてではなく、新たな選択肢になる方向性もあると思っています。先ほどお話しした家庭教師の例のように、学校教育や働き方にもメタバースが普及していけば、より多くの人が暮らしやすい世の中になるのではないでしょうか。

テクノロジーとPRをつなぐ

──実装にあたって、まずなにから取り掛かりましたか?

まず、SDhの佐賀映画PRチームの皆さんに「あったらいいな」と思う機能やデザインのアイデアをたくさん出していただきました。それを踏まえて、VRChatやCluster、Roblox、Mozulaといった主要なメタバースのプラットフォームから、どれを使うか比較して選定しました。皆さんがメタバースに触れたことがなかったからこそ、自由で面白いアイデアが出たので、できる限り多くを取り入れられるよう設計しました。

また、当時、映画『すずめの戸締まり』の舞台をオンラインゲーム『フォートナイト』上で再現した事例が話題となり、映画の舞台やストーリーに没入する手段としてのメタバースに注目が集まっていました。そうした事例も参考にしながら進めましたね。

──なるほど。では、実際にプロジェクトを進めるうえでの制作体制やこだわり、苦労を教えてください。

Roblox上の「SAGALAND」の作成は基本的に私が中心で、VRC上の映画館ワールドの作成のみ齊藤大将さんに制作をお願いしました。大将さんは、VRChat上に学校を創設されたご経験もあり、界隈では顔が広い方でもあります。

VRC上の映画館ワールド

技術的な面に関しては完全に任せていただいたので、意思決定や制作はスムーズに進みました。定期的にMTGでPRチームの皆さんに進捗を共有して、認識があっているかどうかお互いに確認し、アドバイスをいただく、といった進め方で制作しました。

「SAGALAND」は基本的に一人での制作だったため、スムーズな反面、なにをどこまで作り込むか悩ましい点もありました。そこで、一通りプロトタイプを作って皆さんに見てもらい、適宜機能を追加実装・修正していきました。

苦労した点は、PRチームの皆さんとのディスカッションです。メタバースは見た目以上にギークで専門的であり、ある程度の前提知識やプログラミング経験がない人にとっては使われる概念を理解するだけでも難しい。もっと言えば、ワールドに入ることやアバターを動かすことでさえハードルが高いのです。自分は以前から技術周りに触れていたバックグラウンドがあるため、説明が簡潔で抽象的になってしまい、皆さんにわかりやすく説明できないことがありました。今後よりよく進められるよう、今回の反省をいかしたいですね。

試写会の様子

──最後に、苦労して完成した「SAGALAND」について、どのような反応があったか教えてください。

Roblox上の「SAGALAND」に関しては、登録も手軽で、スマートフォンでも楽しめるため、社内外の多くのメタバース初心者の方に体験してもらうことができました。「こんなことができるんだね」、「楽しい」、「面白い」といった声があり、メタバースにハマっていただくきっかけにもなったのかなと。

他方で、VRChat上の試写会に関しては、環境構築や操作の難しさもあり、普段からメタバースに慣れ親しんでいるユーザーの参加がメインでした。それでも、「メタバースでの試写会は初めて参加した」、「メタバース上の友人と一緒に試写会に参加することができて楽しかった」、といった反応が多くありました。

参加した方からは、実際の試写会と同様に、映画監督や出演俳優のトークセッションもあればさらに面白かったとの意見もいただきました。今回は準備できませんでしたが、好意的な反応が大変多かったため、次にメタバース上でPRイベントを開催する際には、ぜひ取り組んでみたいですね。

2024年4月から「つ。」の全国上映が始まります

『つ。』は、4月5日(金)より宇都宮ヒカリ座、4月13日(土)よりシアターセブン、4月26日よりアップリンク京都など、全国の映画館で上映がおこなわれます。これを機に、ぜひご覧ください。

映画『つ。』関連情報はこちら
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