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短編小説 「踊りタコ」


僕の名前はオクパ。深い海の底、暗くて静かなこの世界で生きるタコだ。周りのタコたちは毎日、餌を探し、眠り、そして子作りを繰り返す。それがタコの人生だと誰もが信じて疑わない。

でも、僕は違った。この単調な日々に何か物足りなさを感じていた。海流が岩陰を抜けていく音や、水面から差し込む光の揺らめき。それらがまるで音楽のように感じられ、心が踊るのだ。

ある日、僕は思い切って触腕を動かしてみた。ゆっくりと、海の流れに合わせて。その動きはまるで踊っているかのようだった。触腕が水を切り、体全体がしなやかに揺れる。初めて感じる解放感に、胸が高鳴った。

 「何をしているんだ、オクパ」

近くを通りかかった仲間のタコが、不思議そうに僕を見つめていた。

 「ただ、少し体を動かしていただけさ」

そう答えると、彼は首をかしげて去っていった。その背中には、明らかに理解不能という色が滲んでいた。

それからも、僕は隠れてダンスを続けた。岩陰や海草の間で、誰にも見られないように。触腕を大きく広げたり、くるくると回転したり。そのたびに、心の中のモヤモヤが晴れていくのを感じた。

しかし、ある日ついに見つかってしまった。数匹のタコたちが僕の踊る姿を目撃し、噂が広まった。

 「オクパは変わり者だ」

 「奇妙な動きをして、一体何を考えているんだ」

彼らの冷たい視線や囁き声が、僕の心に刺さった。疎外感に苛まれ、ダンスをやめようと決意した。

 「もう踊るのはやめよう。普通のタコとして生きていけばいいんだ」

 そう自分に言い聞かせ、いつもの日常に戻ろうとした。しかし、心の奥底で何かが叫んでいた。数日後、海底に静かに座っていると、上から小さな魚たちが群れを成して泳いでいくのが見えた。彼らは自由に泳ぎ回り、水の流れに身を任せている。その姿を見ていると、胸の中で抑えていた感情が再び溢れ出した。

 「やっぱり、僕は踊りたいんだ!」

勢いよく立ち上がり、触腕を広げて海流に乗った。体が水と一体化し、全ての束縛から解き放たれる感覚。もう周りの目なんて気にしない。

その時、不思議なことが起こった。遠くから他のタコたちが近づいてきて、じっと僕の踊る姿を見つめている。冷たい視線かと思いきや、その目には興味と好奇心が混じっていた。

 「オクパ、その動きはどうやるんだ?」

一匹のタコが勇気を出して尋ねてきた。

 「こうやって、海の流れを感じてみて。触腕を柔らかく動かすんだ」

僕は彼に教えることにした。最初はぎこちなかったが、彼も徐々に動きに慣れていった。

 「なんだか楽しいな!」

笑顔が広がり、他のタコたちも次々と加わってきた。みんなで海中のリズムに合わせて踊る。その光景はまるで、海底の舞踏会のようだった。噂は海の隅々まで広がり、遠くのタコたちも集まってきた。いつしか僕たちのダンスは、海の中で一つの文化となっていった。

 「オクパ、君のおかげで新しい楽しみが見つかったよ」

仲間たちの言葉に、胸が温かくなった。自分の好きなことを追い求めてよかったと心から思えた。海面から差し込む光が、僕たちの周りでキラキラと輝いている。触腕を伸ばし、海の全てを感じながら踊り続けた。

 「これが僕の生き方だ」

心の中でそうつぶやき、僕は新たな一歩を踏み出した。





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