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短編小説 「冷凍食品」


夜の9時半、オフィスから帰宅した私は、玄関のドアを開けると同時に深いため息をついた。リビングの電気をつけると、静かな空間に明かりが灯る。旦那が帰ってくる前に夕食を準備しなければ。

 キッチンに向かい冷蔵庫を開けると、しなびたきゅうりとトマト。新鮮な食材を買う時間もなく、私は冷凍庫の引き出しに手を伸ばした。

 「さて、今日は何にしようか」

 冷凍庫の中には、「チキンステーキ」「ハンバーグ」「カレー」「シュウマイ」「餃子」といった冷凍食品がずらりと並んでいる。パッケージを一つ一つ手に取りながら、どれにしようかと悩む。

 ふと、一昔前のことを思い出す。母が忙しいときによく出してくれた冷凍食品は、正直あまり美味しくなかった。硬かったり、味が薄かったり。でも、今の冷凍食品はまるでプロの料理と遜色ない。技術の進歩ってすごいな。

 「今日はチキンステーキにしようかな」

 そう決めて、パッケージを開ける。中身をお皿に移し、電子レンジに入れる。タイマーをセットしてスタートボタンを押すと、にぶい音がキッチンに響く。

 待っている間に、簡単なサラダを作る。冷蔵庫の隅にあったトマトときゅうりを切って、ドレッシングをかける。手際よくテーブルをセッティングしていると、レンジから完成の音が聞こえた。

 レンジを開けると、チキンステーキから湯気が立ち上り、食欲をそそる。お皿に盛り付けて、仕上げにパセリを振りかけると、まるでレストランの一品のようだ。

 「これで完璧」

 自分にそう言い聞かせながら、少しだけ罪悪感が芽生える。本当はちゃんと手料理を作るべきなんじゃないか。でも、仕事で疲れているし、たまにはいいよね。

 ちょうどその時、玄関のドアが開く音がした。

 「ただいま」

 旦那の声が聞こえる。私は笑顔でキッチンから顔を出す。

 「おかえりなさい!夕食できてるよ」

 旦那は靴を脱ぎながら、「お腹すいたよ」と言ってリビングに入ってくる。テーブルの上の料理を見ると、目を輝かせた。

 「お、今日はチキンステーキか!美味しそうだね」

 席につくと、さっそく一口食べる旦那。その表情をドキドキしながら見守る。

 「うん、これ本当に美味しいよ!」

 その一言に、私はほっと胸を撫で下ろす。

 「よかった、たくさん食べてね」

 私も席につき、一緒に食事を始める。確かに、このチキンステーキはジューシーで美味しい。これが冷凍食品だなんて信じられない。

 食事をしながら、旦那は仕事の話や今日あった出来事を楽しそうに話してくれる。その笑顔を見ていると、少しだけ胸がチクリと痛んだ。

 食後、旦那は満足そうに伸びをしながら言った。

 「美味しいご飯を食べると元気が出るね。いつもありがとう」

 「どういたしまして」

 笑顔で返しながらも、内心ではやっぱり手抜きしてしまったことへの申し訳なさが消えない。

 食器を片付け、キッチンで一人考える。明日はちゃんと料理しようかな。でも、明日も会議があって帰りが遅くなりそうだ。

 冷凍庫をそっと開ける。まだいくつか冷凍食品が残っている。

 「でも、美味しいって言ってくれたし、たまにはいいよね」

 自分に言い訳しながら、小さく笑った。

 「よし、明日もチンしよう!」

 そう決めると、なんだか気持ちが軽くなった。美味しくて手軽で、旦那も喜んでくれるなら、それでいいじゃないか。

 リビングに戻ると、旦那はソファでくつろいでいた。

 「明日も楽しみにしてるよ」

 その言葉に、私は心の中で「お任せあれ」とつぶやいた。





時間を割いてくれてありがとうございました。

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